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彼氏ドラフト

「昨日のドラフト会議、抽選七回って激アツだよね!」

 お昼休み、紗江がそう切り出したとき、私たち3人の反応は薄かった。少なくとも私には、その話題はチンプンカンプンだった。

 だが、紗江は私たちのリアクションを見て引っ込めるどころか、そこからさらにその話題を押し広げていく気満々だった。紗江が一度このモードに入ると止められない。このまま、貴重な高校時代の昼休みの一つが、無駄に浪費されていくのかと、私が覚悟を決めたその瞬間だった。

「ドラフト?抽選?って何?」

 今日子が口を開いた。常にマイペースで思いついたことをすぐ口にする今日子は、ときにトラブルメーカーだが、こういう時には役に立つ。 

「えー何ぃ、みんな、ドラフト知らないの?プロ野球の全球団が一堂に会して、来年の新入団選手の交渉権を獲得するための、年に一度のビッグイベントだよ。他の球団と希望選手が被ったら、抽選で決めるんだけど、その抽選が、今年は何と七回もあったの。これって史上最多だよ、マジ萌えるでしょ!」

「え、プロ野球って、選手が自分の好きな球団に入れるんじゃないの?それって、職業選択の自由権的にどうなの?」

 将来の夢が弁護士の里香が、極めて現実的な疑問を口にしても、紗江は一向に怯まなかった。

「そういう考え方もあるだろうけど、ドラフトは戦力の均衡と言う、興行としてのプロ野球の根幹を担う制度なの。それに、フリーエージェントって言う入団後に一軍の累計登録期間とか一定の条件を満たせば、好きなチームに移籍することができる制度もあるから大丈夫。それに何より、ドラフトはそれまでの人生を野球に捧げてきた選手たちの運命が交錯する交差点なんだよ、ドラマがあるじゃない!」

「いや、ドラマって言うけど、そんなの周りが勝手に盛り上がって楽しんでるだけで、本人にとっては迷惑以外の何物でもないでしょ」

 里香の二の矢も紗江の耳には届かず、紗江は過去のドラフトで起きた、私たちが聞いたことのない過去の選手の、もちろん聞いたことのない過去の伝説的エピソードを滔々と語り始めた。

 ソフトボール部だからプロ野球好きなのか、プロ野球好きだからソフトボール部なのかは不明だが、とにかく紗江のプロ野球愛は徹底している。

 時間があれば試合結果や選手の情報をネットでチェックしてるし、しょっちゅう球場で試合も見てる。本番が始まる前のオープン戦とか言う練習試合にまで、わざわざ足を運ぶのだ。

 極めつけは、スクールバッグに取り付けられたアクセサリーだ。

 女子高生にはあるまじきことに、紗江のスクールバッグにぶら下がっているのは、なんと、青い帽子をかぶり丸々と太った、犬だか狸だか分からない、どこかのプロ野球チームのマスコットキャラクターなのだ。野球少年のリュックサックじゃないんだから、それは無しだと思う。まあ、たしかに変に愛嬌のあるキャラクターではあるけど。

「ということでさ、」

 みんながそれぞれ上の空で聞き流していた話題に自ら区切りをつけ、紗江は、それが最初から本題だったのであろう(もしそうなら、さすがに前振りが長すぎる)テーマを持ち出してきた。

「彼氏ドラフトやらない?」

「彼氏ドラフトぉ!?」

 彼氏とドラフトと言う、その異色の組み合わせに、思わず引き込まれてしまった私たちの顔を満足そうに見まわすと、紗江は説明を始めた。

「つまりさあ、彼氏にできたら良いなって言う男子を、一位から順番に挙げていくのよ。で、交渉権を獲得できた人が、告白出来るって言う、言ってみたら疑似ドラフトごっこ」

 ドラフトの仕組みが、まだ良く分かっていなかった。し、交渉権を獲得したところで、告白なんてできるはずもなかった。交渉権で背中を押されるくらいなら、とっくの昔に告白してる。目的とプロセスをはき違えたイベントだな、それが私の率直な意見だった。

 だけど、そんなこちらの思いを知ってか知らずか(実際には、知っていても知らなくてもなのだけれど)、紗江は意気揚々とメモ用紙を私たちに配り始めた。

「はい、じゃあ、これに第一回希望選択彼氏の名前とクラス、所属を書いて、書き終わったら折りたたんで私に渡して」

 前にも同じ遊びをしたことがあるんじゃないかと疑いたくなるくらいに、紗江の手際は良かった。

 紗江の圧に急かされるように、目ぼしい男子の顔を思い浮かべようとした。そこで、ふと横を見た。紗江はもちろん、今日子や里香までも、何故か真剣な表情を浮かべていた。

 結局のところ、彼氏というフレーズは女子高生にとってはキラーワードなのだ。そんな様子を見ていると、私まで、なんだかドキドキしてきた。

 えいや、と書き上げて。押し付けるように、紗江に折り畳んだメモ用紙を提出した。

 こうして、四人の希望彼氏が出揃った。

「じゃあ、順番に読み上げていくよ」

 紗江が、ごくりとつばを飲み、一枚目のメモ用紙を開いた。

「熊川今日子、第一回選択希望彼氏、」

「ちょっと、何なの、その渋い低音ボイス」

 紗江の元ネタが分からない声真似に、今日子がすぐにツッコミを入れたが、紗江は邪魔をするなと言わんばかりに、里香を手であしらい、進行を続行した。

「熊川今日子、第一回選択希望彼氏、佐藤純也、3年A組、サッカー部」

 クエスチョンマークとツッコミどころ満載の、失敗お昼休みイベントのはずだった。それが、第一希望彼氏の名前が発表されたことで、急にその場の温度が上がった。

 それに釣られて、紗江の声のトーンも上がった。

「小寺裕子、第一回選択希望彼氏、佐藤純也、3年A組、サッカー部」

 私のメモ用紙だった。いきなりの重複だった。私たちの輪の中で、おお、と言うどよめきが生まれた

 紗江の開票はさらに続く。

「栃谷紗江、第一回選択希望彼氏、佐藤純也、3年A組、サッカー部」

 まあ、それは当然と言えば、当然だった。佐藤君は爽やかなイケメンで、サッカー部のキャプテン、成績も優秀で、人当たりも良い。彼氏にしたい男子の名前をあげろと言われたら、そりゃ、誰でも一番に名前を上げるだろう。

 納得の結果だったし、同時に、別にドラフトごっこをやるまでもなかったなと思った。

 まだ里香の希望彼氏が残っていたが、紗江も、念のため確認しますねと言う感じで、メモ用紙を開いた。その瞬間、紗江が小さく目を見開いて驚いたような表情を浮かべたのを、私は見逃さなかった。

「高野里香、第一回希望選択彼氏・・・、片山拓、3年C組、テニス部」

 私たちの反応は三者三様だった。

「片山拓ぅ!?たしかにポイントは高いけど、佐藤純也に比べれば落ちるよね」と、私。

「うん、それは絶対そう。私も片山は、佐藤が駄目だった時のバックアップ」と、今日子。

「さすが、里香・・・。呑み込みが早い」と、紗江。

 片山一位指名を、紗江だけは驚きより感心で受け止めていた。

「呑み込み?」

 怪訝そうな表情を浮かべた私たちに、紗江は説明した。

「たしかに、片山と佐藤だと、佐藤のランクが上回る。でも、私たちは実力通りの入札をしたせいで、競合することになった。競合した場合は、さっき言ってたくじ引きでの抽選になる。一方で、佐藤を回避して片山を指名した里香は、片山の一本釣りに成功。今日子と裕子と私の三人は、くじで負けても、もう佐藤は指名できない」

「え!佐藤行けないの!?じゃあ、どうなるの!?」

「三番人気だと、青木悠馬くらいか。でも、青木も多分重複だよね。そうなると、最終的に獲れるのは高木の可能性も」

「片山と青木じゃあ、佐藤と片山より、ずっと差があるよ!!だし、高木が一位指名はない!!」

 騒ぐ、紗江と今日子を横目にしながら、こともなげに里香は言った。

「ドラフトって言うのはそういうゲームなんでしょ。今日子と裕子は全然分かってない。って言うか、それが分かってても、佐藤を指名した里香の本気度を私は讃えたいけどね」

 なるほどな、と私は感心した。そして、紗江に尋ねた。

「ドラフトがどういうものなって言うのは分かったけど、これを全部の指名が決まるまで繰り返すの?チームもたくさんあるんでしょ。すごい時間かからない?」

 紗江は、心なしか顔を赤らめたまま、答えた。

「競合・抽選が発生するのは、一巡目だけ。二巡目からは、ウェーバー制って言って、最下位の球団から順番に選手が選べるようになるから、進行が速くなるの」

「へえ、そうなんだ。でも、有力な選手が最初に決まっちゃうわけだから、二巡目以降はあんまり盛り上がらないね」

「それが、そうでもないのよ。チームごとに補強したい部分って違うから、二巡目以降は余計に各チームの特徴が出るし、一位指名はされないんだけど一芸に秀でた選手が指名されたりするから、私みたいなガチのプロ野球好きには、実は二位指名以下の方が興味深かったりするんだよね」

「一芸って?」

「例えば、すごい足の速い、走塁のスペシャリストとか」

「彼氏ドラフトで言えば、見た目とかはあんまりぱっとしないけど、家庭科の料理の時は大活躍する、登山部の中野和真みたいな?」

「そうそう、さすが里香。よく分かってる。そんな感じ、そんな感じ」

「なるほど、中野は一芸二位以下指名選手なんだ」

 私が呟いたところで、昼休み終了のチャイムが鳴った。

こうして彼氏ドラフトは終了した。

                   ・・・    

 その日の放課後、借りていた本を返却して図書館を出たところで、里香とばったり会った。

「しかし、紗江のプロ野球愛も、あそこまで行ったら立派だよね」

 バス停に向かいながら、自然と紗江の話になった。

 応援しているチームの勝敗が紗江の翌日のテンションに与える影響から始まり、複数の逸話を経由した後、スクールバッグにぶら下げられた謎のマスコットキャラクターの生物学的正体についての議論がひと段落した時だ、

「ところでさぁ、」

 そう言えば、と言う感じで里香が切り出した。

「裕子の、第一希望選択彼氏、ほんとは中野くんでしょ」

 ばれてたー。

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