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お口直しのミスタービーン

 加奈子は夜中に目を覚ました。

 目を開けても最初のうちは部屋の中は真っ暗で、視覚的な変化はなかった。ただ、夜の空気が目にあたる感触があった。その感触が新鮮で、そのまま目を開けていると、次第に暗闇に目が慣れて、解像度の低い一昔前の防犯カメラのように、色もなくぼんやりと部屋の天井が浮かび上がってきた。

 静かな夜だった。静かな夜を壊してしまうのが勿体無くて、静かに息をした。しばらくして、あれ?、と加奈子の頭にクエスチョンマークが浮かび上がって来た。

 静かすぎる。

 夫の淳史がいれば、体調と前の夜の酒量によって程度が影響されはするが、何らかのイビキが聞こえてきて然るべきだった。

 出張だったかなとも思ったが、昨日の夜一緒に夕食を食べた記憶があった。

「寝れないの?」

 淳史の定位置であるベットの右側に声をかけると、暗闇の向こう側から「うん」と返事が返ってきた。

「珍しいね」

「出張の時差がまだ抜けなくて」

「ああ、そうだったね」

 淳史は先週アメリカに出張していた。出張先がヨーロッパのときほどでないにしても、時差ボケのせいで眠りが浅くなるのは加奈子にも理解できた。

 ただ、淳史の口ぶりには、話がそれで終わらない感じがあるように感じられた。結婚して7年が経った妻の勘というか経験からくる推測だった。そして実際、淳史は言葉を繋いだ。

「・・・それとさ、飛行機の中で見た映画が強烈でさ」

「英語?」

「うん」

「何ってタイトルの映画?」

「今回フライトが米系の航空会社だったから日本語サポートが雑でタイトルもよく分からないんだけど、それがすごい映画だったんだよ」

 興奮のせいか淳史の声は熱を帯び、身体の向きもしっかりと加奈子の方に向ける気配があった。どうやらまだその話をしたいようだった。

 部屋の片隅の時計に目をやると、まだ3時前だった。

 一瞬悩んだ。悩みはしたが、明日は土曜日だし天気も悪くてやることもなかったはずだから、まあ良いか、と加奈子は淳史に付き合うことにした。

「どうすごいの?」

「一言で言うと、一度は死神の手を逃れて惨事を生き延びた人たちとその子孫が死神によって順番に殺されていくっていう話。さっきも言ったけど、日本語サポートが雑だから、どんな映画なのかも良く分からずに見始めたんだけど、まあ最初から最後まで悲惨な死に方のオンパレードなんだよ」

「えー、そんなのよく最後まで見たね」

「大したストーリーはないしほんと下らないんだけど、映像が独特でテンポもあって、なんかやめられなくてさ。顔をしかめながら結局最後まで見た」

「悲惨な死に方のオンパレードの映画ねえ」

 そう呟きながら加奈子は映画を思い浮かべようとしたが、あまりに情報が少なすぎてうまくいかなかった。代わりにというわけでもないが、一つの質問が頭に浮かんだ。

「淳史がさ、一番嫌な死に方ってどんな死に方?」

「うわあ難しいなあ、そもそも死にたくないし」

「それは不可避。死にたくない中でも一番は?」

「うーん・・・」

 暗闇に沈み込むように沈黙が訪れ、ぽっかりと浮かび上がってくるように戻ってきて、淳史が苦渋の選択を口にした。

「焼死、かな」

「なるほど。たしかにそれは嫌だね」

「だろ。加奈子は?」

「私は沈んだ船に閉じ込められて海底で窒息死」

「即答だな。しかもえらく具体的に」

「実は子供の頃から何度か考えたことがあるんだよね・・・」

 そう言葉にしてみて、死が子供の頃から自分にとって身近なテーマだったことに気がついて、加奈子はなんだか人間の業を見たようでしんみりした。

「あっ!!」

 加奈子の哲学的沈考を破ったのは、淳史が上げた素っ頓狂な声だった。その声もまた、加奈子に子供の頃を思い出させた。それは、小学校の教室で聞いた男子のそれそのものだった。

 その成長のなさに、男という生き物の芯の太さを見て、加奈子は暗然たる思いに囚われた。

 もちろんそんな加奈子の心の変遷を知る由もない淳史は、自分の発声をそのまま自分で引き取って、後を続けた。

「もっと、嫌な死に方思い付いた」

 淳史は、まるで宝物を見つけたみたいに無邪気に嬉しそうに言った。

「何?」

「食人花に食べられる」

「何それ、」

 しょうもない、と女子学級委員長みたいに切り捨てようとした。切り捨てようとした瞬間、大きく口を開いて樹液を垂らす巨大花のビジュアルが加奈子の頭の中で生々しく浮かび上がった。

 すごい説得力のビジュアルだった。

「・・・、たしかにほんと嫌だね」

 認めざるを得なかった。

 結局、食人花のせいで二人とも眠れなくなってしまい、キッチンに移動して早朝のコーヒーを飲みながらお口直しにミスタービーンのDVDを見た。

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