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ヒート

 G県大山村村議会会議室。エアコンの設定温度が、政府の省エネ推奨温度を下回る25度だったにも関わらず、村長の下村功(68歳)の額には大粒の汗が浮かんでいた。一方で、下村に対峙する村議会議員、新川和彦(48歳)の表情からは余裕と勢いが感じられ、議論の趨勢が新川に傾いていることを印象付けた。

 答弁に詰まる下村に、新川は畳みかけるように迫った。

「村長、私は何も難しい話をしているわけじゃない。村長として、きわめて当然な判断をしてくださいと言っているだけだ」

「新川くん、言っていることは分かる。言っていることは分かるが・・・」

「本当に分かってますか?ポイントをクリアにするために、もう一回だけ説明しますよ。

 私が提案しているのは、公民館前のバス停への冷却用ミストシャワーの設置です。この村は、過去に最高気温が全国で二番目に高かった日もあったほど、夏の暑さが厳しい。特に公民館のバス停のあたりには、太陽を遮るようなものもなく、昼下がりはまるでサウナのようだ。

 しかも、公民館の利用者の割合を見れば、圧倒的に高齢者のそれが高く、高齢者は公共の交通機関を使うことが多い。公民館前のバス停の暑さ対策が喫緊の課題であることは疑いの余地がない。

 それにですよ、私は今、暑さ対策と言いましたが、対策が必要なのは何も暑さだけじゃない。これだけ、暑いという情報が広がって、しかも何の対策も打っていないということになれば、この村に住みたいと思う村外の人なんて出てくるわけがない。村のイメージ対策・人口減少対策と言う意味でも、今すぐミストシャワーを設置すべきだ。

 村長、そのための予算を、この場で承認してください」

 新川の投げかけに、答えるというよりも、逃れるように下村は応えた。

「いや新川くん、それはたしかにそうかもしれないよ。だが、予算には限りと言うものがある。費用対効果というものもだね、考慮してもらわないと」

 その、言葉が新川にさらに火をつけた。

「費用対効果ぁ!?費用対効果とおっしゃられるくらいならば、村長、村長の考える費用対効果を教えてください。

 ちなみに、私のミストシャワー。暑さ対策のミストシャワーと言えば、埼玉県熊谷市の駅前事例が有名ですが、私が紹介しているのはそれよりもずっと進んだ革新的なミストシャワーです。

 現行製品との違いは大きく二つ。まず、製品上部に取り付けられたソーラーパネルのおかげで、電源を供給する必要がないエコでかつ電気代がかからない製品だということ。そしてもう一つは、なんと、このミストシャワー晴れている時には必ず虹が見えるレインボーミストシャワーなんです。

 暑さを体感温度で和らげるだけでなく、目から入る情報で和らげる、そして何より楽しい。それに、虹が見えるミストシャワーの評判が広がれば、それを見るためにこの地を訪れる旅行客だけでなく、他市町村からの視察等も含めた来村者の増加にともなう、村経済への波及効果が期待できます。

 たしかに、100万円近い設置費用は掛かりますが、費用対効果という点においては、非常に高いという自信が私にはあります。

 そもそも、ミストシャワーの費用対効果うんぬんをおっしゃられるのであれば、村長、村長ご自身のより費用対効果の高い、暑さ対策をお聞かせいただきたい」

「いや、例えば、風鈴とか・・・」

 苦し紛れを隠す余裕すらなく下村が応えた。

「風鈴!?風鈴って、村長、ここは子ども議会ですか?だいたい、あの場所は村長もご存じの通り、風通しが良くない。だから、暑さも厳しんじゃないですか!」

「じゃあ、扇風機をつけるとか・・・」

「だったら、扇風機を購入して設置する費用をミストシャワーに回せば良いでしょう!」

 議会場には他にも八人の議員がいたが、彼らが下村と新川の議論の熱を上げることはなかった。どころか、彼らは完全に冷めきった様子でささやき声を交わしていた。

「なんか、下手な漫才見せられてるみたいだな」

「ほんとほんと」

「しかも、これ村のPRとか言って、YouTubeで配信してるんだろ」

「えーっ、PRって、恥をさらしてるようなもんじゃないか」

「だと思うだろ、ところが、若い世代が、村長と新川のやりとりがコントみたいで面白いって、結構バズってるらしい」

「漫才じゃなくてコントか・・・」

 呆れ顔の村議会議員たちをよそに、村長と新川の討論は、それからも村議会終了まで延々と続いた。

                       ・・

 その夜、村長室で向かい合った下村と新川の表情は、昼間の議会上での激しい応酬をそのまま引きずるかのように硬かった。

「村長・・・」

 昼間とは打って変わって、重い感じで新川が口を開いた。

「YouTubeの再生回数が伸びてません」

 新川の言葉に、下村の顔に深い落胆の表情が刻まれた。

「そうか・・・、今が旬で、かつうちの村の唯一の特徴である、暑さを前面に打ち出してみたが、インパクトがちょっと弱かったか」

「暑いのは、とにかく暑いですが、暑さ自慢の市町村は他にもたくさんありますから、もう一枚何か乗せられるトピックがないと、やはり埋没してしまうかと」

「熱中症で病院に運ばれた人の人数って言っても、うちの村にはそもそも病院がないからな」

「先週の水曜日は5人のお年寄りに病院に運ばれていただいたのに、病院がある隣町でカウントされましたからね。この集計の方法、県の方に働きかけて、何とかなりませんか?村長、県知事とお知り合いだと以前におっしゃられていたじゃないですか」

「知り合いって言っても、嫁さん同士が女学校時代の同級生って言うだけだからな」

「えっ、それだけなんですか!?」

「それだけって、新川くん・・・」

そこに助役の鈴木篤(58歳)が飛び込んできた。

「村長、新川先生、やりました!!今日の最高気温、全国一位です!!」

「ほんとか!やったな!!」

 鈴木の一言が、まさに部屋の重苦しかった雰囲気を一掃した。

 朗報を運んできた鈴木の手をがっしりと握った、下村。そんな、二人の様子を見る新川の目には光るものがあった。

「これで、日本一という冠がつけられます!」

「日本一記念の饅頭でも発売すればいいんじゃないか」

「今なら、ゆるキャラとかもありかもしれませんよ。ほら、新川先生のお嬢さん、たしか美大に通われていましたよね」

「なるほど、それは面白いな」

「まあ、娘には相談してみますが、著作権料は村と折半でお願いしますよ」

「なんだ、新川くんもまんざらじゃないじゃないか。その件も検討するが、来年の村長選挙の選挙資金もよろしく頼むよ」

「まったく、村長には勝てませんねぇ」

「はっはっは!」

 その夜、村長室の明かりが消えることはなかった。

 男たちの熱い夏が続く。


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