58.黒珠の欠片
「緑珠の……ハヤテ?!」
あ、ケイレブは緑珠守護団にも所属してるんだよな。闇騎士に会ったってバレてるって事は疾風とも面識あるのかも。
「その顔は疾風知ってるんだよね?僕が黒の大陸に行って戻ってくるまでに連れてきてもらうことは出来る?」
「あぁ、それは構わねぇけど……そうか、ハヤテもワタリビトだったのか」
「うん、僕の幼なじみなんだ。向こうは僕のこと忘れちゃってるかもしれないけど……」
幼なじみと言ってもあの頃疾風はまだ小さかったし、一年くらいの付き合いだから僕のことは覚えてないかなぁ……
そんなことを考えてしんみりしてると、ケイレブは何故か笑いを堪えた顔をしている。
「どうしたのケイレブ。変な顔して」
「いや、なんでもねぇ。ハヤテの件はわかった!俺が責任持って連れてきてやる」
「ほんと?ありがとう!」
「んじゃ俺明日また早ぇから見張り小屋の方戻るわ。あ、そうだ。候補者の分の魔石の用意頼む」
「魔石?わかった、明日テセウスさんのところ行くからその時もらっておくよ」
「おう。じゃ、また明日な」
何となくケイレブがイタズラを思いついた子供みたいな顔をしていたけど、気にしないことにして僕も早めに眠りについた。
翌朝目が覚めるとすぐにテセウスさんの部屋に向かう。
ドアをノックし、テセウスさんから入室の許可をもらうと部屋の中へと足を踏み入れた。
室内は昨日以上に書類で埋まっている。
「シノブくん、こっちこっち」
テセウスさんを探してみれば、いつもの執務用の机ではなく応接用のソファーセットの方に座っていた。
「おはようございます。……すごいですね、書類……」
「そう、未処理の書類はどんどん来るし、黒の大陸に向けての新しい書類は発行しなきゃだしでもう紙まみれだよ……」
ため息をつくと、僕にソファに座るよう勧める。
「朝から呼び出して申し訳ないね。シノブくんにも今日のスケジュールを伝えておこうと思って」
「スケジュール?」
「うん、昨日ケイレブから聞いた通り今日は緑珠から連れてきた候補者二人の様子を見ようと思う。まぁ闇の魔力が発動しているらしいし、エレンのあの魔力量で眷属になることが可能であれば今日の二人も間違いなく大丈夫だと思う。だから後でこちらにその二人を呼んだ時にシノブくんにも同席してもらって、魔石の闇の鎧への同調作業もお願いしようかと思ってね」
「わかりました。あ、その件でケイレブから二人の分の魔石を用意して欲しいって言われたんですけど」
「そうだね、シノブくんに渡しておこうか。ちょっと待って」
そう言うとテセウスさんは隠し扉の中の金庫から魔力が抜けて黒くなった魔石を二つ取り出すと、僕に手渡す。
「じゃあこれ、確かに預けたよ」
「はい、預かりました」
これは後で闇の鎧を着た時にあの収納に入れておこう。
「この後、僕の古くからの友人がこの部屋に来る予定なんだ。その後、今は訓練場に挨拶に行っている候補者二人に隣の応接室へ来てもらう。その時シノブくんも来てもらえるかな」
「はい」
コンコン。
テセウスさんと今日の流れを確認していると、部屋にノックの音がした。
「テセウス様、来客をお連れしました」
「入って」
案内の騎士の人に連れられて入ってきたのは薄い茶色の髪をした、少し気の弱そうな男の人だった。
「ヘンリー!久しぶり!元気にしてたかい?」
「僕の方は相変らずだよ。テセウス師匠は?」
「私は性にあわない書類作業にいつも追われているよ……あの、薬を作りまくってた日々が懐かしいな」
握手からのハグの挨拶を交わす二人を見守っていると、テセウスさんの肩越しにヘンリーと呼ばれていた人と目が合った。
「師匠、この子は?」
テセウスさんが振り返り、所在なげに立っていた僕を目に止めると、ヘンリーさんに紹介をしてくれる。
「あぁ、彼はシノブ。薬学に興味を持ってくれて私とよく薬草について話をするんだ。シノブ、この人はヘンリーと言って、まぁ僕の弟子みたいなものかな?」
「初めましてシノブくん。僕はヘンリー。昔からテセウス師匠に薬草や薬学について色々教わってるんだ。君もそうなんだろう?」
「あ、はい。本を借りたり色々お世話になってます」
差し出された手を握り返し、僕とヘンリーさんは握手を交わす。
その様子を見ていたテセウスさんが、僕とヘンリーさんを応接セットのソファに促した。
「まぁ立ち話もなんだし二人とも座って」
「え?僕もですか?!二人で積もる話とかあるんじゃ……」
せっかくの再会っぽかったのに僕がいたら邪魔になるだろうと席を外そうとすると、テセウスさんに引き止められた。
「いやいや、こんな急に来るくらいだ。余程の用だろう。例えば……緑珠の件とか」
テセウスさんの言葉を聞き、ヘンリーさんは眉を少し上げた。
「さすが師匠、わかってますね」
「でもなんでわざわざヘンリーが私のところに?緑珠の件の報告ならケイレブから聞けばいいだろう?」
「実は……」
ヘンリーさんから聞いた話は驚くものだった。
「つまり、緑珠を飲み込んでしまった森の主の捕獲をして、身体から魔力を吸い出してからその魔力を元の場所に戻す、ってことかい?」
「現時点の案はそういうことになっています。僕が師匠の元を訪れたのは、その森の主を捕獲する際に使用する眠り粉をどうにかして作りたいからなんです」
「森の主用の眠り粉……ねぇ」
「通常の製作の過程にラベンダーを用いれば多少の効果の増大が期待できます」
「ラベンダーか、たしかにな。だがそれだけでは森の主を眠らせることは出来ないだろう。もっと効能をあげるにはさらに内包魔力の高いものを使わねば」
森の主というヌシを眠らせる為の薬の話になってしまい、僕が口を挟めなくなって黙ってそのやり取りを聞いていると、鎧の魔石が頭の中で口を挟み始めた。
──内包魔力を高めるのであれば黒の宝珠の欠片を使えばよかろう。どうせそちらに用があって行くのだしな。
「黒の宝珠の欠片?」
思わず声に出して聞き返してしまう。
(しまった、いつもは頭の中で返事してたのに)
ポロッと声に出してしまった僕を、テセウスさんとヘンリーさんが二人して見つめてくる。
なんかマズイこと言ったかな……
「……そうか、黒の宝珠……」
「今まで手に入ることがなかったが、手に入ってそれを使うことが出来れば、確かにそれは内包魔力が上がるだろうな」
二人して考え込んだ後、テセウスさんがふと僕を、と言うより服に隠れている僕の腕の鎧の魔石を見る。
「シノブくん、眷属の証のあの石は黒の宝珠の欠片に近いものだと思うんだけど、どう思う?」
僕に、と言うより鎧の魔石に確認するテセウスさんへ、鎧の魔石も答える。
──あれは似て非なるもの。鎧と同調させるために近いものにはなるが、黒の宝珠の欠片のような効果は出まい。
「えぇと、あの石はあくまでも闇の鎧に同調させるためのもので、本物と比べると効果は薄いようです」
鎧の魔石の答えを、不自然にならないようテセウスさんに僕は伝える。
「そうか……やはりあれでは効果は出ないか。となるとやはり黒の大陸に行って本物を……」
再び考え込んだテセウスさんの横で、ヘンリーさんが目を輝かせていた。
「師匠、シノブくんすごいですね!こんなアイデア思いつくなんて」
尊敬の眼差しを向けられて、これ、僕じゃなくて鎧の魔石のアイデアなんです、と言えない僕はへらり、と笑うしかなかった。
そこにノックをしてからアレックスさんが執務室へと入ってきた。
「お、シノブおはよう。テセウス様、次の書類を預かりに来ましたよ」
「いや、今はそれどころじゃなくて……」
「テセウス様、ヘンリーが来る前にここまで処理を終わらせてくださいって書類を置いておきましたよね?その処理はどうなっているんですか?」
「いや、それは……」
そういえば僕がここに来た時テセウスさん、執務の机にいなかったような……
まさかサボってた?!
「お忙しいのはわかります。この後、同行者の候補者が来るのでその対応もあるのもわかります。だからここまでは、と書類をお渡ししましたよね?」
ニッコリと詰め寄るアレックスさんに、テセウスさんは冷や汗を流して目を逸らしている。
……これは確実にサボってましたね。
自業自得の内容でテセウスさんが怒られていると、バタバタと慌てた足音とともに、ケイレブが執務室へ顔を出す。
「あ!団長見つけた!もう候補者の二人訓練場で待ってますよ?今はバリー副団長が、訓練に混ぜて時間潰してますけどそこまで長く待たせられないのでとりあえず訓練場来てください」
「む、もうそんな時間か!ではテセウス様、戻るまでにここまでは処理、お願いしますね?」
ニッコリとテセウスさんに圧をかけると、アレックスさんはケイレブとともに慌ただしく部屋を出ていった。
「シノブおはよう!また後でな!」
まだ何か企みを含む笑顔で去っていくケイレブを見送り、これから書類の処理に追われそうなテセウスさんとそれを手伝うというヘンリーさんを残し、僕も執務室を後にした。
(書類の処理は手伝えないもんな)
一度部屋に戻り、闇の鎧をベッド下から取り出すと順番に身につけていく。
──主よ。
(ん?どうしたの?)
──先程の話の中に、魔力を吸い出した後に戻す、と言う話が出ただろう。
(あぁ、そんなこと言ってたかも)
──恐らくそれはこの鎧の闇の力を使って、と言うことだと思う。主の魔力では吸い出す力はあっても、まだ放出する力は弱い。さらに魔力の底上げが必要だな。
(うぇ、マジで?またエレンに魔力増幅の薬、頼まなくちゃだな)
ウキウキと僕の薬の改良を楽しそうにするエレンを思い浮かべながら、闇の鎧を全て身につけると、テセウスさんから預かった魔石を鎧に収納し、僕は気配を消して執務室の隣の応接室へと向かった。