48.恥ずかしい二つ名
用意された魔石の魔力を全て闇の鎧に吸わせると、アレックスさんとバリーさんは「では、各所に案内を出してきます」と、慌ただしく部屋を出ていった。
テセウスさんも書類関係で忙しくなりそうとの事で、僕とケイレブもテセウスさんの部屋を後にする。
「やっぱ、黒の大陸に行くには一筋縄じゃいかねえなぁ」
宿舎へ戻る道すがらケイレブがため息混じりにつぶやく。
多分これを周りに聞かれたら、ケイレブが独り言言ってるみたいに見えるんだろうな……
ケイレブが不審者にならないよう、会話は極力控えめにして部屋にたどり着いた僕は、手早く鎧を外し部屋の中の目立たない所へしまう。
「ケイレブ、おまたせ」
部屋の外で待っていてくれたケイレブに声をかけ、今度は研究棟へと足を向けた。
「んで?今日はなんの実験やるっつってたっけ?」
「んー、とりあえず改良版の回復薬が出来たからそれの経過観察とあと魔力移すやつ出来るようになったか確認だって」
「エレンのやつ、めちゃくちゃその力に期待してるよな」
「なんかそれが出来るだけでかなり実験のバリエーションが広がる、みたいなこと言ってたよ」
他愛のない話をしながら研究棟の温室の前を通りかかると、そこから飛び出してきた小さな女の子とぶつかってしまった。その子は僕にぶつかると弾き飛ばされて、尻もちをつく。手を擦りむいたのか、その女の子はそのまま泣き出してしまった。
「う……うわぁぁぁん!!」
「コラ、アリサ!飛び出してきたら危ないだろ」
ケイレブがその子を抱き起こし、スカートに着いた埃を払って、地面に散らばったその子の持っていた小さな赤い実の枝を拾ってあげている。名前知ってるってことは顔見知りかな?
「ごめんね、えーと、アリサちゃん。大丈夫?」
僕もしゃがんでその子と目を合わせると、タオルで涙を拭いてあげながら謝った。
アリサちゃん、と呼ばれたその子の手のひらがうっすらと血が滲んでいたので、僕が常備している回復薬をかけてあげようとするとケイレブに止められる。
「シノブ。その薬、普通はこんな擦り傷に使わねぇから。もったいないからしまっとけ」
「え……でも……」
僕とケイレブのやり取りを見て、落ち着いて涙が引っ込んだのか、アリサちゃんが「大丈夫!」と声を上げた。
「アリサ、じぶんでなおせるよ!」
そう言うと、アリサちゃんの手は光に包まれその光が収まる頃には手の傷はすっかり癒えていた。
「お、すごいね」
僕が褒めると、アリサちゃんはニッコリと満面の笑みを浮かべる。
……いつ見ても魔法ってすごいなぁ。なんで僕使えないんだろ……自分でも魔法使ってみたかったなぁ……
僕がじっと見ていることに気づいたのか、アリサちゃんは照れてモジモジし始める。
「えへ。アリサすごい?」
「うん、すごいよー」
「わーい!ほめられた!ねぇねぇ!おにいちゃんは、くろかみのきしさま?」
「黒髪の……」
「騎士様?」
なんのことかわからずケイレブと顔を見合わせる。
「ケイレブとおにいちゃん、馬のところでいつもいっしょにいたでしょ?」
「俺と?まぁ最近はよく乗馬の練習してたけど……黒髪の騎士様って、なんだ?」
ケイレブはひたすら首をひねってるけど、もしかしてこれ、アレの事だ!テセウスさんが言ってた『黒髪の貴公子』って恥ずかしいアダ名……
別の呼ばれ方もされてたのか……
「ケイレブ、いっしょにいたのにしらないの?おにいちゃん、しろいうまにのってるところ、すごくカッコイイんだよ!」
「えぇ……?」
アリサちゃんの圧に押され、ケイレブは若干引いている。
「アリサね、おとうさんにもおしえてあげたんだよ!あとメイドのキャサリンにも!」
「あー、アリサ!お前の仕業かー!最近乗馬の訓練してる時にやたらとギャラリー増えてたのは!」
なにか思い当たる節があったのか、ケイレブがアリサちゃんの首根っこをつかむ。
「はーなーしーてー!」
ケイレブの手を振り切ると、そのままアリサちゃんは捕まらないところまで逃げていった。そして一度振り返ると、
「ケイレブのばーか!カッコイイおにいちゃん、またうまにのってるところ、みにいくね!ばいばーい!」
と言い残し、今度こそ見えないところまで走り去っていく。
「最近やたらと厩舎の周りに人がいると思ったんだよ……アリサのやつ、キャサリンに余計なこと言いやがって……」
「キャサリンって?」
「王宮のメイド。おしゃべり好きで、イケメン見つけるとすぐ色んなやつに声掛けてウワサ広めるんだ。シノブ、面倒なことに巻き込まれてないか?」
イケメンって……
てか今のところ、面倒には巻き込まれてはいないけど……
今朝のテセウスさんから聞いた話をケイレブに伝える。
「ハァ?結婚?王宮のヤツら暇なのかよ……」
「そんな心配ないと思うんだけど、テセウスさんがもし面倒に巻き込まれそうになったら『うちの娘と婚約してる』って言えって」
「テセウス様の?」
そう言うとみるみるうちにケイレブの顔が、笑いをこらえる表情になっていく。
「い……いいんじゃねぇの?」
「もう、笑い事じゃないんだけど!それに僕、テセウスさんの娘さんなんて会ったことないし」
「え?あー、そっか。ちゃんと紹介してねぇのか!大丈夫だよ、シノブ面識あるって」
「え?!」
「てかさ、真面目な話。本当に面倒なことになりそうならそう言えよ?」
「わ……わかった」
「よし!じゃあエレンのとこ行くか!」
くるっと僕に背を向けて、先に歩き出したけど肩が震えている。
顔を隠したって笑ってるのバレてるからね!
てかテセウスさんの娘と会ったことがある……?
……あ、もしかしてさっきのアリサちゃん?!
あの子と婚約してるなんて言ったら、犯罪みたいじゃないか!
いや、この世界では珍しくないのかもしれなけど、やっぱり僕には抵抗がある。
うん、婚約の話はなしの方向で!!
「しつれーしまーす」
研究棟に着く頃にはケイレブの笑いがようやく収まっていた。
研究室の中を覗くとエレンの姿が見当たらない。
奥のいつもの部屋まで足を運ぶと、部屋の中でエレンがうたた寝をしていた。
「お、珍しいな。エレンが寝てるなんて」
「ちょ、ケイレブ。起こしたら可哀想だよ……」
何かを握りしめて寝ているエレンのその手をケイレブが開こうとしていたので慌てて止める。
僕たちのそんな気配に気づいたのか、エレンはうっすらと目を開け、僕と目が合うと慌てて立ち上がる。
「うわ、シノブ!」
「おはよう。疲れてるなら約束別の日にする?」
「だ、大丈夫!ちょっとだけ待っててくれ!」
バタバタと一旦部屋から離れ、戻ってきた時にはいつものエレンになっていた。
「すまない、ついうっかりうたた寝をしていたようだ。とりあえずこれがシノブ用の新しい薬。飲んだあといつものように経過をレポートに書いて出してくれ。そしてこれが……」
目の前に薬草と魔石が置かれる。
「魔力を移す実験用の薬草と魔石だ」