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【落語風】あきない

 落語と言えば、江戸時代を舞台に、うっかり者の早とちりや勘違いが大騒動を引き起こすというのが定番です。

 このうっかり者というやつですが、業とでも運命とでも申しましょうか、生きているだけで、おのれの周囲、最大で半径五百メートルに決まって迷惑をかけます。迷惑をかけるんですが、まぁ、どこか憎めないものなんですね。

 なもんで、周りの者がついなんとかしてやりたくなる。助け舟を出す。ところが、なにせ相手がうっかり者なもんだから、どうしても話が思った方向に進まない、と。

この日も、そんなうっかり者が、町を歩いているところから話は始まるわけで。

「おい、そこをしょぼくれた面で歩いているのは徳さんじゃないか。うちの前を通りがかりながら、素通りというのは寂しい話だね。別に用事なんざなくったって、うちん中を覗いて、『ご隠居、随分とご無沙汰しておりましたが、調子はいかがですか』と、あいさつの一つもするってえのが、ものの道理というやつじゃぁないか」

「これはご隠居、とんだ失礼を。いやあ、何ね。別にわざとご隠居の家の前を素通りしようとしてたわけじゃぁないんだ。ただ、ちょっと考え事をしてたもんで、ついうっかり」

「お前さんが考え事とは珍しい。それなら、なおさら寄っていきなさい。私だって、そんな大したもんではないが、うっかり者のお前さんよりは考えが及ぶだろう。三人集まれば文殊の知恵という言葉もある。お茶でも飲みながら、話を聞こうじゃないか」

「ご隠居が?話を聞いてくれるんで?しかも無料で?茶まで出してくれる?そいつは、ありがてぇ。しかし、けちなご隠居にしては話がうますぎる。まさか、新手の勧誘商法じゃぁ、ないんでしょうね」

「本人を前にして、そういうことを言うもんじゃないよ。まあ、そういう思ったことを裏表なく口にしてしまうところが、お前さんの魅力といえば、魅力だ。得な性分だね、まったく。下らないこと言ってないで、早くお上がり」

「それじゃあ、お言葉に甘えて」

「はいはい、わらじはそこの隅に寄せて。お座布がそこにあるから、使っておくれ。茶は入ってる。お前さん、干し柿はお好きかい?干し柿は好物です。じゃあ、ちょうどいい、おすそ分けでいただいたやつが、そこの盆に盛ってある。つまんでおくれ。何?干し柿も好物ですが、冷酒はもっと好物です?つけ上がるんじゃないよ。お前さんもそんな暇じゃないんだろ。一息ついて、喉を湿らせたら、話を聞かせてごらん」

 ご隠居に言われた通り、上がりこんだ徳さんが、ずずずと茶を飲む。もぐもぐと干し柿をほおばる。干し柿が喉につかえる。慌てて、ごくごくと茶で流し込んで一言。

「あー、危うく隠居より先に逝くとこだった」

「馬鹿なこと言ってんじゃないよ。で、何だい、お前さんの悩みてえいうのは」

「そうでした、そうでした。私、悩んでるんです」

「私、悩んでるです。って、自分で言うのも珍しいが。悩んでるんだろう。たいそう、悩んでるのかい?」

「へえ、干し柿が喉につかえるほど」

「それを言うなら、ものが喉を通らないほどだろ。しかも、さっきのはお前さんががっついたからじゃないか。あれだけ食欲があるんなら、大した悩みでもないように思えるが」

「食の方はまだましなんです」

「なんだい、食の方はっていうのは。じゃあ、何のほうがよくないんだい」

「寝の方が」

「ああ、悩みが原因の不眠症というやつか。あれは辛いらしいね。ひどい人になると、夜中中、一睡もできないとか」

「そうなんです。私も、夜中中、一睡もできないんです」

「それは大変だ。顔色はそれほど、ひどくないようだが」

「夜中中、一睡もできないので、昼間にぐっすり」

「ふざけてんじゃないよ。本当に悩みがあるのかい?」

「あるんです。商いの悩みが」

「ほう、商いの悩みかい。お前さんは、小物売りだったね」

「へえ、かんざしやら帯留めなんてえ品を、流しで売ってます」

「そうかい。商いは、奥が深くて面白いものだが、その分大変だ。なんだいお前さんの悩みってえいうのは?まあどうせ、お金の話だろう。金は天下の回りものとは言うが、いつも都合よく回ってきてくれるものでもない。お金がなくっちゃあ仕入れもできない。お金で困ってるんなら、大きなことは言えないが、少しくらいなら私が融通してあげても良いが、どうなんだい?」

「いえ、お金の話じゃあねえんです。まあ、お金にはいっつも困ってるんで、融通していただけるってえんならありがたい話なんですが、なにせご隠居からお借りすると・・・、」

「お借りすると、なんだい?」

「けつの毛までむしり取られる」

「なにを馬鹿なことを言ってるんだ。お金じゃないって言うんなら、なんだい?」

「平たく言っちまえば、飽きちゃったんです」

「飽きるに平たいもぶ厚いもないだろうが、飽きたってえのは?」

「毎日、同じことの繰り返しじゃないですか。朝から風呂敷担いで、お得意様を回って、品をお見せして、べんちゃらの一つも言って買っていただいて。家に帰る途中に、次の品を仕入れたり、たまに酒の一杯もひっかけたりもありますが、基本的には家に帰って飯食って、寝て。で、また朝起きて、風呂敷担いで。そもそもこらえ性がないってガキの頃から言われてきましたが、どんだけ辛抱強かったって、こう毎日おんなじことしてたら、そりゃ飽きない方が不思議ってもんですよ」

「なるほど、人というものは刺激を求める生き物だ。翻って、お前さんが言った通り、商いというのは日々の繰り返しで積み上げていくものだ。その意味では刺激とは正反対の位置にあると言っても良い。お前さんだけじゃあなくて、みなが同じ悩みを抱えてるって言ってもいいだろうね」

「へえ、左様で。で、他の人たちはどうされてるんで」

 身を乗り出す徳さんに、御隠居さんは顎に手をやり、少し思案すると

「たいていの場合は、おまんまのためだと諦める。それでも、収まりがつかなかったら、刺激を仕事以外に求める。まあ、趣味とか年に一度の舟遊びのような趣味を持つことだね」

「それぐらいのことなら、あっしにだって分かりますよ。それで上手く行かないから、こうして相談してるんじゃないですか。それを、もったいぶって、顎に手をして小難しい顔で、分かり切ったことを言うだけなら、そりゃ、詐欺だ」

「詐欺ぃ!?どんな詐欺だって言うんだい?」

「ご隠居詐欺だ!いかにも世知に長けたご隠居ぶって、ほんとはただの耄碌じじい!」

「耄碌じじいって、言うことが過激だね。相談に乗ってやって、耄碌じじい呼ばわりされたんじゃあ、たまったもんじゃない。とは言え、乗り掛かった舟だ、他に良い考えがないかって言うと・・・、おお、そうだ!」

「何か、思い付いたか、耄碌じじい」

「その、耄碌じじいは、止めておくれでないか。教えてやろうってえ気がなくなるよ、まったく」

「そう言わず、御隠居様」

「ご隠居様って、今度は調子が良すぎる。私は、水戸のご老公じゃあないんだよ。しかし、ほんとうにお前さんは憎めない。まあ、良いだろう。良いかい、万事物事は如何様であるかというよりも、如何様であると思うかということが大事だ」

「はあ、そんなもんですかい?」

「ああ、そうだ。冬の朝だって、寒いと思えば布団から出たくなくなるが、空気が澄んでいると思えば軒先で深呼吸の一つもしたくなる。酒が少々匂っても、味があると思えば、美味しく感じる」

「うちのかかあも、美人だと思えば、美人になる」

「何を馬鹿なことを。とにかく私が言いたいのは、人間、物事の見え方は思い方一つで変わるということだ」

「なるほど、何となくですが言っていることは分かりやした。ただ、思い方変えて見ろって言われても、なかなかに難しい。だって、飽きたって思っちゃてるんだから。それなら、まだ、かかあの方が明かりを消しちまえば、ごまかせる」

「いい加減に、奥さんから離れなさいな。話が先に進まない。とは言え、お前さんの言うことももっともだ。どうすればそもそも思い方を変えるか・・・、こういうのはどうだろう。言葉から変えてみるって言うのは。名は体を表す、とか、言霊とかいう言葉もある。言葉から変えれば、その内、思い方も変わって来るだろう」

「へえ、それでどんな風に」

「いいかい、お前さんは商いを飽きたと思っているわけだ。そこを、商いは飽きない、と読み替えてみるんだよ」

「ああ、なるほど!商いは飽きない、商いは飽きない、商いは飽きない。ああ、こりゃたしかに良いや、頭の中で念仏みたいに唱えていたら、何となくそんな心持ちに変わってきましたよ。・・・、ああ、でも駄目だ!!」

「何が駄目なんだい?」

「かかあの生まれが秋田です」

 お後がよろしいようで。

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