日曜の朝のホラー
日曜日の朝、全ての休日の朝と大学の授業がない平日の朝がそうであるように、お昼前までの睡眠から 冬眠明けの熊のごとく空腹で目を覚まし、リビングにフラフラと足を踏み入れるとお父さんがテレビの前で何やら作業をしていた。
「おはよう」
「こんにちは」
威力のない言葉のジャブはスルーすることにして、私をお腹の中で育て産んでくれ、今は私の料理番を生業とする人の姿を目で探した。
「お母さんは?」
「テニスの試合」
「食べるものは?」
「キッチンの明日香の朝ご飯にラップがかかってる」
我が家のLDKをそのまま通り抜けると、お父さんが言った通り、ハムエッグが載ったトーストが置いてあった。
ありがたや、ありがたや。
テニスコートがあるであろう方向を向いて、両手をすり合わせながらお母さんに感謝と試合での武運を祈る念を送った。
ハムエッグを見ると、コーヒーが飲みたくなった。
「コーヒー淹れるけどお父さんも飲む?」
「おっ、良いね。お願い」
お父さんの分と合わせて二人分のコーヒーを淹れながら、オーブンでハムエッグトーストを軽く焼き直した。トーストの香ばしい、コーヒーの芳醇な香りを胸いっぱいに吸い込むと、ルイ・アームストロングでなくても、この世界は素晴らしいと思えた。
「コーヒーここに置いておくね」
出来上がったコーヒーとトーストをダイニングテーブルに並べ終える頃には、朝食を求める胃袋のシュプレヒコールは最高潮に達していた。お父さんのコーヒーには目もくれず、トーストにかぶり付いた。
美味しかった。コーヒーとの相性も抜群だった。
どんな嫌味に晒されようと、料理だけはこの家を出るまでにお母さんから習得する必要がある。大学生になってから、30回目ほどにそう強く決意した。
ふう、とようやく一息ついて、斜め前のお父さんのコーヒーがそのままなことに気がついた。振り返るとまだテレビの前で作業をしていた。
「何してるの?」
コーヒーカップを持ち運びながら声をかけた。
「昔撮ったビデオをさあ、パソコンにデータ移そうってずっと思ってたんだけど、出来てなくて。再生しながらデータ移すから時間がかかるんだよ。それでめんどくさくて。でも、なんか今日はやろうって気になって、朝から奮闘中」
「へえ、大変そうだね。はい、コーヒー」
「おう、ありがとう。それが、大変は大変なんだけどさ、ちゃんと再生できてるかチェックしてるとさ、懐かしかったり面白かったりで、ついつい見ちゃうんだよ。さっきは、明日香が産まれた夜のビデオ、ほぼフルで見た」
「そんなのあるの?」
「あるんだよ。お母さんが陣痛始まったところから、分娩室で生まれたばかりで血まみれの明日香がお母さんに抱っこされてるところまで撮ったやつが」
「それは、見たいようなみたくないような・・・。で、今は何のビデオなの」
「これか?これはお父さんとお母さんの新婚旅行」
テレビに目をやると、少し暗い映像の中に、若かりし頃のお母さんが映っていた。どうやらフェリーに乗っているようで、手すりの向こうに見覚えのある巨大な建造物が見えた。
「自由の女神?」
「そう、ニューヨーク」
「へえ、映ってる人の服装とか髪型が違うし、この画質のちょっと悪い感じがなんかエモいね。お父さんも久しぶりに見てるの?」
「久しぶりどころか、撮ってから初めてかも」
「ふうん」
何となく、そのままソファに腰を下ろした。ときどき思い出したようにコーヒーを口に運びながら、お父さんの目はテレビにくぎ付けになっていた。そんなお父さんの後ろ姿とセットで、私は映像を眺めた。
「あれ・・・?」
無意識に声が出た。
違和感を覚えたのは、リバティ島に着いてお父さんとお母さんが言葉を交わしながらフェリーから下船する時だった。なんか今のお父さん、お母さんとテレビの中の二人の感じが違う気がした。
今から20年以上前だから、見た目が違うのは当たり前だけど、それだけじゃなくてもっとなんか本質的な部分で、二人が、というか二人の関係が違うのだ。
その違和感の正体が気になって、グイと私は身を乗り出して、テレビに近づいた。そして少し集中すると、それはすぐに明らかになった。
お父さんのお母さんに対する話し方が、今と比べてずっと、ぞんざいというか偉そうなのだ。しかも、そんなお父さんの話し方を、お母さんも当たり前のように受け入れている。
これは今ならありえない。っていうか、お父さんがこんな話し方をお母さんにしたら、大惨事だ。えー、怖っ!!
今の話じゃないし、別にお父さんとお母さんの話であって、言ってしまえば私からしたら他人事だ。それなのに、なんか、画面の中の二人をこのリビングルームの中に連れてきたらと思うと、ちょっとゾッとした。
「お父さん、お父さんのこの話し方さあ・・・、」
胃の底に湧き上がってきた寒気をお父さんと共有することで吐き出したくて、お父さんの方を見ると、同じことを感じたのに違いない。お父さんが真っ青な顔でコーヒーカップを両手で抱えたまま、ブルブルと震えていた。




