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WBCの奇跡

「熱っ!!」

 思わず声が漏れた。それと同時に胸と目頭が熱くなるのが自分でも分かった。目の前のテレビには韓国との死闘を終え、勝利に歓喜の涙を流す台湾チームの選手たちが映し出されていた。

 屈強な男たちが人目も憚ることなくここまで感情を露わにする。勝利して得られる栄光の裏にある、国を背負って戦うことの責任の重さがそこに凝縮されていた。

「国際試合だからな」

 ビールを飲みながら隣で試合を見ていた父さんがこともなげに言った。

 いつもなら一緒にテレビを見たりすることはないのだけど、日曜日の午後というのと、父さんがNetflixの見方が分からないという理由で、雁首揃えていた。

「ただの国際試合じゃないよ。なんて言ってもWBCだからだよ」

「へえ、そんなにWBCはすごいか?」

「そりゃ、野球のイベントで言えば一番なんじゃない」

「そうか、WBCが一番か」

 なんだか自分の手柄みたいに言うのが気になった。というか気になるように誘っているのがバレバレだった。癪だったけど、気になった。

「なんかあるの?」

 仕方なく振ってやると、案の定ホイホイ話に乗ってきた。

「実はなお父さん、第一回のWBCを現地で見てるんだ?」

「へー、そうなんだ」

「今でこそ世界中で注目されてるけどな、最初は全然注目されてない大会だったんだ。でもどんなサッカーファンでも第一回のワールドカップは見れないだろ。だけど、自分には第一回のWBCを見るチャンスがある。そう思って、各種難題を強行突破してサンディエゴまで飛んだんだ」

「わざわざ?それは相当だね」

 素直に感心した。でも次の瞬間、一つの疑問が僕の頭の中に思い浮かんだ。

「でも、その話、今まで言わなかったの」

「いや・・・、あまりに強行突破すぎて、お母さんがブチギレて。ウチのタブーになってたから。ほら、お前も生まれたばっかりだったし・・・」

「ああ、なるほど・・・」

 母さんがいつも座ってるダイニングの方を見ながら、よほど恐ろしかったのだろう記憶を思い返すように一つ身震いしたかと思うと、父さんは突然パッと顔を輝かせると声を弾ませた。

「そんなことよりな。そうまでして応援しに行った第一回のWBC、そこで奇跡が起きたんだ!!」

「奇跡?」

「そうだ。さっきも言ったけど、試合はサンディエゴだったんだ。それがな、そのときお父さんの同期がサンディエゴに駐在してて、そいつに空港まで迎えにきてもらって、そのままご飯を食べに行ったんだよ。

 何が食べたいって聞かれて、ここで美味しいものだったら何でもいいって言ったらさ、サンディエゴはウニが美味しくて日本にも輸出してるっていうから、それなら寿司を食べに行こうってなったんだ。で、サンディエゴで有名だっていうお寿司屋さんの連れて行ってもらって、カウンターでウニを食べたら、ほんと美味しくてさ」

 その時の味を思い出しているのか、幸せそうな表情の父さんに、ああ、アメリカで食べた奇跡的に美味しいウニの話だったんだなと早合点して油断した僕に父さんが続けたのは衝撃的な展開だった。

「その味を全身で満喫してたんだけど、そこにイチローが若手選手引き連れてやって来たんだよ」

「えーっ!!それはガチですごい!!」

 さすがにほんと驚いた。

「だろ。しかも、しかもだぞ。お父さん、イチローのサインが欲しくってさ。でも、イチローだってプライベートで来てるわけだから、食事中に声をかけるのは失礼だろうって思って、食事後にお店の前で出待ちしてさ。それで結局WBCのチケットにサインもらって、握手もしてもらったんだ」

「やっぱり手とかゴツかった?」

「そう思うだろ。ところが柔らかかったんだよ」

「柔らかいの!?」

「そう。振り込んでるはずなのに、バッティングで芯を外さないからなのかな。そこに逆に凄みを感じさせられた」

「うわー、それはたしかに奇跡的だね。認めざる得ない」

 それは面白い話を聞けたと思った。ところが話はこれで終わらなかった。

「何言ってんだよ。これも、まあすごい話だけど、奇跡的な話はこの後だよ」

「えーっ、これよりすごい話があるの!?」

「おうよ」

 思わず身を乗り出すと、父さんもグッとこっちに寄って来た。

「WBCの試合当日だ。やっぱり興奮するしWBCの熱気も感じたくてさ、試合開始の5時間以上前に球場に着いたんだよ。そしたら球場は開いてないし、全然人もいなくてまるで盛り上がってないんだよ。

 なんか肩透かし食らって、仕方なく球場の周りをぶらぶら歩いてたんだけどさ、そしたらでっかい望遠レンズ付けたカメラを持ったいかにも野球マニアっぽい日本人がお父さんに近づいて来て言ったんだよ」

 ここで父さんはチラリと僕に目をやった。話が佳境を迎える時特有の間に僕はゴクリと唾を飲み込んだ。そして父さんはさらにたっぷりと溜めをとって、そして言った。

「桑田真澄さんですよねって。最初は、ハァ?って感じで、何を言われたのか分からなかったんだけど、しばらくして、巨人の桑田と間違えられたんだって気が付いた。

 それで、すぐに『いえ、違いますよ』って否定した。だって、桑田真澄じゃないから。それにしても、いくら坊主刈りに近い髪型だって言え、こんなマニアが間違うかって、さ。ちょっと半笑いな感じでさ。

 それなのにさ、全然こっちのそいつに伝わらないでさ、『ああ、すみません。プライベートですか』って、ほんとはお父さんは桑田なんだけど、騒がれるのが嫌で桑田じゃないふりをしてるみたいな。で、それが分かったから、向こうはお父さんつまり桑田の芝居に乗っかって、お父さんは桑田じゃない振りをしますねって、共犯者的な笑みを浮かべてさ、それでわざとらしい感じで立ち去って行ったんだよ」

 ここでまた父さんは僕を見た。今度の間の意味はよく分からなかった。だからただ頷いた。

「うん。それで?」

「それでって、こんな場所でこんなことが起きるのって奇跡だろ?」

「え、奇跡ってイチローじゃなくてこっち?」

「うん。こっち」

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