56.告白
僕たちが書類を片付け終わったのと、アレックスさんがバリーさんを連れて戻ってきたのはほぼ同時だった。
あ、危なかった……
「テセウス様、バリーを連れてまいりました」
「ありがとう。じゃあ早速なんだけどシノブ、エレン。その闇の鎧の眷属についてもう少し詳しく聞いてもいいかな?」
僕とエレンは、エレンが僕の闇の魔法を自分でも実験で使いたいと言ったところ、鎧の魔石がエレンのネックレスの魔石の魔力に気づき、その力を使って闇の鎧の眷属にしたことをかいつまんで説明した。
「エレンは、生まれつき闇の魔力を持っていたんだっけ?」
テセウスさんがエレンに問いかける。
「いや、村にいた頃はそんなことはなかった……と思う」
──大病を患ったと言っていただろう。それはおそらく瘴気中りではないか?
「あぁ、確かそうだった」
「エレン、瘴気中りって?」
鎧の魔石にエレンが答えた。僕は聞き覚えのない病名に首を傾げる。
「大気中に過剰に放出された瘴気を吸い込むことにより、過度の魔素中毒になって、その魔素を排出するために身体が高熱を出すんだ。大抵はその高熱に耐えきれず死ぬ」
「じゃあ……エレンの村の人たちも……?」
「あぁ……」
「エレン、瘴気中りがどうかしたのか?」
鎧の魔石の声が聞こえないテセウスさん達は、僕とエレンの会話が脈絡のないものに聞こえていたらしい。
僕はテセウスさんに、鎧の魔石がエレンの小さい頃に罹った病気を気にしていることを伝えた。
「あぁ、確かにエレンが罹っていたのは瘴気中りだ。高熱は下がったものの、今度は体温が上がらなくなってな。暫くは寝たきりだったんだよ」
ふ、と懐かしいものを見る目でテセウスさんはエレンを見つめる。
「色々な薬草を使ってみたもののなかなか効果が出なくてね。効能をあげるには瘴気水を使うんだけど、あれは副作用が強くて小さいエレンにはなかなか使えずにいたんだ。でも段々病状が悪化してそんなことも言ってられなくなって。ダメ元で瘴気水で効能を上げた薬草を使ったらそこから徐々に回復して行ったんだ。エレンに瘴気耐性があって良かったよ」
「瘴気水ってそんなに効果が違うんですか?」
確か研究棟でもたまに使うからってエレンが汲みに行ってるのが瘴気水だよな。普通の人には毒だけど、使い方によっては薬になるってこと?
「まぁ、言ってみれば瘴気は魔素、つまり魔力の塊だからね。薬草に含まれる微量の魔力を増幅させるから効果も上がるんだ。ただ、分量を間違えると高濃度の魔素に身体が蝕まれて、高熱を出す。諸刃の剣なんだよ」
「うわぁ……」
(瘴気って、耐性がない人にとっては本当に毒なんだな……)
──その瘴気中りを患うと、吸収した瘴気の魔素により体内の魔素が作り替えられるのだ。だから瘴気中りから回復した者には、今までと違う系統の魔法が使えるようになる者が時々現れる。エレンも、その際に闇の魔力の魔素が取り込まれたのだろう。
「え?!」
驚きの声を上げたエレンは、今の話をテセウスさん達に説明し始めた。
「瘴気中りから回復すると魔法の系統が変わる……?」
「テセウス様、これはもしかすると今まで捜索の範囲外だった者の中に闇の魔力が扱える者たちがいるのでは……」
「上手くすれば同行者ももっと増やすことが出来る……か?」
「いや、村や街の中なら多少その条件で捜索は出来ると思うが、一般人を連れていくには時間が無さすぎる……瘴気中りから回復したものは大抵身体が丈夫ではないから騎士団にはいないだろう?」
テセウスさんとアレックスさんとバリーさんは、鎧の魔石のこの話を聞いて色々と話し合いを始めた。
しばらくその話し合いの様子を眺めていると、コンコン、と部屋にノックの音が響く。
「テセウス様、夜分にすみません。ケイレブです」
ノックの主は、数日前に緑珠守護団の元へ出かけたケイレブだった。
「ケイレブ?!とりあえず入れ」
「失礼します」
テセウスさんの許可を得てドアを開けたケイレブは、中のメンツを見て目を丸くする。
「え?なんでみんないるの?」
「それはこっちのセリフだよ。戻ってくるの早くねぇか?」
「いや、緊急事態でトンボ帰りしてきたんですよ……ってシノブ!お前、俺のあとつけてきたろ?!緑珠の奴らが闇騎士に会ったって騒いでたぞ?!」
「うわ、バレた!」
「色々問いつめたいとこだけど、それよりもヤバいことが起きたからこの件は後で聞くからな?!」
僕を見つけて詰め寄ってきたケイレブはそう言うとテセウスさんやアレックスさんの方へ向き直り、敬礼をするとキッパリと言い放った。
「緑珠エリアにて緊急事態発生。森の主により緑珠が奪われました。既に瘴気が少しづつですが漏れてきております」
「なんだって?!」
「緑珠が?!」
「これは……これをキッカケに各地の宝珠に異変が出るかもしれないな。そうすると次に危ないのは黒珠だ……」
アレックスさんとバリーさんは驚きの声を上げ、テセウスさんは眉間に皺を寄せ難しい顔をしていた。
「まずいことになった。もしかしたら黒の大陸に行くのにこれ以上同行者を探す時間が作れないかもしれない」
「……それなんですが……」
考え込んだテセウスさんの声に被せるように、ケイレブはさらに驚きの情報を伝えた。
「同行者ですが、二名ほど緑珠守護団にて候補を見つけてきました」
「候補?」
「闇の魔力を扱える者、です」
「え?!」
「なんだと?!ジェイドのところにそんな人材いたのかよ」
「とりあえず明日の朝、騎士団のほうに挨拶で顔を出す予定なんですが訓練場に連れていけばいいですかね?」
次から次へと出されるケイレブの報告にテセウスさん達も頭が追いつかなくなっているのか、どうしたらいいのかわからなくなっているようだった。
「そう……だな。とりあえず同行者候補の二人は明日訓練場に顔を出したあと、執務室の隣の応接室へ連れてきてくれ」
「はっ。あと、緑珠守護団よりヘンリーがテセウス様にお目通りを、との事ですが……」
「ヘンリーが?珍しい、自分でこちらに出向いてくるなんて……余程の理由があるんだろう。朝一にこちらに来るよう伝えてくれ」
「了解しました、ではそのように致します。それでは、俺は一旦見張り小屋に戻りますのでここで失礼します」
再度敬礼をし、部屋から出ようとするケイレブを「あ、待って」と僕は呼び止める。
「あの、僕も今日はここで失礼します」
「あぁ、わかった。シノブも明日はきっとバタバタするから今日はゆっくり休んで。起きたらまた執務室に来てくれ」
「わかりました、それではおやすみなさい」
ぺこりと頭を下げ、ケイレブと共に部屋を出る。
外に出ると、ケイレブは僕の頭をヘッドロックしてきた。
「お前、ここで大人しく待ってろよって言っただろうが!何、俺のあとついてきてんだよー」
「痛い痛い!ちょっ、説明するから腕解いて……」
さすがに闇騎士の格好のままだと目立つから、と僕の部屋に戻り闇の鎧を外していく。
「んで?説明聞いてやるけど?」
闇の鎧を全て外し、ベッドに腰かけたケイレブの足元に正座をする。
(何から話そうか……)
疾風を探しに行きたかったから、と言うことを説明するにはイチから説明していかなければならない。
それならまず一番初めに言わなければいけないこと。
それは……
「ケイレブ、あのさ」
僕は意を決してケイレブに話した。
「僕……ワタリビトなんだ」