王宮舞踏会殺人事件③
そして翌日、僕たちはガストンの屋敷に向かいました。
屋敷入り口の呼び鈴を鳴らすと昨日婦人と共にガストンのお供をしていた男の獣人が僕たちを出迎えてくれました。
彼の名はガルムといい、行方不明になっている侍女とともにマルタ家で働いているのです。
「ジャクリーヌと申します。朝早くからすみません。昨日の事件の調査をしているのですが、お屋敷の皆さんからお話しをお聞きしたくて参りました。よろしいでしょうか?」
「はい。先生のお噂はかねてより伺っておりますので存知ております。本日は奥様もだいぶ良くなられておりますので大丈夫かと……」
婦人は意識を戻し今は落ち着いているそうでした。そして一人娘のアイシャールが昨日と同じく婦人のそばでお世話をしていると彼は話してくれました。
「それでは、早速お話しを伺わせていただけますか?」
「畏まりました。奥様のご用意が出来るまでリビングでお待ち下さい」
彼は僕たちを屋敷のリビングに案内すると、飲み物を用意してくれました。
「こちらのお茶は、私共の故郷で採れた紅茶です。お口に合うとよろしいのですが」
「わぁ!いい香りですねっ、師匠」
師匠の淹れてくれる紅茶もとても良い香りで美味しいのですが、彼の出してくれた紅茶の香りはとても素晴らしく、今まで嗅いだ事のない物でした。
「これは珍しい。北の高地で採れる野生の茶葉ですか?」
師匠が紅茶の香りを楽しんでいるとガルムが答えました。
「よくご存知ですね。私共の故郷のガリア高地では野生の茶葉などを採って街に売りに行っておりました。大した作物も無い土地ですので暮らしはなかなか厳しいものでしたが、魔鉱石の鉱山が近くにあって、お亡くなりになったご主人様の計らいで、故郷の者達もそちらで工夫として働かせて頂いております。そのおかげで貧しかった皆んなは大変助かっております」
「なるほどそうでしたか。大変美味しい紅茶をありがとうございました。それでは、お話しを伺わせて頂きます。失礼なのですが、ガストンさんにはあまり良くない噂が多い様でした。その事は何かご存知ありませんか?」
紅茶を一口くちに含み、その味を堪能した師匠はガルムに訊ねるのでした。
「大変申し訳ありませんが、私も行方知れずの侍女のギギもこちらで良くして頂いておりますので……」
「では、そのギギさんもガルムさんも今回の件についての心当たりはないという事ですか?」
「はい、今捕まっているアトモス商会に限らず商売敵の仕業ではないのでしょうか?」
「今のところ、騎士団はその様に考えておりますね……」
「ギギはあの時にアイシャ様のお迎えに行って大広間にはおりませんでした。ですからあの娘が犯人では決してありません。……多分犯人の何事かを知ってしまい捕まってしまったのかも知れません。一刻も早く犯人を捕らえて下さい。お願いします」
「分かりました、御協力ありがとうございます。それでは他の使用人からもお話しを伺わせて頂きたいのですが構いませんよね?」
ガルムから話しを聞いた後、僕たちは使用人達の話しを聞きました。
「はい、しばらく前にご主人と奥様が言い争っているのを聞いてしまいました」
「どう言った内容でしたか?」
「『まだ幼いのに何故です!?もしや!元よりそのおつもりだったのですか?』と、奥様が仰られて、ご主人は、『そのくらいしか使い道が無かろう?なんの取り柄もない小娘を何故いつまでもうちに置いておかねばならんのだ!』と仰っておりました。ですが、お二人の間の事と思いましたので、詮索するのも悪いと思い、すぐにその場を離れましたので、それ以上は……」
「なるほど、ご夫婦で何か問題があった様ですね」
「それでは、最近のお二人の体調などで何か変わった様子などありましたか?」
「そういえば、一週間ほど前からご主人は肩凝りがひどいご様子で、侍従のガルムがよく全身のマッサージをしておりました。奥様もちょうど同じ頃に体調を崩されて寝込んでおりました。顔色が蒼白く、ひどくお疲れになっておりましたが二日ほどでよくなられました」
一通り使用人達から話しを聞いていると、ガルムは婦人とアイシャールを連れてリビングに現れました。
婦人も娘のアイシャール同様に非常に美しく、ネコ科のシャープさの中に可愛いらしさのある顔立ちでした。しかしその顔色は蒼白く未だに具合は悪い様子でした。
「ジャクリーヌ様、奥様と御息女をお連れしました」
「初めまして、ガストンの妻のリリアンと申します」
「初めまして、娘のアイシャールです」
「初めまして、ジャクリーヌ・レイモンドです。ジャックとお呼び下さい。今回騎士団から依頼を受けまして事件の調査をしております。まずはご主人様の事、お悔み申し上げます。」
「ご丁寧にありがとうございます」
「それで、ご体調のすぐれない中申し訳ありません。早速事件について伺わせていただきますが、よろしいでしょうか?」
「「はい」」
まず、僕たちは当日の事を尋ねました。
「なるほど、お嬢様はドレスの用意もあってご両親とは遅れてお城へ行かれたと、そしてご両親とガルムさんとギギさんは先にお城で待っていた。その後は騎士団の方々から聞いた話しと同じですね。うん。それでは先程使用人達から伺ったのですが数日前に体調をご夫婦とも崩されたとお聞きしたのですが、どうされたのですか?」
「はい、主人はもとより酷い肩凝りで近頃はあちこち痛いと言っておりましたが、なにぶん歳も歳でしたので……。私は風邪をこじらせてしまいまして、しばらく寝込んでおりました」
「そうですか、失礼ながら奥様はお幾つでいらっしゃいますか?」
「今年で34歳になります」
「ご主人とはだいぶ歳が離れていらっしゃいますね」
亡くなったガストンは60歳だそうで、リリアンとは二回り以上歳が離れていました。
「ええ、実は私は後妻でございます。16年程前に前妻のシャルル様がお亡くなりなりまして、去年主人と婚姻致しました」
そこへガルムが話しに入ってきました。
「奥様はもともと、この屋敷の使用人として18年ほど前から働いておりました。そして私共は同じ村の出身です」
「ガルムの言った通り同じ村の出身ですので私も獣人です。ですが獣人の特色は濃くありませんので、見た目は人とあまり変わらないのです。そして私はシャルル様がお亡くなりになられてしばらく後、体調を悪くしまして故郷に戻って静養をしておりました」
「では、ガストンさんとはしばらくお会いにはなられていなかったという事ですか?」
「いえ、主人は仕事がてら村に立ち寄っておりましたのでお会いしてはおりました。アイシャさんが私によく懐いておいでで、よく遊びに来ていただきました。それもありまして後妻にとお声をかけて頂いたのです」
そしてアイシャールも話しに加わってきました。
「お母様が亡くなった後、リリアン母様にとても良くしてもらいました。亡くなった母の分も愛情を注いでもらいました。ですからリリアン母様が家に来てくれると聞いてとても嬉しかったの」
「左様でしたか、お二人は仲がよろしいのですね」
「はい、本当の母と思っております。父などよりも本当の親だと感じております」
「父などよりも、ですか?」
アイシャールは険しい顔をしながら、ガストンの事を話し出すのでした。
「私の父は、お二人が聞いた噂通りの人でした。幼い頃に母を亡くした私はリリアン母様に会うのを楽しみにして村に行っておりました。それとまだ赤ん坊だったギギともよく遊びました。ですが、父には別の目的があったのです」
「別の目的とはなんですか?」
「魔鉱石は高値で取引されます。村の近くにはその鉱山があったのですが、そこはとても危険な場所で採掘には費用がかかってしまいます。そして労働者の確保も難しかったのです。父は私を母様に預けて近隣の村から人を集めては、そこで作業をやらせていたのです」
「先程ガルムさんから伺いました。村の方々は経済的に助かったと仰られているそうですが?」
「その頃、私はまだ幼く理解できておりませんでしたが、そこの設備はとても安全とは言えないものでした。更に集められた方々には人類族の半値程度の賃金しか与えていなかったのです。ですが貧しい彼らは、そんな状況でも暮らしのために危険を承知で作業をやって頂いておりました」
アイシャールの話しを聞いて、ガルムが口を挟むのでした。
「ですがアイシャ様、我々が仕事を頂いて助かったのは事実でございます。それにアイシャ様が少しでも我々の労働環境を良くする様にご主人様に訴えて頂いていた事も承知しております。ですので我々はマルタ家に感謝しております」
「ありがとうガルム。でも私は知っているのです。あの男は以前から年頃の娘を侍女に迎えては自分の欲望の吐口にしていた事も、リリアン母様だって……」
「アイシャさん、それ以上はおやめなさい。私も承知でご奉公しておりましたし、故郷の皆も承知の上です」
「でも!……ごめんなさい母様………」
「ありがとうアイシャさん。貴女の気持ちは重々伝わっておりますよ」
リリアンが話しを遮る様に言うとアイシャールは悔しげで苦しそう様な顔をして俯くのでした。そしてリリアンは話しを続けました。
「お聞き苦しいお話しを失礼致しました。他に何かございましたら、お答え致します」
「いえ、こちらこそお家の内情を探る様な真似をしてしまい申し訳ありませんでした」
「ご調査に関わる事です。一向に構いませんよ」
「お気遣いありがとうございます。それでは最後にアイシャールさんにお訊ねします。先程ガルムさんから、ギギさんはあの時に貴女を迎えに行って大広間には居なかったと伺ったのですが、彼女にはお会いにはなったのですか?」
「いえ、見てはおりません……」
その時、アイシャールは師匠の質問に何故か一瞬目を逸らすのを僕は見ました。
「分かりました、ありがとうございました。それでは本日はここまでに致します」
「左様ですか。何かございましたら何なりとおっしゃって下さい。ご協力致します」
「よろしくお願いします。それでは我々はそろそろ失礼させて頂きます」
僕たちがソファから立ち上がり挨拶をすると、婦人とアイシャそしてガルムも立ち上がりました。
しかし婦人は少しよろめき、ガルムが身体を支えるのでした。
そのとき婦人の首元がチラリと見えました。彼女の首元には綺麗な光を放つ紫色の宝石がはめられたペンダントと肌理の細かい肌にうっすらと青紫の模様の様な筋が浮かび上がっている気がしました。
「体調のすぐれない中ありがとうございました。また何かありましたら調査に伺わせて頂きます」
屋敷の入り口までガルムに見送られ僕たちは屋敷を出ました。そこでガルムが話しかけてきました。
「大変申し訳ありませんが、やはりまだ奥様の具合が悪い様ですので、しばらくはご遠慮頂けますか?代わりに私が対応致しますので……」
「はい畏まりました。本日はありがとうございました」
屋敷を離れていく僕たちの姿が見えなくなるまでガルムは見送ってくれました。僕は何度か振り返り頭を下げると、その度にガルムも頭を下げてくれるのでした。しかし僕は何故かその視線をするどく感じてしまいました。
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