辺境鉱山の怪⑤
「とんだ助兵衛だね。そんなにあたしの豊満な肢体が見たかったのかい?」
湯舟にある大きな石の陰から女の子の声とともに人影が姿を表しました。
しかし、その人影はまだ幼い少女のモノだったのです。しかもムゥたちと一緒に温泉に来た魔族の子供なのでした。
「豊満って、まだ子供じゃないかよー」
「はぁ、分かってないねぇ。これだからお子さまは嫌なんだよ」
胸元を布で隠しながら、女の子は見た目の年齢とは裏腹なやけに色気のある声で話すと、僕を品定めする様に眺めるのでした。
僕は辺りを見回しましたがムゥの姿はなくキョロキョロとしていました。
すると、またもや頭の上から冷たい水が降り注いだのです。
「キャハハッ、ゴブリンの兄ちゃん鈍いなあっ」
ムゥは大きな石の上に立ち、今度はそこから水をかけてきたのでした。
「あははっ」
魔族の女の子が声を出し笑うと、またもやムゥは逃げていきました。
「なんだか奥の方が騒がしいわね」
「誰かいるのかしら?」
女湯から声が聞こえてきました。
「ほら、さっさと男湯に戻りな。あっちには大人の女が沢山いるよ。それとも本当に覗きに来たのかい?」
「ち、違うよー!」
僕は逃げる様に慌てて男湯へと戻りました。
「ちくしょーっ!あのイタズラっ子めー!!」
「おやおや、随分とご立腹のようですね。ムゥ君には逃げられてしまいましたか?」
師匠は僕を見ると笑顔を浮かべ話しました。
「そうなんですよっ!しかも奥は女湯と繋がっていて、危うくノゾキ魔にされるとこでしたよっ!」
「それはそれはとんだ災難でしたね。それはそうとムゥ君たちは、もう温泉から出て行きましたよ」
「ムキーーーッ!!」
その後、しばらくして僕たちは温泉を出ると屋敷へと帰りました。
ムゥのイタズラのおかげで僕は、ぷりぷりと怒りながら屋敷に戻ると、屋敷一階にある応接用の広間で女将さんとムゥが僕たちを待っていたのです。
「ナブーさん、温泉でうちの息子が大変失礼いたしました」
女将さんは丁寧に頭を下げるのでした。
「ほら、あんたも頭を下げなさいっ!」
「ベシッ!」ムゥの頭を平手で叩きながら女将さんはムゥを叱りつけると、ムゥも頭を下げるのでした。
「ごめんなさ〜い」
「もう、僕じゃなかったらもっと怒ってるとこですよ!」
ちょうど二人が僕に謝っているところへマサがタイミングを合わせた様に冷えた牛乳とプリンを持ってやって来ました。
「ナブーさん、お詫びと言ってはなんですが、これでも食べて機嫌を直してください」
マサは大きなお盆に乗せた牛乳とプリンを僕に手渡しました。
よく冷えた牛乳とプリンの冷たさは温泉で温まった身体に心地よく、艶やかなプリンのカラメルがイタズラで熱を持った僕の頭に、これから訪れる至福の味を予感させると、先程までの怒りはあっという間に霧散するのでした。
「やったーっ!プリンだー!」
僕がプリンに目を奪われていると、マサは振り返り誰かに向かって声をかけるのでした。
「さあっ、お前らもこっちきてプリンを食べな」
板敷の広間からは裏庭が眺められる様にガラス張りになっており、その前にはいくつかの長椅子とテーブルが設てあり、先程まで温泉に浸かっていた子供たちがこっそりと僕たちを伺っていたのでした。
そんな彼らにマサはプリンを勧めるのでした。
「「やったあっ!」」
子供たちは僕たちの下にやってくると、マサと女将さん、そしてムゥを取り囲みました。
そしてマサはテーブルに牛乳とプリンを並べるのでした。
「父ちゃんオレのは?」
「ちゃんとあるわい。そんな事よりちゃんと反省しろ」
「は〜い。」
「「いただきま〜すっ!」」
僕と子供たちはテーブルを囲み、プリンを手に取りました。
茶色く輝くカラメルとなめらかなプリンをスプーンに目一杯に乗せ、こぼれ落ちない様に慎重にゆっくり運び、その震える艶やかな薄黄色の物体を口にほうばりました。
「「おいしーっ!!」」
僕たちがプリンに夢中になっている横で、師匠もプリンに舌鼓を打っていました。
「これは絶品ですね。濃厚な卵の味わいと程よい甘さにカラメルの苦味がよいアクセントになってます」
「コクのある甘さね。和三盆かきび砂糖でも使ってるのかしら」
師匠の横にはいつのまにか女湯にいた魔族の女の子がいました。
彼女の頭には布が巻かれ、子供用の綺麗な柄の異国の着物を着た姿はやけに大人びて見えるのでした。
「たしかに、ただの砂糖ではなさそうですね。貴女は色々とお詳しいようですね」
「あら、お分かりになるの?さすがに教養のある大人は違うわね。うふふ」
「あっ、ビビ!お前母ちゃんたちに告げ口したなー!」
「あら、いけなかったかしら?」
ビビと呼ばれた彼女はプリンを食べながら、涼しい顔で答えました。
「でも、そのおかげでプリンもらえたし、良かったじゃん」
それを聞いた子供たちの一人が、ムゥに言いました。
「まあね、お客さん用だからオレもあんまり食べさせてもらえないから許してやるよっ」
「何を偉そうに言ってんだっ」
「ベシッ」再びムゥは女将さんに頭を叩かれると、ムゥは頬を膨らませ不機嫌そうな顔で女将さんを見返すのでした。
「あははっ、もういいですよ女将さん。僕はもう怒ってないですしね〜」
そんな会話をしていると、師匠が女将さんにビビの事を訊ねました。
「女将さん、彼女は魔族の子ですよね?この村の子なんですか?」
「いえ、最近ウチの子たちとよく一緒にいる様になったのですけど、村の子ではないみたいなんですよ」
「ほう」
「あたしの話しかしら?」
「ええ、貴女は魔族ですよね?村を通ってきた時に魔族の方はちらほらいらっしゃいましたが、貴女の種族はいらっしゃらなかったので少し不思議に思いまして。それに貴女は……」
「あら、ごめんなさい。あたしムゥに出会う前の事を覚えてないのよ。と言うよりよく分からないのよね」
「え?」
僕は彼女の言葉につい声を出してしまいました。
「ビビはオレがほこらのどうくつで遊んでるときに友達になったんだよ」
ムゥはへへんっと得意げな顔で僕に言いました。そして、そんなムゥに続いてビビが話しをすると、他の子供たちもその時の事を話してくれたのでした。
「そう、気が付いたら気を失ってるムゥがいたのよ。で、洞窟から出ていったら他の子もいたの。でもあたしもなんでそこに居たのかよく覚えてないのよね」
「穴に落ちたのをビビが助けてくれたんだよ。たぶん」
「多分?」
あいまいな答えに僕は不思議に思い、つい口走ってしまいました。
「そおみたい。オレもよくわかんないだぁー」
「なんだよ、それ」
「だって覚えてないんだもん」
しかし、ムゥとビビはその時の事は覚えてはいないと言うのでした。
そして僕はさらに疑問が頭に浮かんできました。
「じゃあ、ビビちゃんは今はどこで暮らしてるの?」
「社よ」
「一人で?」
「そおよ」
「ええ!?」
僕とビビのやりとりを聞いていた女将さんが話しに入ってくるのでした。
「多分この付近で暮らしている魔族の子なんでしょうけど、どうやらはぐれたみたいなんです。そのうち仲間が探しにくるとは思うんですけれどねぇ」
そんな女将さんに、僕は訊ねました。
「一人じゃ危ないんじゃないですか?」
「ええ。ムゥを助けてもらったし、ウチの宿においでと言ったんですけど、社にいるって聞かないんですよ。だからせめてご飯とお風呂にと呼んでいるんですよ」
そして今度は、僕たちの会話を聞いていた師匠がビビに訊ねました。
「ビビさんとムゥ君たちが出会ったのはいつ頃の事なのですか?」
「そおね、二、三ヵ月くらい前だったかしら……」
「ふむふむ……」
師匠の問いにビビが答えました。その時師匠は何かを考える様に頷くのでした。
「そっ、んで今日もみんなで遊んでたから、いっしょに温泉入りに来たんだよ。そしたら兄ちゃんいたから遊ぼうと思ってさ」
「子供には人気なんだよな〜」
「ねえねえ、ゴブリンの兄ちゃん遊ぼうよ」
「そうだよー、あそぼうよー」
「う〜ん。遊んであげたいけど、僕は仕事でヅゥタに来てるんだよ。だからちょっと無理かなぁ」
「えぇ〜、いいじゃんか〜」
「あなたたち、今日はもう遅いですから遊ぶのはまたにしましょうね。ナブーさんたちは遊びでこちらに来ているんじゃないのよ」
昔から動物と子供には人気のあった僕は子供たちから誘われましたが、今回の依頼の調査も始まっていなかったので困っていると、僕の様子を察した女将さんが上手く子供たちを説得してくれるのでした。
そんな僕たちを見ていた師匠は、僕たちに向かって口を開きました。
「そうですね、私も皆さんからお話しを聞きたいですし、また時間を作りますので、例の社へ行きがてらお話しを聞いてもよろしいですか?」
「ジャクリーヌ先生がそうおっしゃるのでしたら私は構いませんが、よろしいのですか?」
「はい、子供たちは大人よりも色々と見ていたりしますからね。何かご存知かもしれませんので」
「はあ……」
師匠は社の調査がてら子供たちと一緒に山へ行く事を提案するのでした。しかし女将さんは少し不安げな表情で師匠に答えるのでした。
すると、それまで黙っていたマサが口を開くのでした。
「では、案内も兼ねて私も同行させてもらいますよ。皆んなで行きましょう」
「はい。ちょうどお願いするつもりでしたので助かります」
「それなら問題ないだろ?アンズ」
「あなたが一緒ならムゥも無茶はしないでしょうからね。では日取りが決まったらおっしゃって下さい。あなたもお願いしますね」
「はい」
「おうっ」
「「やったー」」
そして、僕たちは次の日から事件の調査を始めるのでした。
閲覧ありがとうねっ
よかったら、ブクマ、感想書いてくれると嬉しいなっ!
これからも僕と師匠の活躍を見てねー!ナブーでしたー




