王宮舞踏会殺人事件⑤
昼食の後、僕はマルタ家の屋敷近くでマルタ家の人たちを観察していました。
ガルムや使用人達の出入りは何度かあったのですが、その日アイシャールは姿を現しませんでした。
そして翌日、マルタ家の夕食が終わり使用人達が家路についた後、屋敷のあちこちの灯りが消えてしばらくすると誰かが姿を現したのです。
屋敷から現れた人物は、濃い色のコートに帽子を深く被っていたので誰なのかは分かりませんでした。
時刻は夜八時を少し過ぎた頃、薄暗い街灯に照らされたその人物は屋敷の外を伺うと、足早にどこかへと向かいました。
そして僕はその人の後をつける事にしたのです。
その人の後をつけて十五分ほど歩くと、街中にある今は潰れた商店の前で立ち止まりました。
そして、その人は辺りを伺う様にきょろきょろと周囲を確かめると商店の中へと入って行くのでした。
中に入って小一時間が過ぎると、その人は出てきました。そしてマルタ家へと帰っていきました。
その人が屋敷へ帰るのを確認した僕は、時間も遅くなったの事務所へと帰ることにしました。
「ただいま帰りましたー」
「………」
「あれ?師匠ー」
しかし師匠は姿は事務所には無く、どうやらまだ帰って来ていない様でした。
「まぁいいや、今日は疲れたから先に寝よっと」
僕は事務所奥にある寝室で先に休む事にしました。
そして翌日の朝、師匠は僕より遅くに帰って来たようで、まだベッドで寝ていました。
「おはようございます、師匠」
「う、う〜ん。おはようナブー」
昨晩遅かった所為か、眠そうな目をこすりながら師匠は起きました。
「朝ごはんの用意しますね」
「はい、頼みます」
朝食の用意をしながら僕は昨日の話しを師匠にしました。
「なるほど、その人が誰かは分からなかったんですね」
「はい、街灯のあまり無い道ばかり通ってたし、目立たない服で帽子も被ってたので顔は分かりませんでした。すいません」
「いやいやお手柄ですよ、ナブー」
「師匠、今日はその商店に行ってみますか?」
「そうですね。そこに行けば何かあるはずですからね」
僕たちは朝食を食べ終わると、昨晩の商店へと向かいました。
そして僕たちはこの事件の真相に辿り着く事になったのです。
「皆さん、急なお呼び出しを申し訳ありません。そしてありがとうございます」
正体不明の人物が訪れた潰れた商店を調べた僕たちは、その日の夕方、事件のあった王宮広間にいました。
そこにはマルタ家の人達と拘束されていたアトモス商会のルイーズ、そして事件当日この広間にいた何人かの来客がいました。
もちろん、事件の調査をしている騎士団と何故か国王アレス様もいました。
「それでは、今回のガストン・マルタ氏殺害事件についての私の私見をお話し致します。あくまで推理ではありますが、裏付けの調査も入念に行っておりますので、悪しからず……」
「うむ。くるしゅうない話してみよ」
「ありがとうございます、アレス様」
師匠はステッキの翠の宝玉を握りガストンの遺体があった場所へと進みました。そこで話しを始めるのでした。
「まず今回の事件ガストン・マルタ氏殺害は、この広間のこの場所で起こったと皆さんお考えかと思います」
「それはそうです。ナイフで心臓を一突きされて倒れたのを皆さん目撃しております」
騎士団のグスタフが師匠に答えました。
「実は、それが間違いだとしたら?」
「そんな馬鹿な!?」
集められた人々からどよめきが起きました。ですが、師匠は話しを続けるのでした。
「まず事件当日、私達はすぐにこちらに呼ばれました。そしてご遺体の検分をした際に違和感を感じたのです」
「どういう事でしょうか?」
ガルムが険しい顔で師匠に訊ねました。
「その違和感とは……、人は死後に時間の経過とともに変異が現れる死後現象が起こります。それは皮膚や筋肉など様々な場所、そして様々な形で発現します。私の知る限り、あの時本来ならば死後二時間程度経過していたのであれば死後硬直が始まっているはずでした。しかしそれはなかった。そしてご遺体を調べるとすでに死斑凝固をしていました。その死斑も下肢に集まっていたのです。更に、心臓を一突きされたにもかかわらず、服に血液があまり出てはおりませんでした」
「それはどういう事なんですか?」
アイシャールが怪訝な表情をうかべ師匠に訊ねました。
「本来死斑は、死後硬直が起きる前に血液や体液が下方にさがって現れます。あの時、本来ならば仰向けにされていたご遺体の背中に出ているはず。それが何故か下肢に現れていたのです。それも凝固が始まってです」
「だが、現にガストンは皆の目の前で倒れたのじゃぞ?それまでは生きておったであろう?」
アレス様が不思議な顔をして師匠に聞きました。
「ガストン・マルタは間違いなく皆さんの前で倒れた。ですから誠に不可思議です」
「それでは話しを変えます。ガストンさんと魔鉱石についてお話しさせて頂きます」
「うむ」
アレス様が頷くと、他の人達も同じ様に固唾を飲んで師匠を見つめるのでした。
その時、当日聞き込みをした男が何故か俯くのでした。
「当日の聞き込みでは、ルイーズさんとガストンさんが言い争いをしていた、そして広間でガストンさんを睨みつけているルイーズさんが目撃されたと証言されています。そして凶器とされているナイフにはアトモス商会の紋章。これらから容疑者としてルイーズさんが挙げられました。間違いありませんね。」
「はい」
騎士団のグスタフが頷きました。
「それでは、もう一人容疑者に挙げられている侍女のギギさんはなぜ姿をくらませているのでしょう?もしかするとこの二人は結託して犯行に及んだ、などという事はありませんね。二人に面識などありませんから、ではなぜ彼女は未だ姿を見せていないのか?」
「それは……、ルイーズが単独ではなく複数で犯行に及んで、それを知った侍女のギギを拘束した。という事ではないですか?」
騎士団のカールが答えると、グスタフがそれに反論しました。
「いや、状況をみればルイーズが激情にかられて突発的に犯行に及んだという見方が妥当であろう。だとすれば複数人で計画的に事に及んだというのは矛盾するぞ」
「その通りです。では話しを戻しますが、私の考えだとガストンさんの死因はナイフによる刺殺ではありません」
「「えっ!?」」
その場に居た皆んなから、再びどよめきがおきました。そして師匠は続けました。
「それらの事から、今回の事件の犯人はルイーズさんではないと、私は考えております」
「では、真犯人は誰なのだ?」
そこにいる皆んなが抱いた疑問をアレス様が訊ねました。
「はい、ですがその前に皆さんに私の調べた事をお話しするのと、会って頂きたい方がいらっしゃいます」
師匠は僕に目配せをしました。
「はい、連れて来ます」
僕は頷き、外の広場に泊めてある馬車に向かいました。そしてそこで待たせていた人を広間へと連れていくのでした。
「さあ、中にどうぞ」
僕は大広間にある豪華な扉を開き、馬車に待たせていた人物を中へと招くと、彼女は俯きながら中へと入って来ました。
「「ギギ!!」」
「!?」
リリアンとガルムが声を出し、喜びと安堵の表情を浮かべ彼女を見ました。
そしてリリアンはガルムに支えられながら、二人でギギの下へとやってくると彼女を抱きしめました。
「無事だったのね、よかった」
リリアンはギギを抱きしめながら、涙ぐんでいる様子でした。
「リリアン様、ガルムさんごめんなさい」
「とにかく無事にあなたの顔が見れてよかったわ」
抱き合う二人を眺めながら、ガルムも安心した顔をしていました。
そしてガルムはギギに訊ねるのでした。
「身体はなんともないのか?今までいったいどこにいたんだ?」
「それは……」
ガルムの問いにギギは言い淀むのでした。
師匠はそんな三人を黙って見ていました。
そして、ガストンの娘のアイシャールは目を伏せ神妙な面持ちをしているのでした。
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