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真相

「そう言えば、ずっと前だけど、光章が買ってきたビンのオープナーが無くなるっていう事件があったよね」

 ダイニングでワインのボトルを開けていると、リビングのソファでお袋と話をしていた姉ちゃんが、思い出したように声をかけてきた。

 去年の春、学生時代からの彼氏と結婚した姉ちゃんは、月に一二度電車を乗り継いで30分ほどかけて家に帰って来る。

 別に旦那さんと上手くいってない風でもない姉ちゃんに、

「結婚するまでは、家に寄り付きもしなかったくせに、」

 と、言うと、

「そういうものなのよ」

 言い返すと言うよりも、何か大事なことを伝えるように返してくるものだから、良くは分からないながらも、俺は、「そういうときものなんだ」とその言葉を心に刻んでおくことにした。

 姉ちゃんが言った事件のことははっきりと覚えていた。そのオープナーは、俺が小学五年生の時に母の日のプレゼントでお袋にあげたオープナーだった。ひょっとしたら、現時点ではそれが最初で最後のお袋へのプレゼントかもしれない。

 どうしてその年に限って母の日のプレゼントを買ったのかと言えば、それは俺が密かな憧れを抱いていた、佐々木さんという優等生の女の子のせいだ。

 当時俺は佐々木さんと同じ班だったのだけれど、母の日が近づいてきた時期のある日のクラスルームで、母の日がテーマに取り上げられた。

「毎年、カーネーションだと面白くないかなって思うんだけど、他の良いプレゼントが思いつかなくって」

 母の日の由来や伝統、世界の母の日的な話を担任の小林先生がした後の、班ごとに会話する時間が来ると、自然とプレゼントの話題になった。

 俺は、佐々木さんが本当に悩ましそうにそう言うのを見て、そこまで真剣に考えるんだと感激し、そもそもプレゼントってあげるもんなんだとびっくりし、何よりやっぱり佐々木さんは可愛いなと意を強くした。

「滝井くんは、今年のプレゼントはもう決めた?」

 佐々木さんの横顔に見惚れていると、いきなり佐々木さんが俺の方に向き返って、そう質問した。

 顔を見ていたことがバレていないかと焦った。今年のも何もプレゼントなんて買ったことなかったから、さらに焦った。

 パニック状態だったが、ここで「プレゼントなんて買ったことない」と言い切るのは、小学五年生男子の矜持としてはありだが、対佐々木さん的にはよろしくない。論理的に考えた訳ではなかったけれど、直感が強くそう指示を出した。

「プレゼント?今年はさぁ、」

 何気ない感じで、だけど頭の中はテストのときでもないくらいにフル回転で考えた。

「ビンのふたを開けるやつ」

「ゴムの輪っかになったやつ?」

「うん」

 無理やり絞り出したとはいえ、そのグッズが思い浮かんだのは理由があった。

 お袋は健康優良児がそのまま大人になったような万能のスポーツウーマンなのだが何故か握力だけはからっきしで、ビンのふたを開けるたびに、こっちはひょろひょろでまるでスポーツ音痴なのだが握力だけは人並みの親父にお願いするというのが我が家の日常光景だったのだ。

 それで、お袋も親父もめんどくさいだろうなと前から思っていたというわけだ。

「それ良いアイデアだね!うちのママも、ビンを開けるのいっつも苦労してるから、うちも今年はそれにしようかな」

 文字通り苦し紛れだった。ところが佐々木さんが褒めてくれた。しかもキラキラした目で。

 結果、お袋に対する感謝というよりも、佐々木さんにキラキラした目で褒められた記念に近所の100円ショップでオープナーを買った。

「はい、これ」

「えーっ、母の日のプレゼント!?すごく嬉しい。しかもオープナー前から欲しかったんだ」

「ええ、そうなんだ。良かった」

 せっかく買ったからと、母の日にオープナーを母親に渡すと、思いの外喜んでもらえた。今までも何かあげたら良かったと思ったほどだった。

 そのくせ俺の対応が素っ気なかったのは、オープナー購入に至る佐々木さんの一件が後ろめたかったのと、小5男子特有の照れくささのせいだった。

 何はともあれ、お袋が手にすることになったオープナーは大活躍だった。ふたが固いビンを開けるときにはお袋はいつもそのオープナーを使い、その度に光章のおかげだと感謝の言葉を繰り返した。

 全てがうまく行っていた。

 ところが、そんなある日のことだ。

「ここに置いてあった、光章のお助けグッズ、どこにあるか誰か知らない?」

 週末の夕食前、単身赴任になる前の親父と姉ちゃんと俺がリビングで、それぞれの時間を送っていると、夕食の準備をしていたお袋が、尋ねてきた。

「どこって、昨日はいつものところにあったぞ」

「うん、僕も見た」

 親父と俺が答えた。

「最後に使ったのは昨日だし、あれを使うのは私だけなんだけどね」

「ケンタがどっかに隠したとか」

「ケンタはそんなことしないよ!」

 姉ちゃんが我が家の飼い猫を容疑者に挙げ、子猫だったケンタを拾って来た俺が即座に否定した。

「ふうん。じゃあ、オープナーに出番を奪われたお父さんが隠したとか」

 姉ちゃんの言葉に深い考えはなかった。ただ、思いついた言葉を口にしただけだった。それは、親父を含めその場のみんなに明らかだった。

 ただ、そういう考えを姉ちゃんが自然に思いついたという事実が、変な重みをその言葉に持たせた。

 親父の対応も良くなかった。

「な、何バカなこと言ってんだ。そんなわけないだろ。それより、ビン開けないといけないんだろ。そっちが先だろ。ほら」

 と、どこか狼狽えているようにも聞こえる早口で足早にお袋に近付くと、お袋の手からビンを奪い取って、鮮やかに蓋を開けて見せたのだ。

 親父のあまりの手際の良さが、出番を奪われたという姉ちゃんの言葉に変な説得力を持たせた。俺たちの親父への疑惑を強めることになった。

 結局、その後もオープナーが出てくることはなかった。それと同時に、何となくこの話題は我が家のタブーになった。

 俺としては、オープナーがなくなったことは残念だった。残念だったし、親父は怪しいと思っていた。ただ、もともとやましいプレゼントだったし、半ば親父を犯人と決めつけて、親父も可哀想だなと子供心に思い、まあいいかとなった。

 姉ちゃんが切り出したのは、そんなオープナーの話題だった。

「あったあった。でも、なんでまた急に?」

「別に。光章がワインオープナー使ってるの見て、そんなこともあったなって」

「なるほど。でも結局、あれってその後も出てこなかったんだよな」

「ほんと、不思議だよね」

 そう言いながら、姉ちゃんは向かいに座っているお袋の方を見た。

「ああ、あのオープナーね」

 俺たちの話を黙って聞いていたので、俺はお袋はオープナーこと自体を覚えていないのかなと思っていたが、お袋は意味ありげにそう言うと、ソファから立ち上がって部屋から出て行った。

「これでしょ」

 リビングに戻ってきたときのお袋の手には、あの懐かしいオープナーが握られていた。

「今でも持ってたんだ!?」

 俺がそう言うと、

「当たり前でしょ。あんたからもらった唯一のプレゼントなんだから」

 と、いじるように返してきた。

「って言うか、そこじゃないでしょ!どこにあったのオープナー?」

「ケンタのペットフード皿の裏」

「まさか、本当にケンタだったとはね。でも、どうして見つけたんだったら、そう言わなかったの?」

「大前提として光章があんまり気にしてる風じゃなかったっていうのがあるんだけど、理由としては三つ」

 姉ちゃんのもっともな質問に、こともなくあっさりと、そして謎明かしをする名探偵を気取ってでもいるのか、どこか上から目線でお袋は答え始めた

「まず第一に、ケンタを悪者、悪猫?にするのが可哀想だった。第二に、やっぱりお父さんが嬉しそうだったんだよね。数少ない私に褒められるシーンだったから。で、三つ目。これが一番大きいんだけど」 

 自分の母親ながら、魅力的に意地悪な笑みを浮かべながらお袋は言った。

「あんたたちに疑われてるお父さんっていうシチュエーションが面白くて」


***********************

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