24.失踪
その日はリアンに肉をご馳走したり、余った肉の争奪戦が騎士団の団員内で起きたり、結局肉をほぼ奪われたリアンに「お礼はこの塩でいいよ」ってハーブソルトを欲しがられたりしているうちに終わった。
でも、夜になって俺とロバートが研究棟の宿舎に戻る時間になっても、にーちゃんは騎士団の宿舎に戻ってこなかった。
テセウスさんと何か話があるって言ってたし、なにか用事を頼まれて戻って来れなかったんだろうなぁ、と深く考えずにベッドに入り起きた翌日。
朝早い時間から、ケイレブが俺たちの部屋を訪ねてきた。
「……え?にーちゃんが戻ってない?」
深刻な顔でドアの外に立っていたケイレブを部屋の中へ招き入れると開口一番に言った。「昨日からシノブの姿が見えない」と。
俺は慌てて聞き返した。
「戻ってないって、部屋に帰ってきてないってこと?朝になっても?」
「あぁ。こんなこと今までなかったんだけど」
確か昨日はテセウスさんのところに行く、と言っていたはず。だけど……
俺とケイレブのやり取りを聞いていたロバートも、心配気な顔で考え込む。
「シノブ、テセウス様のところに行くって言ってハヤテとリアンの部屋の前で別れたんでしょ?テセウス様のところにはいつまでいたの?」
「それがテセウス様のところには行ってなかったみたいなんだよ。その前にどこかで倒れたか……」
「あ、魔法アレルギー……?」
にーちゃんはよく倒れるって言ってたし、もしかしたらテセウスさんのところに行く途中で何かあったとか……
「とにかく黙っていなくなるようなことはしない……いや、言いきれないけどとにかくそういうことをするやつじゃないだろ?」
前に守護の森に行った前科があるせいか、一瞬ケイレブは言い淀んでいたけど、でも確かに今黙っていなくなるようなことは無いはず。
何かあったなら早く探し出さなくちゃマズイんじゃ?!
「ハヤテ、なにか心当たりとかねぇか?一応王宮内は探してみたんだけどシノブが倒れてるとかそういう話は入ってこねぇんだよ」
「いや、俺も心当たりはない……」
準備が整い次第、すぐにでも黒の大陸へ出発しなければならないような今の状況で、俺たちに何も言わずいなくなるなんて何かに巻き込まれてるとしか考えられない。
「やっぱりこれは本格的に捜索隊組んだ方がいいのか?」
ケイレブがそう言い、とりあえずテセウスさんのところにもう一度行こうかと部屋を出ようとしたところでエレンが飛び込んできた。
「シノブここにいるか?!」
普段の落ち着いたエレンからは想像がつかないほど慌てた様子で尋ねる。
「いや、俺たちもこれから探しに行こうかと……」
「やっぱり、いなくなったのはシノブなんだな?!」
「……やっぱり?」
ドカドカと部屋の中へ入り、テーブルの上に何やら紙のようなものを広げた。
『大事な友人を預かった。返して欲しければ一人で東の洞窟に来い』
何故かこの世界の言葉が読める俺にもわかるくらい、不自然に筆跡を変えた文字でそう綴られている。
「東の洞窟?」
まだ頭の中に上手く地図が出てこない俺の様子を見て、ロバートが荷物から地図を出して広げてくれた。
「今いるのがこの王宮。ここから東の方に向かうと東の森って言う森がある。森の規模は守護の森と比べると小さいんだけど、奥に行くと少し入り組んでたり、たまに濃い瘴気が溜まる『瘴気溜り』が発生するから普通の人は森の手前までしか行かない。確か手前までならここの薬師の人とかも薬草を取りに行ったりしてるんだよね?」
ロバートが同意を求めるようにケイレブの方を向く。
「あぁ。あの辺は薬草の宝庫だからな。ただ東の洞窟自体は森の奥にあるから一人で行くような場所じゃないぞ。特に洞窟の周りは麻痺毒蛇の巣窟になっているというウワサだし」
「麻痺毒蛇って?」
聞き慣れない名前だったので聞き返すと、ロバートが今度は魔物図鑑を出して教えてくれた。
「麻痺毒蛇。毒蛇の一種で、音もなく背後から忍び寄っては獲物に噛み付くんだ。即効性の麻痺毒を持っていて噛まれるとすぐに動けなくなる。まぁ人間だったらその麻痺毒蛇に飲み込まれるとかはないんだけどなんせ動けないからさ。その間に別の魔物に遭遇したらすぐアウト。動けないから回復薬も飲めないし一人の時に襲われたらヤバい魔物のひとつだね」
「え?!そんなヤバいヘビがいる所に一人で来いって書いてあるってこと?この紙。……てか、もしかしなくてもここに書いてある『大事な友人』って……」
事の重大さに気づき、エレンの方を見る。
「私は自分で言うのもなんだがそんなに交友関係は広くない。普段から関わりを持っているのは薬師の研究仲間かテセウスの部屋を出入りしている者、それと……シノブだ」
エレンが、にーちゃんと断定してここに探しに来たということは他の人たちは無事だったということだ。
「シノブが……攫われた……?」
ぽつりと呟いたケイレブの言葉が、静まり返った部屋の中に響いた。