本拠地
「岡野の出身はどこやったっけ?」
日曜日の朝、ベッドの上でスマホをいじっているとLINEが入り、大学時代の連れの三浦から久しぶりに飲まないかと誘われた。今は大阪の会社で働いているが、月曜日の朝一で東京のクライアントと打ち合わせがあると言うことで、前乗りしてくるということだった。
幸い何の予定も入ってなかったので、二つ返事でオーケーして、昼過ぎに吉祥寺の駅で待ち合わせると、井の頭公園近くの居酒屋に移動した。
昼間から飲むビールは、それが休日であっても背徳感の味が加わって、夜飲むビールとはどこか違う美味しさがある。相手が、やっぱり会社の同僚よりも気が置けないと言うこともあって、時間が経つのも忘れて楽しくジョッキを重ねた。
「愛媛。しかし、10年近くも付き合ってて、随分と今更な質問だな」
4時間以上経って、流石にネタが切れかけた頃に、三浦から投げかけられた質問に笑いながら返した。
「そりゃそうやな。そうやけど、じゃあ、お前俺がどこの出身か知ってるか?」
「それは流石に分かるだろ。ほら、関西弁のって言うか、関西の、」
「関西のどこや?」
「関西の・・・どこかだろ」
「ほら、知らんのやないか」
三浦は勝ち誇ったようにそう言うと、何杯目だろうビールをグイと飲み干して、「和歌山や」とゲップと一緒に吐き出した。
「和歌山かあ。和歌山も、ミカンの産地だな」
「和歌山は、な。和歌山のミカンは日本一や」
「おいおい、日本一のミカンは愛媛だろう」
「生産量で言ったら、20年以上、和歌山の方が上やで」
「たしかにそうかも知れない。でも、生産量が全てじゃないだろう。今でもやっぱり、ミカンと言えば愛媛っていうのが日本人の大半のイメージだ」
「そんなん分からんやろ。大体、日本人の大半って誰やねん」
「そこまで言うなら、スマホでミカンのイメージを検索してみよう」
「上等や」
熊本だった。
「って言うか、今思い出したんやけど」
「うん」
別に、まさかの熊本をなかったことにするために、わざと別の話題にきりかえようとしたわけじゃなかったんだろうけど、どこか後ろめたさを含みながら三浦が切り出して、俺も共犯者的な感じで応えた。
「大学の時もこの議論したな」
「俺もさっき思い出した。・・・ところで、三浦がこの話を始めたのは、ミカン論争に決着をつけるためか?」
「ああ、違う違う。俺がしたかったのはな、本籍の話や。本籍の話をしようと思って、ほいで、あれそういえば岡野の出身てどこやったけって、話が脱線してしもた」
今度はフラットに三浦が応えた。そのフラットさのせいでさっきの後ろめたさと言うか、気恥ずかしさが再注目を浴びることになったが、そこは共犯者なのでスルーして話を続けた。
「本籍?」
「そう。俺去年、結婚したやろ」
「うん。おめでとう」
「そういや、あのときはご祝儀ありがとうな」
「いや逆にあれくらいで申し訳ない。三浦と恵理子ちゃんって言う、友達同士の結婚だからもっと大々的にお祝いしてあげたかったんだけど」
「そんなんええって、同棲も長かったし、いまさら恥ずかしい。それに、そんな時代でもないやろ」
「そんなものなのか?」
「そんなもんや。岡野が結婚するときになったら分かるわ。いや、それもええねん。どうも俺の話は長い、というかすぐわき道に逸れる。本籍や本籍。恵理子がな、籍入れる時に本籍も一緒に変えよって言い出したんや。俺は地元が和歌山で恵理子は長野、それで住んでるのが大阪やったら何かと不便やからって」
「それは分かる」
「やろ?で、じゃあ今住んでるマンションに移そかってなって、俺が手続きしとくわって市役所に行ったんやけど、市役所のおっちゃんと話とったら、本籍って別にどこでも好きなところにできるんやって教えてくれて」
「へえ、そうなんだ」
大阪は市役所の職員もよく喋るようだ。
「そう、それで俺、洒落で本籍、甲子園球場にしたねん」
「甲子園!?それって本籍というより本拠地だろ。まあ、三浦は筋金入りの阪神ファンだし、アイデアとしては面白いな」
「やろ。おっちゃんもおもろいな言うて、それでそのままそのことも忘れとったねん。それがこの間、恵理子が何のか知らんけど身分証明に必要やからって、コンビニで本籍を印刷して、ほいで自分の本籍が甲子園やって気がついたねん」
「ウケた?」
訊きながら、その実俺の中で答えは出てて、恵理子ちゃんが笑う姿を思い浮かべながら尋ねた。
「俺も笑いよるかなって思たねん。それが激怒、って言うか、なんでこんなことでふざけるんやって泣かれてさ」
「あの恵理子ちゃんが」
「あの恵理子がや」
「へー、意外だな」
「俺も思た。やっぱり男と女ではそう言う感性が決定的に違うんやな」
そう言って、三浦は今度はしみじみとジョッキを傾けた。
「・・・で?」
「で?」
「で、なんでそんな話を始めたんだ?ただ、こんな面白い話があったって言うだけか?」
俺の言葉に本題を思い出し、三浦はいかにもベタな関西人っぽく、いかにも大袈裟におでこを叩いた。
「そうやったそうやった。ほんま俺はあかんな。おれが言いたかたっていうかしたかったのはな、ほら、お前は熱狂的な横浜ファンやろ。だから、もしそう言うチャンスがあったとしても、間違っても本籍をハマスタになんかしたら大変なことになるから、したらあかんでって言う警告や」
「まさか、三浦じゃあるまいし」
そうスカして、通りかかった店員にハイボールのお代わりを頼んだ。
でも、本当は一瞬考えた。




