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木を隠すなら

「まずいことになったな」

 組の事務所でテレビを見ていた、田所が呟いた。

 放送中のワイドショーでは、かつてのトレンディードラマ俳優の不倫疑惑に続き、山梨の資源ごみ場で現金1,000万円が見つかった事件が取り上げられていた。時間にして約一分。事件の概要と、所轄の山梨警察署の連絡先を紹介すると、話題はすぐに次の、名門高校野球部監督のパワハラ問題に移った。

 高校野球好きの田所は、親父の愛称で広く知られる名物監督の処遇を気にしながらも、一本の電話をかけた。

「おう、ちょっと事務所に顔出せや」

 十分もしないうちに、弟分の青柳が息を切らせながら、事務所に駆け込んできた。

「まあ、座れ」

 直立不動の姿勢を取る青柳に、自分の向かいのソファに座るよう促すと、田所は話を始めた。

「例の1,000万な、ごみ置き場で見つかったそうだ」

「えっ!あの、1,000万ですか!?なんでまた?」

「お前、ボケか!そんなの俺が知るわけないだろ。おおかた、ばれねえようにって、饅頭かなんかの箱に隠しといたのを、おのれ自身が忘れて、ゴミにでも出したんだろう。その理由が知りたきゃ、海の底に潜って柴田に聞いてこいや。てめえが沈めたんだ、場所も分かるだろ」

 それは、組系列のフロント企業から、政治家に渡るはずの1,000万円だった。

 そもそもの出所もいかがわしい裏金だ。組や会社の事務所に置いておくと、警察のガサ入れが入った時に、散々いたぶられた挙句に召し上げられるなんてことにもなりかねない。そこで、柴田という組の若い衆に、家で保管させていたところ、まさか柴田がその1,000万円を紛失した。

 責任者としての田所にも火の粉が降りかかったが、なんとか柴田に押し付ける形で、いったんは難を逃れた。だが、危機を乗り切ったわけでないことは、田所自身が一番よく分かっていた。

「中間管理職が、大変だってぇ言うのは本当だな」

 この頃、自宅で飼っている柴犬の政に、田所が話しかける姿が愛人に目撃されている。

 そんないわくつきの、1,000万円が発見された。しかも、資源ごみ場で。

 もちろん、金を回収したいというのはあったが、第一優先はそこではなかった。第一優先は、金の持ち主が、自分たちであるということを警察に知られないということだった。

 だが、警察だって馬鹿じゃない。こんな大量の現金が出てきたら、銀行に預けたり、表に出すことのできない金であるとすぐに思いつくだろう。そうなると自然、利用用途・持ち主候補は限定される。

 東京に比べれば山梨は世間は狭く、関係は濃厚だ。遅かれ早かれ、噂は必ずどこかから漏れる。何か手を打たなければ、警察が自分たちに目をつける可能性は高い。

 田所はそう考えた。

「で、兄貴、どうしましょう!?」

 物事の深刻さはよく理解できていなかったが、田所の焦りは敏感に感じ取った青柳が、脇に嫌な汗を感じながらお伺いを立てた。

「てめえの両肩の上についてるその丸いのはなんだ、スイカか!少しはてめえで考えろ!・・・と、言いてえが。まあ、そりゃ無理な相談だわな。だからてめえがなぁんにも考えずにただ走ってきてる間に、この頭をちゃあんと使って、俺が計画を立ててやった。いいから、今から俺が言う話をよく聞けよ」

 無言でこくくこくと頷く、青柳を見ながら、田所は思った。 

 こいつはうちの政そっくりだな。

                         

 その一週間後。例のニュースが、ワイドショーのトップに取り上げられているのを、田所は満足そうに眺めていた。

「世の中って言うのは、面白いもんだな」

「・・・っていうのは!?」

 報告と田所のご機嫌うかがいで事務所に来ていた青柳が、すかさず合いの手を入れた。

「俺が先週お前に出した指示のこと覚えてるか?」

「もちろん!できるだけ色んな種類の堅気の人間を、自分が1,000万の持ち主かもしれないって、サツに出頭させろって」

「俺が、なんでそんな指示をお前に出したか分かるか?」

「いや、まったく」

 田所の目をまっすぐに見ながら、即座に答えた青柳を見て、嘘をつかないどころか、嘘をつこうとしないところまでも、政と一緒だ、と田所は呟いた。

「え!?兄貴今何か?」

「こっちの話だ。それより、さっきの話だ。おれが、てめえにサツに送り込ませた、あの13人な。ありゃ、目くらましだ。ほら、よく言うだろ。木を隠すなら森って」

「木!?森!?兄貴、今してるのは人間の話じゃ・・・」

「馬鹿野郎、例えだ、例え」

「例え・・・?」

「ほら、公園に犬が一匹しかいなけりゃ、自分のワンコロを探すのは簡単だが、公園がワンコロだらけだったら、探すのは難しいだろうが。つまり、俺たちにサツがたどり着かさせねえように、あの13人に俺たちを紛れ込ませたってわけだ」

「あぁ、そういうことか!!」

 いつもより理解が早かった青柳に、やっぱり犬を喩えに使ったのが良かったのかな、という考えが田所の頭をかすめた。

「しかし、こう上手くいくとは思わなかった」

 田所はテレビに目を戻した。

 ワイドショーでは、発見された1,000万円の持ち主として、申し出る人が殺到していること、その対応に警察が苦慮していることなどが紹介されていた。

「だが、俺が面白いって言ったのは、なにも作戦がうまく行ったからだけじゃねえぞ」

「それ以外にも、何か?」

「てめえが手配して送り込んだニセ落とし主は13人だ。それなのに、見てみろ。テレビじゃあ、21人の落とし主が名乗りを上げてるって言ってるじゃねえか。要は、ほんまもんのニセモノが8人はいるってことだ。そのおかげで、俺が考えたよりも、より作戦が上手く行ってる。おもしれえじゃねえか。人間ってえのは、欲の皮が張った生きもんだな」

「欲の・・・皮・・?」

「欲の皮ってえのは・・・、ほら、あっただろ、ワンコロの話が。骨をくわえた自分の顔が、川に映っってるのを見て、ほら、それ寄こしやがれって、ワンて吠えたら、くわえてた骨が川に落ちたって。そういう、ワンコロみたいな、皮、いや、ワンコロの面の皮の話じゃねえ。骨が欲しいって言う性根が、いやだから、骨の話でもねえ。その、あれだ、あれ・・・、あーめんどくせえ!!」」

 結局、田所が青柳の腹に蹴りを入れて、話は終了した。


「こりゃ一体・・・」

 田所はその日もワイドショーを見ていた。

 もともとは、田所に毎日ワイドショーを見るという習慣があったわけではななかった。ただ、例の件の続報がないか気になって、毎日チェックしていただけだ。

 だがここ二週間ほど、ワイドショーであの騒動が取り上げられることはなかった。来る日も来る日も取り上げられるのは、元トレンディードラマ俳優の不倫が、実は元朝ドラ女優とのW不倫だったというゴシップだけだった。

 下世話というしかない話題だ。だが、下世話くらい面白いものがないのもまた事実だ。便りがないのは良い証拠ということわざもある。自然と、田所の関心自体も札束から色恋沙汰に移り始めていた。

 ところが、そんな矢先に、驚きのあまり田所が口の端にくわえていた煙草を落とすようなニュースが飛び込んできた。

「兄貴・・・、どうかしましたか・・・?」

 蹴りが届かない距離から田所の様子を窺っていた青柳が、恐る恐る問いかけた。

「1,000万の落とし主が見つかった」

「えっ!!!?じゃあ、早く逃げないと!!」

 まるで、入り口の外を警察に固められていることが分かったかのように、半身を窓に向けながら青柳がわめいた。

「落ち着け、タコ!そうじゃねえ。名乗り出た落とし主の中から、本物の落とし主が見つかったていう、話だ」

「え!!それじゃあ・・・、あの1,000万はうちの組のもんじゃぁなかったてことですか!?」

「そうそう、1,000万をなくすようなボケがいてたまるか!あれは間違いなく、うちの金だ」

「ってことは・・・、兄貴・・・どういうことですか!?」

 青柳に言われるまでもなく、田所もそれを考えていた。

「誰かが、うちの金をパクろうとしてる・・・って、ことだろうな」

「そんなクソ野郎は、俺が今すぐにでも柴田の隣に沈めて、」

「まあまあまあまあ、まあ待て。俺も今の今までそう思ってたんだが、よくよく考えてみりゃあ、それほど悪い話じゃないのかもしれねえな」

「金をパクられたんですよ!?」

 青柳に言って聞かせるというよりは、自分自身の頭を整理するように、田所は話し始めた。

「いいか、金を回収してもらったんだっていう考え方もある。

 1,000万が組の金だとばれるのはぜってえに避けなきゃいけねえが、1,000万は柴田の香典だと諦めるにはデカすぎる。かと言って、さすがにサツにかち込むわけにもいかねえだろうが。

 だが、落とした1,000万が無事手元に戻ってきた、間抜けだが善良な市民が相手なら話は別だ。これだけ大騒ぎになったんだ。1,000万の現ナマを持ってると知られたそいつが、元々はこの件とは全く関係のねえ強盗に押し入られるっていう悲劇が起きても、それはなぁんも不思議なことじゃねえ。

 しかも相手は所詮、トーシロだ。痛めつけて、金を取り返すのは造作もねえ・・・、と。

 おい、すぐに荒っぽいことが得意な若いのを3、4人集めろ!今回は俺も出張る。サツを騙すなんて、肝っ玉の据わったやつの顔を拝んで、知らなかったとは言え、組の金をかすめ取りやがろうとした礼を、直接たっぷりとしてやりえからな。

 分かったか!!?」

 パブロフの犬さながらに、分かったかと言われた時点で、反射的に青柳は動き始めていた。パブロフの犬が、食事の時間を理解してよだれを出していたわけではないのと同じメカニズムで。

 そして田所は、投げた棒切れをくわえて戻ってくる政を見るように、青柳の反応を満足そうに見つめていた。

 もちろんその時点で、それが金の素性に気がついた敵対する別組織の罠であることを、田所が知る由はなかった。

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