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都会のオアシス

「美和さん、私、ほんっと美和さんに憧れてて。今日も、美和さんとお話しできるのを楽しみにしてたんです」

「優樹菜さあ、それ本気で言ってる?」

 職場の女子会。私の正面に座った、3つ後輩の優樹菜の言葉に、我ながら素っ気なく返したのは、いつも適当に調子の良いことばかり言う優樹菜の性格をよく知っていたのと、金曜日の夜でお店の人手が足りていないのか、優樹菜の前に空のグラスが5つも並んでいたからだった。

「いま、本気かって言いました!?そこを疑うのって私に失礼じゃないですか!?って言うか、1周回って、美和さん自身に失礼じゃないですか?いくら美和さんでも、私に対する無礼は許せても、私の尊敬する美和さんに対する無礼は許しませんよ!!」

「分かった、分かった。何でも話してあげるから。で、何が聞きたいの?」

 優樹菜の、あまりの勢いと支離滅裂さに思わず笑いながら答えた。

「色々あるんです。色々あるんですけど、一番、私が聞きたいのはですねえ、なんで、美和さんがそんなにナチュラルに生きられるのかってことです」

「ナチュラル?どういうこと?」

「男は単純オスゴリラだから良いですけど、女として生きるのって、色々とめんどくさいじゃないですか。外見だけじゃなくて、心も着飾らなくちゃダメで。まあ、着飾るのって楽しくもあるわけですけど、絶対負担がありますよね。化粧品は肌に、無駄な見栄は心にみたいな。みんな、絶対、無理してるはずなんです。でも、美和さんにはそれがない。美和さんは、無理せず、美和さんらしく生きてる。私は、その秘訣が知りたいんです」

 意外な質問だった。

 女子会の質問だから、聞きたいことって言っても、どうせ恋愛に関する相談、あるいは社内のゴシップに関する情報収集くらいだろうと高を括ってた。しかも、私からすると、天然系で私なんかよりもずっと天真爛漫に生きているように見える優樹菜だったから、その質問は余計に意外だった。

 でも考えてみたら、今まさに優樹菜が言ったように、みんな多かれ少なかれどこかでは自分を押し隠して、頑張っているところがあるはずなのだ。それは、たとえ単純オスゴリラだろうと、優樹菜だろうと。

 そう考えると、最初、優樹菜を適当にあしらうような対応をしたことが申し訳なくなった。優樹菜の質問にきちんと答えてあげようと思った。

 内緒話をするように、身体を少し優樹菜の方に乗り出して私は切り出した。

「優樹菜、今、私が無理せずに生きてるって言ってくれたよね。でも実は、それって、私からするとしてやったりって感じなの」

「してやったり?どうしてですか?」

「だって私、無理せずに生きるように頑張ってるから」

「無理しないように頑張るって、矛盾してませんか?」

 優樹菜の口から、質問と一緒にジンの香りが漏れた。私は少し考えてから、言葉を選びながら優樹菜のもっともな質問に答えた。

「えっと、思考とか願望がある以上、他人と生活していると、いや無人島で一人でも生活しててもか・・・、とにかく、全部が完璧に自分の思い通りになることなんてないから、完全に無理しないで生きることなんてできないと思うんだよね。私もそう」

「美和さんでも、やっぱりそうなんだ・・・」

「がっかりさせたようで悪いけど、そういうことなの。私さっき、してやったりって感じだって言ったでしょ。あれはね、優樹菜とか周りの人をうまく騙せてるってことが分かったから、のしてやったりじゃないの。あれは、自分に対するしてやったり。

 もうちょっと説明すると、自分では無理しないように頑張ってるって言ったけど、これがなかなか自分自身では本当に無理していないかどうかが分からないものなの。それどころか、自分自身で確認できないことがストレスになったりして、ちょっと負のスパイラルに入りかけてたくらい。

 でもさっき、優樹菜が無理してないように見えるって言ってくれて、第三者から客観的にそう見えてるってことは、無理をしないように頑張るって言う私の努力は少なくともある程度はうまく行ってるんだろうって思えた。だから、あのしてやったりは、私の頑張りに懐疑的だった自分自身に対しての、ほらみてごらんなさいっていう、してやったりってこと」 

「複雑、ですね・・・」

「複雑なのよ、こじらせメスゴリラだから」

 ため息を飲み込むように6杯目のグラスを煽る優樹菜に笑いかけながら私は言った。

「そうですかぁ・・・、あっ、じゃあ、無理せずに頑張るためのコツみたいなのってなんかありますか?」

 そんなこと考えたこともなかった。

 不意を衝かれた気がした。でもそれが良かったのかもしれない。不意を衝かれたことが、私の脳を刺激し、私の記憶の底から一つの場面を掘り起こした。

「都会のオアシス」

 気が付けばそのフレーズが口を衝いていた。

「都会のオアシス?」

「うん、都会のオアシス。

 私ね、毎週週末に家の近くの川辺を2時間くらい散歩するのが好きなの。そこが結構、緑地化されてて、気持ちよくて、考え事とかするのにも良いし、ほら、普段、部屋とオフィス街の往復だから、自然に触れると癒されるのよね。

 それがある日、そんな風に散歩してて、途中で立ち止まって深呼吸とかして、ああ、やっぱり自然は良いなあ、なんて思ってた時にね、それまで気が付いてなかったんだけど、そこからすっごい高層ビルの街並みが見渡せることに気が付いたの。

 それで最初に頭に思い浮かんだのは、私は自然が好きだなんて思ってたけど、それは人工的な自然であって、自然が好きな振りをしてるだけなんだなってこと。まさに、さっき優樹菜が言ったみたいに、自然好きな自分を演じてるだけなんだって、ちょっと自分で自分にがっかりした。

 でもね、そのすぐ後に、都会のオアシスって言葉が思い浮かんだの。別に、なんか意味があったわけじゃなくて、ただその場面を描写するみたいな感じで。ところがそのとき、ふと思えたの。別に都会のオアシス好きでも良いんじゃないかって。えせ自然かもしれないけど、えせ自然好きで何が悪いんだって。

 その時から、何となくだけど、白か黒かだけじゃなくて、別にその中間もありだなって思えるようになったの。それから、ちょっとだけ、前よりも頑張らなくても無理しなくなれた気がする」

 頭の中に、あの日見た風景が鮮明によみがえり、柄にもなく言葉に力が入った。それで恥ずかしくなって、ほとんど残っていなかったカンパリのグラスを飲み干した。

「美和さん・・・」

 思いつめたような声に向き直すと、優樹菜が感動のせいかお酒のせいか分からない充血した目で私を熱っぽく見つめていた。

「都会のオアシスの話、すっごく胸に刺さりました」

「ほんと?良かった。なんか自分の世界に入って熱く語っちゃたんだけど、感覚的な話だから、伝わりにくかったんじゃないかって心配してた」

「伝わりにくいどころか、完璧に伝わりました。あ、ひょっとしたら、そういう意味で美和さんと私の感覚って似てるのかも知れないです。だって、私にもその都会のオアシス的な話があるし。わあ、嬉しい、美和さんと一緒だなんて!!」

 本当にうれしそうにそう言った優樹菜の一言がひっかかった。

「優樹菜にも、こういう話があるの?」

「まあ」

「へえ、そうなんだ。聞かせてよ、その話」

 何気なく言っただけだったのだが、私の言葉に、もともとお酒のせいで赤くなっていた優樹菜の頬はさらに紅潮した。

「えぇ、恥ずかしいなぁ。それに多分、つまんないですよ」

「どうして、つまらないの?」

「だって、すっごい似てるんです」

「そんなに似てるの?」

「はい、内容はほとんど一緒だし、フレーズきっかけってところも同じだから」

 酔っぱらってはいたが、優樹菜が嘘をついている感じはしなかった。もし同じような話があるのなら、聞いてみたいと本当に思った。

「フレーズまであるんだ!!じゃあ、そのフレーズだけでも教えてよ」

 私がそう言うと、優樹菜はいかにも渋々と、それでも最後には仕方なくという風に諦めたようだった。

「じゃあ、フレーズだけですよ」

「うん、フレーズだけ」

 なんか緊張して、私はごくりとつばを飲んだ。

「私のフレーズは・・・、鰻の寝床です」

「鰻、鰻・・・?」

 少し考えて、それから両手を合わせて私は優樹菜に頼み込んだ。

「やっぱり話の方も聞かせて」

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