年中行事
急に肌寒くなったので、衣替えをして、ついでに着なくなっている服はリサイクルに出し、逆に足りないものはアウトレットに買いに行こうという話になった。
外出日和な天気が良い日だったからかもしれないし、ついでにゴルフ関連の買い物をねだろうとしているせいなのかもしれないが、めんどくさがり屋な旦那にしては珍しく、朝早くから隣の部屋で作業に取り掛かっていた。
洗濯の途中に部屋を覗くと、旅行が遠ざかってからはすっかりオフシーズンの衣装入れと化したスーツケースを開けて、部屋の中がとんでもないことになっていた。
口を出したかった。すごく出したかった。だけど、せっかくやる気になっているのに、へそを曲げられると困ると思った。男の子は叱るより褒めた方が伸びるというのは、年齢を問わない法則だと信じることにした。
台所で洗い物をし、リビングでテレビを見ながらかけ始めたアイロンが半分ほど終わっていたので30分くらいが経ったのだと思う、気がつけば満足感を漂わせた旦那が入り口に立っていた。
若干アピール臭が感じられなくもなかったが、作業が進んでいるのも確かそうだった。
「いやあ、はかどったわ」
「良かったね。リサイクルに出すやつは玄関に置いてあるのIKEAの袋に入れといて。たくさんあった?」
「会社用のビジネスカジュアルが結構。でも、意外と秋・冬用のゴルフウェアって無いんだよね」
「へえ、そうなんだ」
さりげなくゴルフを持ち出して来た旦那のジャブをスウェイで軽くかわす。
「まあね」
ここでは深追いして来なかったが、アウトレットで仕掛けて来るのは間違いなかった。注意せねばと、気を引き締める。
「あ、ところでさ」
とここで旦那が、分かり易く急に素に戻った。
「俺の手袋知らない?」
「手袋?見てないけど。無いの?」
「うん。服の方見てなかったから、スキーウェアの方も見たんだけど、なかった。加奈の手袋とかマフラーと一緒にしまってもらってなかったっけ?」
「私は木曜日に秋冬物出したけど、なかったよ」
記憶を探ったが、見当たらなかった。そして、おや?と思い出した。
「そう言えば、去年もこんな会話しなかったっけ」
「したな。で、加奈に同じことにならないようにしなよって言われて、それで片付ける時に・・・、ああ、そうだそうだ!!」
旦那の顔がパッと輝いた。
「で、ビームスの袋に入れたんだ。巾着袋みたいな、袋が薄くて、紐の部分が濃いオレンジの」
「・・・って、それも、去年も全く同じ話してたような」
「そんな気もする・・・」
今度はしゅんと萎んだ。
「失くなったんなら、新しいの買ったら?毎日使うものだし、年々で流行りもあるだろうから」
「こういう会話もした気がするな」
「するする」
結局、手袋もアウトレットで見ようという話になった。
「ゴルフの雨用グローブも悪くなってるんだよな」
わざとらしい独り言は聞こえない振りをした。
家事を終えて、それから着替えて、お化粧するのにさらに30分ほどかかった。洗面所の鏡で、顔の最終チェックをしていると、突然玄関の方からカラカラと乾いた笑い声が聞こえて来た。
訝しみながら、チェックを中断して玄関を覗くと、出して来たばかりの薄手のコートを羽織って準備万端の旦那がいかにも面白そうに快活に笑っていた。
スマホでお笑い動画でも見ているのかと思ったが、耳にイヤホンははまってないし、両手はポケットに入れたままで、見ようによっては応援団の声出しみたいに見えなくもなかった。
「どうかした・・・?」
異様な光景に、曰く付きとは言え縁あって一緒になった連れ添いの気が触れたんじゃないかと、恐る恐る声をかけた。
「それがさぁ」
なんか嬉しそうに私の方を振り返り、それから落語のオチ前みたいに一拍置いて、そして言った。
「手袋、コートのポケットに入ってた」
「あ!!」
「そう、これも去年とおんなじだった」
いつまでも学習することのない夫婦の行く末と迫り来る老いにはブルブルと震えたが、こんな風に二人で頼りなくも穏やかに年月を積み重ねていくのも悪くないかもと、手袋みたいにほっこりと心の底の方が温かくなった。




