三様の放棄
「ただいま、」
会社から帰って、ダイニングに足を踏み入れた一言目が半端な感じで途切れたのは、その空間を覆う不穏な空気のせいだった。
「なんか、あった・・・?」
テーブルに肘をついてスマホの画面に目を落としたままの裕子に恐る恐る声をかけた。20年来の連れ添いのただならぬ表情と、そのスマホの画面に表示された内容の不明さに、やましいことはここ10年以上ないはずなのに、自然と探りを入れるような口調になっているのが自分でも分かった。
「ああ、お帰り」
今気が付いたというように顔を上げて私の方に目をやった裕子の言葉に、少なくとも私に対する非難・批判・指導めいたところはなく、自分でも滑稽なくらいに温かな安堵が胃の底から身体を満たしていくのを感じながら、裕子の向かいに腰を下ろした。
「これよ、これ」
差し出されたスマホには、一塊の茶色の物体が映し出されていた。一日中資料と格闘してきた老眼にはスマホの画面は小さすぎて、スマホの方にこちらから顔を近付けた。
「・・・サル?」
「チンパンジーよチンパンジー」
「ああ、チンパンジーか」
「と、」
「と?」
裕子の言葉に、切りかけていた視線をスマホに戻した。改めて見てみると、一塊に見えた茶色の物体は寄り添いあった二頭のチンパンジーだということに気が付いた。さらに目を凝らすと、同じチンパンジーではあったけれど、その二頭のチンパンジーには色とサイズにグラデュエーションがあるのが分かった。
「親子、か。いやでもそれなら、チンパンジーと、じゃなくて、チンパンジーの、か。あれ・・・?」
独り言じみた回答を、微妙な違和感が押し止めた。
「これ・・・、」
「そう、お母さんチンパンジーの方はヌイグルミなの」
言われてみると、たしかに大きい方のチンパンジーはヌイグルミだった。小さい方は本物のチンパンジー。つまり、その茶色い塊の正体は、地面に置かれたお母さんチンパンジーヌイグルミの胸の上で横たわる子供チンパンジーだった。
「ふうん」
口にした通りの感想だった。なるほどね、と。かわいらしい写真だなとも思った。それじゃあ、この話はこの辺にして、テーブルの上には何も見当たらないようだけど、今日の晩ご飯は何?と、軽い感じで話題を変えようとした。
そこで、20年来の夫婦生活で開発・アップグレードされてきた警告センサーが作動し、頭の中でアラート音がけたたましく鳴り響いた。そうだ。これが見たままの写真だったら、この部屋の空気の、この部屋の雰囲気を支配する裕子の気配の説明がつかない。
思いつく解はなかった。まるでなかった。ただ、こんなときは余計なことを言わない方が良いことだけは、数え切れないほどついた心の傷と引き換えに学んでいた。
結果、言葉は発せずお得意の情けない表情で裕子に訴えかけた。
もちろん、すぐに裕子は私の表情の意味を察した。察した上で、答えたくないというポーズを最初は取った。それは裕子のいつもの空気のように日常的で軽い意地悪ではなく、純粋にその答えを口にしたくないように見えた。
そして、そのことが余計に私を戸惑わせて、ダイニングの空気を悪くした。
裕子がその空気に耐えられなくなったのか、心の底ではその答えを私に聞いてもらいたかったのかは分からない。いずれにせよ、最終的に裕子は口を開き、仕方なくとやるせないが混ざり合ったようなため息と一緒に言葉を吐き出した。
「育児放棄されたチンパンジーなの」
「育児放棄?」
「そう。赤ちゃんチンパンジーを産んだお母さんチンパンジーが、赤ちゃんの育児を放棄したの。そのままじゃ死んでしまうから、動物園の人が世話をしてて。夜寝るときに温まるものがあった方が良いから、他にもタオルとか毛布とか色々試してみたらしいんだけど、お母さんチンパンジーのヌイグルミを与えてみたら懐いて離れなくなったんだって。やっぱり、お母さんに似てる方が良いんだろうね。そう考えると、なんだかこの小さいチンパンジーのことがいじらしくなって・・・」
裕子の言いたいことは良く分かった。
我が家に子供はいない。すごく子供が欲しかったわけじゃない。一方で、結婚すれば子供はできるものだと思っていた。でも結局授かることはなかった。
そのことに関しての裕子の思いと私のそれが一緒だなんて言うつもりはない。だけど、夫婦として一緒に歩んできた片割れとして、この子供チンパンジーのことをいじらしいと思う裕子の気持ちは本当に良く分かった。
だから、夕食が準備されていないことが明らかになったこの状況に対して、「こっちは家事放棄だな」と軽口を叩くのはやめた。もちろん、重い空気を払しょくするための敢えての冗談なのだけど、それでも私はピエロとのしての役割を放棄する判断をした。
後から考えても、やめといて良かったと思う。ほんとそう思う、と言うか、もし言っていたらと考えるとゾッとする。




