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チョウチョウ

 親子というのはなにかと似ているものだ。

 まず顔が似ている。もちろん父親と母親の二人の親がいるわけだから、その両方に似ていることになる。

 生まれたての頃は、可愛らしい赤ん坊の中に皆がどこか自分に似たところを探したがるものだから、目と耳はお父さんに似ている、鼻はお母さん似だ。口の隣のほくろは母方のひいおじいさんと同じ場所になるなんて、最終的にはいったい誰に似てるんだか分からないようなことになることもある。

 まれにお父さんかお母さんかどちらか一方の生き写しなんていうケースもあるが、こういう時には不思議と男の子はお母さんに、女の子はお父さん似ることが多い。そのせいで思春期の娘にお父さんがひどく恨まれるなんて双方にとって不合理な、どこか微笑ましくも意外と根深い悲劇が起こることもしばしばだ。

 似ているのは顔だけじゃなくて、性格とかものの考え方みたいなやつもやはり似ている。これは、血がつながっているからなのか、はたまた同じ空間で寝食を共にしているからなのか、恐らくはその両方なのだろう。

 とにかく親子は似ている。そういうわけでしゃきしゃきとした父子の会話はしゃきしゃきするものだが、しゃきしゃきしていない父子の会話はしゃきしゃきしない。

「どっちが良いかな?」

「どっちって、どっちも同じティーシャツじゃないか」

 高校生の息子、和樹の質問に和夫はいかにも心ここに在らずな感じで答えを返した。

 心ここに在らずと言うのは受け手の印象に依るところもことも多いが、このときは和夫の心は実際にここになかった。贔屓にしているベイスターズがサヨナラ勝ちのチャンスを迎えていて、スマホの試合速報から目が離せなかったのだ。

 しかしこの10秒後、和夫の関心は和樹に戻る。妻の貴子から、身体が部活で大きくなってサイズが合うやつが全く無いのに、面倒くさがって全然服を買いに行こうとしない和樹の服を塾の三者面談のこの機会に買い足すよう厳命を受けいたのを思い出したのだ。

 貴子の厳命は絶対だ。部長の至上命令なんかよりずっと重要だ。

 というのもあったし、折良くというかファーストライナー・一塁ランナー戻れずゲッツーでベイスターズのサヨナラ勝ちのチャンスは潰えたのだ。

「で、どっちってどういうことだ?」

 和夫がいったんスマホをポケットに戻して和樹に向き直ると、ようやく会話がスタートした。

「サイズだよ、サイズ」

「サイズって、MかLだろ?」

「その両方とも着てみたんだけど。絶妙に微妙なんだよ。LはブカすぎるしMはピッタリ過ぎる。M.5があれば良いんだけどね」

「なんだその、靴の26.5みたいなやつは。まあ、父親としてアドバイスを送るとすれば」

 呆れた表情を収めると、急に真面目な顔で和夫は言った。

「Lだな」

「なんで?」

「言うだろ、大は小を兼ねるって。それにお前は多分まだ大きくなる。し、ティーシャツは洗えばいくばくか縮む。ものの道理だ」

「あ、なるほどね!」

 アドバイスの程度を考えればこれ以上ないくらいの最大限の感心だと言えた。それだけでも十分すぎるほどに十分だったが、和夫の言葉は更なるインスピレーションさえ与え、和樹は言葉を続けた。

「そう言えば大は小を兼ねるってさあ、トイレもそうだよね」

「どう言う意味だ?」

「トイレの個室って、大きい方でも小さい方でもできるってこと」

「たしかに、小用のトイレで大はしない。個室では大も小も足せるな。・・・おい、ちょっと待てよ。しかも、大をする時は小も一緒にするけど。小用のトイレで大はしないし、小をするときに大はしない!!」

「おお!!」

 二人の名探偵が真理に辿り着いたのとは裏腹に、混み合う店内の他の客たちは二人から距離を取った。

「その話で思い出したんだけどな」

 和夫が声を潜めた。だがそれは周囲の反応に気が付いたからではなく、どうやら内緒の話があるからのようだった。

「お父さん、実はお母さんとの結婚生活で前から気になってたことがあるんだ」

「なに?」

 店内に流れる楽しげな音楽に、和樹がゴクリと唾を飲み込む不穏な音が溶け込んだ。

「お母さんは大より小の方が早い」

「まさかぁ、そんなことはさすがにないでしょう」

 和夫の言葉を笑い飛ばそうと頬を上げて口を開きかけた和樹の動きがそこでピタリと止まり、頭に思い浮かんだイメージの匂いを嗅ぐみたいに、クンクンと鼻先が揺れた。

「そんなこと、あるかも・・・」

「だろ」

 と胸を張り、和夫は何より間違った形で父親の威厳を誇ってみせた。

「でも、なんでだろう?」

「なんでって、そりゃ身体の作りが違うからだろう」

「そうなんだけど、男の方が長いよね。なんって言うか、ほら小の道が」

「たしかになあ」

 と恐れ入り感心することで、さらに父親としての対応を間違えていることにはもちろん気付かない。

「う〜ん」

 同じような表情、トーンで唸り、数秒後に文字通り和夫がポンと手を打った。

「分かった!!」

「なに?」

「腸の長さが違うんだ」

「大腸、小腸の腸?」

「そうだけど、この場合は長腸、短腸だな」

「ああ、なるほどね。って言うか町の町長?」

「と言うか曲の長調?」

「ははは」

 父子は顔を見合わせて朗らかに笑い、和樹は自分が2枚のティーシャツを手に持ったままだったということに気づいた。

 手にしたティーシャツを見比べると、一枚を和夫の方に差し出して和樹は言った。

「じゃあ、ティーシャツはMにする」

「そうだな」

 和夫が納得したことで会話は終わり、無事Tシャツは購入される。だが、その〝じゃあ〟の意味が解き明かされるチャンスは永遠に失われた。

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