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還付金パンプキン

 虫の知らせはなかった。ただ、特別な用があったわけではないし、進学で東京に出てきてから実家に電話したことなんてほとんどないのだから、何かあったんじゃないかと問い詰められれば、自信がない。

 電話口の俺の母親、良子のテンションの高さにしてもそうだ。その一件のせいで興奮していたからかもしれないが、元々が明るい人だし、久しぶりの息子との会話だったからかもしれない。はっきりしない。

 結論から言えば、たまには親には電話しましょうということなのだろう。

「そうそう、和樹、そんなことよりもね、」

 ただその一方で、せっかく息子の方からわざわざ電話して、東京での生活について報告したというのに、「そんなこと」呼ばわりされた上で、話題を自分の話に切り替えられてしまうのだから、電話のしがいがないのもまた事実だ。

 とにかく、その話は、そんな風に切り出された。

「あんたからの電話で思い出したんだけど、この間、茨城の忠司おじさんのところに、詐欺の電話がかかってきたのよ」

「実の息子からの電話をオレオレ詐欺と一緒にするな。で、被害はなかったの?」

「それがちょうどそのとき、恵美子ちゃんが帰省してて、おじさんのすぐ隣にいて詐欺に気が付いてくれたから被害はなかったんだけど、かけてきた相手がすごく上手で、恵美子ちゃんがいてくれなかったら、おじさんも騙されてたかもしれないって。ほんと怖いわよね」

 その手のいわゆる特殊詐欺は、防止を訴える宣伝が広く行われているおかげで、被害金額が減少傾向にあるものの、それでも年間に数百億円単位の被害が出ており、また、対策の普及にともない、その手口がより複雑でより巧妙になってきているというニュースをネットの記事で読んだところだった。

「なんか、そうらしいね。昔の、名前も言わず、オレを連呼して困ってるから送金してくれなんて、単純なやつじゃなくて、設定もすごく凝ってるって記事にも書いてたよ」

「そうなの。話し方も乱暴な感じじゃなくて、すごく落ち着いてて、本当にちゃんとした役所の人みたいな感じで、しかもご丁寧に、最初は女性からの電話で、そこから担当者に代わりますって男性が出てきて、色んな説明をしてくれたんですって」

「してくれたって、」

 良子の言い方が可笑しくて笑えた。そこで、少し興味が出てきた。

「で、どんなストーリーって言うか、詐欺だったの?」

「それが、面白いのよ。パンプキン詐欺」

「パンプキン詐欺ぃ?」

 最初に思い浮かんだのは、電話の向こう側にいるハロウィンのかぼちゃのマスクをかぶった悪党一味だった。だが、それも一瞬のことで、すぐに母親の間違いに気が付いた。

「それを言うなら、還付金詐欺だろ。相変わらずだなあ」

 俺が相変わらずだたと言ったのには訳がある。俺の母親は、昔からとにかく聞き間違いをする人なのだ。

 文脈から考えたら、そんなはずないだろうということでも聞き間違える。しかも、絶妙に面白く聞き間違える、一人空耳アワーとでも言うべき、聞き間違いのスペシャリストなのだ。

 例えば、俺が高校生の時に、こんなことがあった。

 その日は珍しく家族でデパートに買い物に行く予定だったのだが、せっかくなので食事もして帰ろうという話になった。すると親父が、食事をするならお酒を飲みたいと言い始めた。

 良子も一応免許は持っているのだが、普段運転しないので、あまり同乗したくないということで、親父と俺の意見が一致した。

「バスで行こうか?」

 そこで俺が公共機関利用案を提案したのに対し、良子は何馬鹿なこと言ってるのよという表情で、

「あんたの誕生日は、来月でしょ」と言った。

 全く意味が分からず、会話が中断した。

 親父も俺も、良子の聞き間違いには慣れているから、会話はすぐに再開された。ただ、その時には、どうやってデパートに行くかではなく、良子が何をどう聞き間違えたかに、テーマは移行していた。

 くどいようだが、親父と俺は良子の聞き間違いには慣れている。だから、大抵の時は、何を聞き間違えたかすぐに気づく。気付いて、特に訂正もせずに、そのまま会話を続けることもあるほどだ。

 だが、このときの捜索は難航した。

 似たような言葉がまるで思い浮かばなかった。しかも、良子の思い込みも激しく、ヒントを引き出すことが容易ではなかった。ああだろう、こうだろうと、白熱した取り調べを15分ほど続け、ようやくたどり着いた答えは、「バースデイ効果」だった。

「なんだよ、バースデイ効果って」

 俺の人生の中で、この時ほど親父の言葉に共感したことはない。

 それに比べれば、還付金とパンプキンを聞き間違えるなんて言う初級者編は、会話の支障にもならなかった。

「それで、還付金詐欺って、役所を名乗ってたの?」

「ううん、江戸崎農協」

「農協?忠司おじさんって、農協に入ってるんだっけ?」

「うん、おじさん、半分、兼業農家みたいなことやってるから」

 おそらくは連中は、そんなことまでちゃんと調べた上で、おじさんをターゲットに狙ってきたのだろう。

「ふうん。それで何の還付金?コロナウイルスとか、年金とか?」

「違うの、農業保険」

「何、それ?」

「去年の夏、茨城で豪雨があったでしょ。あの影響で、農作物がひどい被害を受けたの。それは本当の話なのよ。忠司おじさんのところも大変だったらしいんだけど、それが農業保険でいくらかのお金が返ってくるから、ATMで手続してくださいって」

 さすがに農作物の被害状況までは把握していなかっただろうけど、地域を絞ることで、大体の当たりは付けていたのに違いない。恐るべし、詐欺グループ。

「へえ、それは騙されそうになるよね。で、おじさんのとこって、何作ってるの?」

「かぼちゃよ、かぼちゃ。江戸崎かぼちゃ」

「かぼちゃぁ!?じゃあ・・・、」

 俺の言葉を遮って、どこか得意げな母親の声が聞こえてきた。

「だからそう言ったでしょ。パンプキン詐欺だって」

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