6.おいしい水
「お待たせしましたー」
追加で焼いた肉をヘンリー先生とドミニク所長の前に置く。
「よし、じゃあ食べるか!いただきまーす!」
「いただきます!」
「いただきます?」
いつもの癖でそう言うとロバートとヘンリー先生がそれに続く。それを聞いたエレンが不思議そうな顔をしたので、ああ、とロバートがエレンに話しかける。
「俺たちは言わば命を頂いてるわけだろ?食べ物に感謝の気持ちを込めて食事の前に緑珠では『いただきます』って言ってるんだ」
「そうか、言われてみれば納得だな。なら、『いただきます』」
エレンとドミニク所長も声を揃えて『いただきます』をし、みんなで食事を始めた。
「ん、この肉の味付けは病みつきになるな……」
「このパンもふわふわのホカホカだよ!」
二人ともすごく食事が気に入ったようで終始高めのテンションでご飯を平らげていた。
ヘンリー先生は喋ることなくただニコニコと美味しそうに食べ続ける。
「いやー、俺焼いただけなんだけど」
「焼く前の工程がすごいんだって。俺ハヤテの焼く肉、美味いから好き」
「おーさんきゅー」
料理と呼べるか疑問だけど、とりあえず褒められるのは悪い気はしない。
片付けはヘンリー先生がやってくれると言ってくれたので俺はドラコに果物を持っていく。
「クォッ」
俺が抱えた果物を目ざとく見つけたドラコは、短いしっぽをフリフリしながら寄ってきた。
「それ、あげてもいいか?」
エレンが瞳をキラキラさせながら果物を指さすので俺はエサやりをエレンにお願いする。
カットされた果物をつまむと、エレンはそっとドラコの口元に持っていった。それを美味しそうにドラコは食べている。
……なんだろう、この動物園の餌やり体験のようなほのぼの感は……
「あーやって見ると、子供っぽいだろ?」
いつの間にか横に来ていたロバートがエレンには聞こえないように俺に呟いた。
「あぁ。初めて会った時は兄ちゃんが言ってた『理想の騎士様』って言葉がピッタリのイケメンかと思ったけどな」
「あー、それね。多分だけど初めて会った頃のジェシカの真似じゃないかなー?」
「ジェシカの?」
「うん。あの頃まだ口調とかも今のエレンみたいな感じだったから、初恋のジェシカを無意識になぞってるのかなー、と」
あぁ……なるほど。
「だからジェシカと会っても無意識に塩対応になっちまうのかねー?」
「ジェシカも見た目と口調は変わってるけど、人への接し方とかは全然変わってないんだけどね。もう少しエレンとジェシカが話す時間があれば昔みたいに仲良くできる気がするんだけど」
「王都と緑珠は少し離れてるもんな」
俺とロバートでコソコソ話していたら、エレンがこちらに歩いてきた。
「ハヤテ、果物がなくなったんだが森林竜へのエサはあれで終わりか?」
「あ、うん。あとは水をあげるだけ」
「水?」
俺はドラコに近寄ると手のひらを皿にして魔力で水を出しドラコに飲ませる。
「なんか水飲むの好きみたいでさー。王都に来る時の休息所で俺が出した水飲ませて以来、よくせがまれるから定期的に水飲ませてるんだ」
「へぇ、ハヤテの魔力水が美味いのかな」
「魔力水?」
「?魔力で出した水のことだろう?魔力は人それぞれ違うから発現した魔法に含まれる魔力によって色々効果が違うじゃないか。お茶とか淹れる人によって口当たりが違うだろ?」
……言われてみると確かに淹れる人によって微妙に違ったけど……お茶っ葉の量とか蒸らし時間とかそういうものの違いかと思ってた……
なんか硬水と軟水の違い、みたいな感じでほんとに言われなきゃわからない感じだけど……
えぇ、魔力の違いなの?!
「知らなかった……」
「まぁ普段の生活ならそんなに気にしないからな。それより……」
がし!とエレンが俺の肩を掴む。
あれ、なんかこれ既視感あるな……
そんなことを思っているとエレンが瞳をキラキラさせながら俺に詰め寄る。
「森林竜が気に入る魔力水の成分を調べてみたい!ハヤテ、ここに水を少しわけてくれないか?!」
「え、いいけど……」
エレンは、さっき倉庫から持ってきた空きビンを俺に渡すと、比較対象は多い方が統計を取りやすい!とロバート、ヘンリー先生、ドミニク所長にも水をもらいウキウキしながら研究棟の方へ行ってしまった。
「何か調べるなら自分も手伝う!」とヘンリー先生とドミニク所長もエレンについて行ってしまったので、部屋には俺とロバートだけ残された。
「なんか嵐のように現れて嵐のように去ってったね……」
「あぁ、なんか急に静かになったな」
急に話し相手が減り、静かになった部屋で手持ち無沙汰になった俺は、さっきの余った薬草と岩塩で新しくハーブソルトを作ることにした。
みんな気に入ってたし、色々な料理に使えると思うから後で配ろうとペットボトルサイズのビンで作ったものを回復薬の空きビンに少しづつ移し替える。
そんなことをしていると、コンコンとまたドアをノックする音がした。
「はーい」
ロバートがドアを開けに行くとそれにドラコもついて行く。
「あれ?闇騎士」
「ちょ、今はその名前で呼ばないで……」
来訪者は闇の鎧を脱いだ姿のにーちゃんだった。
「とりあえず中、入っていいかな?」
「あ、どーぞ」
ロバートが招き入れるとにーちゃんの視線がドラコにとまる。
「あれ?なんだっけ……確かシ……シル……?」
「森林竜?」
「そうそれ。なんでここにいるの?」
にーちゃんが首を傾げている。
「にーちゃん、森林竜知ってるの?」
「うん、僕がここに来た時一応助けてもらった、のかな?ケイレブ達に会わせてくれたのがこの森林竜なんだ。でも角は折れてなかったけど」
にーちゃんがドラコに手を伸ばすと、ドラコも自ら頭を差し出して撫でてもらっている。
「こいつら懐っこいよね」
「俺も思った。ほらロバート、別にあの湖の水飲んだからって仲間意識持たれてるわけじゃないんだって」
「えー、そうかなぁ……」
訓練場でロバートとリアンに言われたことを思い出し、反論しているとにーちゃんが、ぽかんとしている。
「湖の水……?湖って守護の森にある、周りをぐるって囲まれてるあの……?」
「そうそこ。にーちゃんもあの湖知ってるの?」
「飲むと口当たりのいい湧き水みたいなあの水……?」
「そう、あの冷たくて美味しいみ……ず……アレ?」
俺はふと気づいたことを尋ねた。
「あの水の味知ってるって……もしかしてにーちゃんも……?」
「うん、僕も飲んだ……」
一拍置いて、ロバートの笑い声が部屋に響き渡った。