49.エレンの魔石と、誤解
ズラリ、と机の上に様々な種類の野草と魔石が並んでいる。
……これを、ひとつひとつ試すのか……
若干遠い目をしながらその薬草たちを眺めていると、視界の端でエレンが期待に満ちた目でこちらの様子を見ている姿が目に入った。
いつも僕のために色々回復薬の改良をしてくれてるエレンのお願いだからな……
恩返しの意味も込めて少しだけ気合を入れて頑張ることにした。
まずは用意された魔石をひとつつまみ上げると、腕に嵌めた鎧の魔石にその魔力を吸ってもらう。
次に薬草を鎧の魔石に近づけ、そこを意識して僕の魔力とやらを鎧の魔石に集中させる。
すると、今までなんの変化もなかったのに今回は鎧の魔石から青白い光が漏れ出したかと思うとその光が薬草へ吸収される。
「……出来た?」
「確認させてもらっていいか?」
エレンはそう言うと、僕からその薬草を受け取り何やらその薬草と薬と混ぜ合わせ始めた。
しばらく時間がかかりそうなので、ぼーっとその姿を見ていると、とんとん、とケイレブに肩を叩かれる。
「シノブ、俺ちょっとテセウス様に用があるからここ離れるな。帰りは悪いがエレンに宿舎まで送ってもらってくれ」
「わかった」
ケイレブが部屋から出ていきしばらく経った頃、エレンが興奮しながら戻ってきた。
「シノブ、成功だ!微量だったが魔石の魔力が薬草に混ざっていた!これで従来の薬の効果を色々底上げできる可能性が広がったぞ!」
その明らかに上がったテンションに、つい僕も釣られて笑顔になる。
「よかった、役に立てたみたいで」
「役に立ったなんてものじゃない!これはこれまで効きの悪かった薬の効能が上がったり、対処できなかった病に効く薬が作れるかもしれないという素晴らしい力だぞ!私にも同じことが出来ればなぁ……」
つい最近、『僕も魔法が使えたらなぁ』なんて思ってたのでエレンのその気持ちはよくわかる。
うんうん、とエレンに同意して頷いていると、不意に闇の魔石が話しかけてきた。
──主よ、そやつの首元から何やら魔力を感じる。
「へ?魔力?……ねぇエレン。首の辺りに何か魔力を出すやつつけてる?」
「首……?もしかしてこれか?」
首に掛けられていた革紐のネックレスの先には、黒曜石のような真っ黒の石が結ばれていた。
「その石は?」
「これはシノブが麻痺毒蛇から取り出したあの魔石。何となく記念に持ってたんだけど……」
──ふむ。鎧を纏った状態でこの石の確認がしたい。こやつと共に鎧の元へ行け。
「鎧の……って僕の部屋か。エレン、この後の予定は?」
「いや、特にはないな」
「そしたら、ちょっと僕の部屋に一緒に来てくれる?」
「シノブの?」
一瞬驚いた顔をしてたけど、「闇の鎧が用があるんだって」と伝えると、「なるほど、わかった」といつもの表情へ戻った。なんだ?
部屋に戻り、ベッドの下へ隠していた頑丈な収納箱から鎧のパーツを取り出すと、次々に身体につけていく。
……最初の頃はどうつけたらいいのかわからなくて戸惑ってたけど慣れるもんだなぁ。
「はい、鎧のパーツ全部身につけたよ」
──よし、それでは先程の首元にあった魔石をこの鎧に近づけてみてくれ。
「エレン、さっき首からかけてた魔石をこの鎧に近づけるんだって」
「これをか?」
首からネックレスを外し、鎧へと近づける。
すると、胸元に嵌めた鎧の魔石から例の黒い紐が飛び出すとモヤのようになりエレンの魔石を包み込む。
しばらくすると、そのモヤはエレンの魔石へと吸い込まれていった。
「今のは……?」
エレンのつぶやきに鎧の魔石が応えた。
──ふむ、どうやら成功したようだな。
「え?!」
驚いた声を上げたのは、僕ではなくてエレンだった。
「エレン?」
「今の声、シノブか?」
「今の声?」
エレンが急に何を言い出したのかわからず戸惑っていると、
──エレン、と言ったか?今なら魔石の魔力を薬草に移すことが出来るかもしれんぞ。
「え?!エレンもアレができるの?!あのねエレン……」
「シノブ!この部屋に薬草と魔石はあるか?!」
鎧の魔石の言葉を伝えようとする前に、その言葉をさえぎってエレンから肩を掴まれる。
「魔石は……水の魔石ならあるよ。僕の飲み水用のだけど。薬草は確か、図鑑と実物を見比べるようにって少しだけテセウスさんにもらった見本のがあるはずだけど……」
たいして大きくない机の上を探すと、テセウスさんから借りた本の間に薬草が栞代わりに挟まっている。その薬草と水の魔石をエレンに渡すと、先程のネックレスを再び首にかけ直したエレンが、魔石に集中し始めた。
すると、エレンの手の中の水の魔石の色が段々と薄くなっていく。白に近くなったところで、今度は薬草に集中し始めた。エレンの手の中の薬草はほんのり青白く光るとぽたぽたと雫を垂らした。
「シノブ、コップ借りていいか?」
「……うん」
目の前の光景に理解が追いつかず、とりあえずコップをエレンに渡すとエレンはその薬草をコップの中へ入れた。
そしてコップを机の上に置くと……
がばっ!と僕に抱きついてきた。
そのままの勢いでベッドに倒れ込む。
「闇の鎧!ありがとう!!」
「え?闇の鎧?!」
──例には及ばん。素質があったと言うだけのことだ。
「これで好きな時に実験ができるぞ!」
「いや、とりあえず上から早く降りて……」
コンコン。ガチャ。
「シノブ、戻ってる……の……か……」
ノックからドアを開けるまでノータイムで部屋に入ってきたケイレブは、闇騎士に馬乗りになっているエレンという絵面に直面し、硬直している。その横を、先程の薬草入りコップを手にしたエレンがするりと抜けて外へ出た。
「ケイレブ、シノブ送り届けたからな。じゃ、私はこれで!」
と、ウキウキした足取りでこの場を去っていった。
後には硬直したケイレブと、ベッドの上に無様に転がったままの僕が取り残される。
ギギギギ、ぱたん。
そっとドアを閉めたケイレブが気まずそうに口を開いた。
「なんか邪魔して……悪ぃ……」
「待ってそれ誤解!!」
後に残された僕は、ケイレブの誤解を必死になって解くのだった。