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スパイスのように薫れ

 ながいあいだお仕事でインドに行っていたパパがかえってくる前の日のママは変だった。

「パパがいないから、おうちの中がひろく使えたのに、また元のギュウギュウづめのわが家に元もどりね」

 そんな風に言って、でも顔はニコニコと笑っていた。

 ボクは、ひさしぶりにパパと会えるからうれしかった。ボクが小学生になってからランドセルをせおっている姿を一度もパパには見せてなかったから、それを見せたかった。

 でも、ひさしぶりにパパに会うのは、なんだかはずかしい気もした。だからボクは、ママとボクは二人とも変だなと思った。

 つぎの日、いそいで学校からおうちにかえると、ごはんの部屋にパパがいた。

「おう、たかあき、大きくなったな」

 ボクを見つけると、パパは立ち上がってそう言いながら、ボクをもちあげた。

「しかも重くなってる」

 かみの毛がすごくのびたパパのかおはまっ黒で、ボクはママが前に、インドはとってもあつい国だと言っていたのを思いだした。

 そんなパパは、前より強そうに見えるとぼくは思った。

 そのとき、ボクのはながクンクンと動いた。

 ボクのはなのうごきを見て、ママが言った。

「パパ、前とちがう、においがするでしょう」

「さっきもママに言われたんだけど、どうやらパパはインドの人の匂いがするらしい」

「きっと食事のせいね」

「パパは、インドでどんなものを食べてたの?やっぱりカレー?」

「インドにカレーはないんだ」

「えー!!」

 ボクがびっくりすると、パパはおしえてくれた。

「せいかくには、カレーという名前のりょうりはないんだ。インドでは、インドのスパイスをつかったりょうりのことを、まとめてカレーって言うんだ」

「スパイスってなに?」

「スパイスって言うのは、色やあじをつけたりするためにりょうりにまぜる、しょくぶつから取ったこなのことだよ」

「へえ、そうなんだ。それで、どんなりょうりにスパイスは使われてるの?」

「ぜんぶ」

「じゃあ、インドにはカレーがないのに、インドの人がたべてるのはぜんぶカレーなの?そんなの、おかしいよ!!」

 ボクがそう言うと、パパもママも、あははと笑った。

 パパがおみやげで買ってきてくれたインドのおもちゃは、かおがゾウだったり手がたくさんあったりして、こわかった。パパはインドのかみさまなんだよとおしえてくれたけど、それを聞くとよけいにこわかった。

 とくによるに目をさましたときに、ゾウのかみさまと目が合うとこわかった。だからボクは、パパががっかりしないように、ベッドからは見えない本だなにおもちゃをかざった。

 パパからママへのおみやげはスカーフとスパイスだった。スカーフは色があざやかで、かるくて、さわるととても気持ち良くって、ママは大よろこびだった。スパイスも、ママはありがとうってパパに言った。でもボクは、その日のよるにママがたなのおくの方にスパイスをかたづけているのを見た。

 ボクはスパイスのことがとても気になった。パパがお話していた、インド人の人たちがいつも食べているスパイスはどんなあじがするんだろうと、食べてみたいと思った。だけど、どうやらママはそのスパイスをおりょうりにつかうつもりはなさそうだった。

 だからある日、ママがお買いものに行っているあいだに、ボクはそのスパイスをたなのおくの方から出してきて、ボクのへやにもってかえった。スパイスのいれものは、まるいぼうのような形をしていて、よこはかみ、ふたはプラスチックでできていた。

 プラスチックのふたはかんたんにあいた。ふたの下のシールもかんたんにはがれた。上があいたいれものをさかさにすると、みどりとか茶色とか黄色の色んな色のこなが出て来た。ボクはそれを手の上にのせてなめてみた。カレーみたいにからいのかと思ったけど、そんなにからくなかった。でも、ベロの上がビリビリとしびれた。

 おいしいのかおいしくないのか分からなかった。でも、おもしろかった。ボクは、スパイスのいれものをおもちゃばこのうらにかくした。

 そのつぎの日から、ボクはまいあさ手の中にスパイスをぎゅってにぎって、ごはんの部屋に行った。そして、ママが台所でじゅんびをしているときに、ボクのおみそしるの中にこっそりとスパイスを入れた。

 スパイスが入ったおみそしるは、そんなにいつものおみそしるとあじが変わらなかった。でも、ごはんを食べていると、おなかの中がポカポカとあたたかくなってきて気もち良かった。

 おなかの中があたたかくなるだけじゃなかった。元気も出て来た。

「なんだか、さいきん、たか君、かお色が良いわね」

 げんかんでランドセルをせおっているボクを見て、ママが言うくらいだった。

 がっこうでもスパイスパワーは大かつやくだった。かけっこはクラスでいちばんになって、オニごっこでだれにもつかまらなかった。ニガテだったさんすうも、じゅぎょうちゅうに「わかります」って三回も手を上げた。

 だからその日もボクは、ニコニコで学校からおうちに帰った。

「ただいま~」

 大きな声でそう言うと、ママがエプロンをつけたまま出て来て、ボクをギュッとして「おかえりなさい」をしてくれた。ママもニコニコで、きげんが良かった。こういう日のおやつはきたいできる。

 ボクはギュッのあとに、ママの口からおやつの名前が出てくるのをまった。

 でもママは、おやつの名前じゃなくて、ボクをばっとはなして、ボクの方を見てさけぶように言った。

「たか君、なんかへんなにおいがする!」

 ママは、びっくりしたような、こわがっているような、そんな顔をしていた。

 ママに言われるまで、ボクはそんなことにぜんぜん気がついていなかった。だからボクも、びっくりした。

 ほんとかなと思いながら、ボクはボクのからだをにおってみた。少しはなのおくの方がツーンとして、インドからかえってきたときのパパと同じにおいがした。

 ボクは、ボクがつよくなったような気がしてうれしかった。

 でも、ママはすごくイヤそうだった。


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(お知らせ)

 インド編、短編集を一冊の作品にまとめました。

 ご一読いただければ幸いです。

 作品名:「おつかれナマステ」

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