60.再会
「もう、ケイレブめ……後で覚えてろよ……」
ケイレブのからかう視線に耐えきれず部屋を飛び出したものの、行くあてもないので廊下をふらふら歩いていると、前からアレックスさんとケインさん、それと見ない顔の人が歩いてくる。
(あ、もう一人の同行者かな?)
気配を消しているので気づかれないかな?と思っていると、すれ違いざまにケインさんがこちらを見てニヤリと笑っていたので僕が部屋を抜け出しているのはバレているかもしれない。
(後でもう一人の人の分も魔石登録しなくちゃ……でも今は気まずくて戻れない……)
テセウスさんに後で謝りに行こうと思いながら、僕は何となく研究棟の方へ足を向けた。
ふと温室を覗き込むとエレンとアリサちゃんが薬草を見ながら話し込んでいるのが見える。
(そうだ、ここで少し時間を潰そう)
温室の中へ足を踏み入れ、あ!と気づく。
(闇騎士の格好だとアリサちゃん怖がるかな?子供だし、兜脱げば闇騎士とはわからないかも)
そう思って兜を脱ぎ、二人に近づき声をかける。
「二人とも、何してるの?」
「え、シノブ!兜は……?!」
「あ!くろかみのきしさま!」
兜を脱いでいる僕にエレンが驚きの声を上げていたけど、それに被せるようにアリサちゃんが、あの恥ずかしいあだ名で僕を呼ぶと駆け寄ってきた。
「わー!どうしたの?ここになにかごよう?」
キラキラした瞳で僕を見上げるアリサちゃんを抱き上げると、そのままエレンの元に歩いていく。
「ご用、ってわけではないかなぁ?散歩?」
「おさんぽ?じゃあアリサがおんしつのなか、あんないしてあげる!」
あっちあっち、と僕に抱っこされたまま温室内をアリサちゃんの指さす方へ歩いていく。エレンはそんな僕たちの後をついて歩いていた。
「シノブ、どうしたんだ?そんな格好で……緑珠の同行者が来るって言ってなかったか?」
「うん、そうなんだけどケイレブのからかう態度に耐えきれなくなっちゃって……」
「くろかみのきしさま!つぎはあっち!」
そこに無邪気にアリサちゃんがお散歩コースの指示を出していく。
「ねぇ、アリサちゃん……その『黒髪の騎士様』ってちょっと恥ずかしいから名前で呼んでくれる?」
「なまえ?」
「うん。僕の名前はシノブって言うんだよ」
「わかった!シノブおにいちゃん!」
僕はいい笑顔で返事をするアリサちゃんを見て、不意に出会った頃の疾風を思い出す。
(……懐かしいなぁ)
出会ったばかりの頃の疾風と同じ年頃のアリサちゃんに何となく昔を思い出して笑ってしまった。
「シノブ?」
急に思い出し笑いをした僕を不審な目でエレンが見つめる。
(エレンには話しておこうかな?)
僕はエレンに緑珠守護団の疾風が同じ故郷出身の知り合いだと伝える。
「同じ故郷?それって……」
僕の言いたいことが伝わったのか、エレンが驚きで言葉を失う。そして僕はそう口に出したことにより疾風に自分が昔仲良くしていた忍だと伝える決心がついた。
(ちゃんと話そう)
疾風に会うため応接室に戻ろうと、アリサちゃんを下ろす。
「僕、ちょっと行くところができたからお散歩はここまでね。アリサちゃん、案内ありがとう」
「うん!またおさんぽしたくなったらアリサがあんないするからね!」
「ありがとう。エレン、今度ゆっくり話を聞いてね」
「あぁ、わかった。今度私にも紹介してくれ。まぁ一緒に黒の大陸に行くなら近いうちに会うか?」
「多分ね。あ、そうだ……僕もう一人の魔石を鎧に魔力登録しないといけないんだった……」
「もう一人とはまだ会ってないのか?」
「うん、さっきちょっとすれ違ったけど名前も聞いてないんだ」
そんな話をしながら温室の出口に向かっていると、ちょうどアレックスさんがエレンを見かけて声をかけた。
「お、エレン。あの薬師の宿泊棟に緑珠の同行者たちを滞在させることになったからしばらくよろしく頼む……ってシノブ!」
そしてエレンの隣の僕を見つけると詰め寄ってきた。
「お前、兜は?!……いやそれより途中で抜け出して戻ってこないと思ったらこんなところに……もう一人の魔力登録済んでないだろうが……!」
「わ!ごめんなさい……」
「今言った通り、そこの宿泊棟に居るから。ほら、私も一緒に行ってやろう」
ぐい、と手を引かれたものの、僕はそれを引っ張って制止する。
「あの、僕一人で行ってきます。疾風と話したいこともあるので……」
「ん?顔見知りだったのか?なら大丈夫か。私は食料を取りに行ってくるから魔石の方は頼んだぞ。後で加工するらしいから登録終わったらテセウス様まで届けてくれ」
「わかりました」
アレックスさんを見送り、僕はエレンに「じゃあまたね」と声をかけると闇騎士の兜を被り直し宿泊棟の方に向かう。
せっかく整備されているのに普段はあまり使われていない宿泊棟に明かりが見えた。
(あぁ……緊張する……)
意を決して僕はドアをノックした。
「はーい?」
ガチャリとドアを開けたのは、もう一人の同行者だった。僕の姿を見て、固まっている。
「ロバート、どうした?」
奥から疾風の声がした。
その声にロバート、と呼ばれた青年はぎぎぎ、とぎこちなく後ろを振り返り、そして言った。
「……なんか、ドア開けたら闇騎士いるんだけど……」
「……入っても?」
固まっているロバートに入室の許可を伺うと、
「ど……どうぞ」
ドアの前から一歩下がり、僕を部屋の中へと招いてくれた。
そして疾風の向かいのソファーに座るよう案内してくれる。
僕はお言葉に甘え、そのソファーに腰を下ろした。
ロバートは疾風の横に座り、何やら二人でコソコソ話している。
僕はその二人の前のテーブルの上にコツンと魔石をひとつ置いた。
「そっちの君の分、まだ闇の鎧と同調させてなかったから」
そう声をかけると、やり方がわからないロバートに疾風が魔石の同調方法を教えていた。
説明を聞き、ロバートは黒い魔石を闇の魔力で包んでいく。ある程度魔力が染み込んだところでその石を闇の鎧に近づけた。いつもと同じように鎧から出た黒いモヤがロバートの持つ石を包み、ぼんやりと光りながら石へと吸い込まれていく。
「これでこの石も登録出来た。こちらで預かって、加工したらまた返すよ」
ロバートから石を受け取り、闇の鎧の収納空間にしまうと、僕は深呼吸をひとつして、疾風に声をかけた。
「少し、いいかな?」
そう言って僕は闇の鎧の兜を脱ぐ。
「疾風、久しぶり。疾風、もう僕のこと覚えてないかな?昔体操教室で、一緒によく練習してたろ?途中で僕は別の教室に行っちゃったけど……」
覚えてくれてるかな?と不安になりつつ、僕は疾風に昔の話をしてみる。
初めはわからなそうな顔をしていた疾風も、ふと合点がいったようで思い出したかのように僕を指さした。
「……まさか、にーちゃん?!」
疾風が驚きのあまり言葉を失っていると、その疾風の服の袖をロバートがツンツンと引っ張っている。
「あの……ハヤテ、闇騎士ってハヤテのお兄さんなの?」
「いや、違くて。昔、体操……じゃなくて、えっと訓練してた時に一緒で、よく俺の面倒を見てくれた年上の兄ちゃんで……そういや名前、なんだっけ……?」
その反応に僕は思わず、ぶは、と吹き出す。
「うん、やっぱり名前覚えてないよね。疾風と初めて会った時、『僕の名前は漢字で忍者の忍、って書くんだよ』って言ったら、『にんちゃん?……にーちゃん!』って言って、そこからずっと『にーちゃん』って呼ぶようになっちゃってたから」
「……そうだっけ……?そんな昔のこと覚えてないし!……てか、あれ?ちょっと待って……忍者の忍……?」
疾風の顔がみるみるうちに驚きに変わっていく。
「そう、忘れてるみたいだから改めて名乗るけど、僕の名前は忍。服部忍だよ」
これにて第2章シノブ編終了です!
次回からハヤテに戻り、第3章黒の大陸編となります!
シノブ主人公の方が書きやすかった……
ハヤテに戻って筆の進みが心配ですが、第3章もよろしくお願い致しますm(_ _)m