辺境鉱山の怪④
僕たちが暖簾をくぐり屋敷の中へ入ると、そこには綺麗に仕上げられた広い土間がありました。そしてその先には小上がりになった板敷の広間と受付のカウンターがありました。
土間で履き物を脱ぎ板敷に上がると、宿の主人は二人分の大きな鞄二つを片手で軽々持ちながら屋敷の奥へと続く板敷の廊下をズンズンと歩いていきました。そしてその後に付いて行く女将さんは人当たりのよい笑顔で僕たちを部屋へと案内してくれるのでした。
ダグストンはそんな二人を紹介してくれました。
「彼はこの宿の主人でマサトゥーナと言います。女将さんはアンズさんです。マサは見ての通り二百年前の大戦で活躍した戦士の子孫なんです。今も宿の傍ら猟師もしてるんですよ」
「やっぱりね〜。鎧とか似合いそうですよね、師匠」
「確かに、甲冑の格好がとても似合いそうですね」
僕たちはこの宿の二階の部屋へ案内されました。そこは草で編まれた長方形の敷物が部屋一面に敷かれていて、白い紙と木を組合せた戸や木造の部屋と併せて異国情緒の漂うとても素敵な部屋でした。その奥には一段高い小部屋があり、大きな斧が二つと表面を綺麗に磨かれた濃い褐色の兜と胴当てが飾らせてありました。
「こちらは我が一族の祖先が装備していた鎧兜と武器を飾らせてもらっております我が宿最上級のお部屋です」
僕たちを案内した女将さんはお茶の用意をしながら、この部屋の説明をしてくれました。そしてマサは誇らしげな笑顔で祖先の装備を見るのでした。
「立派なお部屋を用意して頂いてありがとうございます」
「うちには温泉もあるんで、是非浸かっていってくださいよ」
「夕刻になりましたらお食事のご用意を致しますので、お声かけいたします。どうぞごゆっくりお寛ぎ下さいませ」
女将さんが僕たちに挨拶をすると、二人は部屋を後にしました。
「さて、先生今からどうされます?まだ晩ごはんまでには時間はありますし、この辺りの事をお話ししましょうか?」
「そうですね。まずは詳しい被害の状況と、この辺りの事などをお聞かせもらえますか」
「まずは被害の件ですが、先程お話しした通り始めは食糧が無くなる事から始まりました」
「それは、例の祠の鉱山だけでしょうか?」
「いえ、近くにある他の鉱山でも有りました。ウチの商会の管理している鉱山と新しく参入した国外の鉱山、あわせて四ヶ所の鉱山が被害にあいました」
「なるほど」
「盗賊がお腹空かせてたんですかね?」
「で、その様な事件がしばらく続いて祠の鉱山での設備損壊が起きる様になったんです」
「盗賊の仕業であれば、設備を破壊する理由はありませんよね。むしろ採掘された魔鉱石を狙うはずですからその様な事はないでしょうね。ちなみに、他の鉱山はいかがだったんでしょうか?」
「損壊はウチのその鉱山だけなんです」
「ほう」
「ですが、相変わらず食糧などの盗難はあるみたいです」
「ふむ、分かりました。では最近のこの村の状況についてお教え頂けますか?」
「ヅゥタの村は鉱山での採掘と温泉が売りの観光業が主な産業です。元々それなりに賑わってはおりましたが、新規鉱山とその関係で人や商店が増えてます。アレス様の施策で国外からの商会も参入した事で今は非常に好景気といったところですね」
「そんな折にこの様な事件が起きてしまったわけですか」
「はい。実はアレス様も今回の件はご存知で何かあれば騎士団への要請もやぶさかではないとおっしゃって頂いております」
「そうでしたか。確かに窃盗団が絡んでいるとなれば私たちだけでは心許ないですしね」
「はい。とは言え魔鉱石の盗難などは今のところはないので、それらの調査も踏まえてマルタ商会はジャクリーヌ先生にご依頼をしたのです」
「となると、盗賊以外の可能性も視野に入れて調査に臨んだ方がよさそうですね」
「でも盗賊団じゃないとなると、なんでしょうね?師匠」
「まあそれを調べるのが私たちの仕事ですからね。明日からは忙しくなりそうですよ」
「ですよね。じゃあ今日は明日からの為にしっかり食べてゆっくり温泉にでも浸かって疲れをとりましょーよ」
「ナブー君の言う通りですよジャクリーヌ先生。まずは長旅の疲れを癒やしてください。私はこの辺りの地図などを用意してきますので、また夕食後にこちらに伺いますね」
そしてダグストンは部屋を後にしました。
「なんだか靴を脱いでゴロゴロできるのっていいですよね〜」
「そうですね、こちらの文化は独特ですね。温泉もですが、やはり旅は他所の文化に触れる事が楽しみですよ」
「外の眺めも自然がいっぱいでいいですよね。同じような田舎の故郷の景色も綺麗でしたけど、ここも素敵ですね〜」
ダグストンが部屋を出ていった後、僕たちは異国の部屋着に着替え、しばらく部屋でくつろいでいると女将さんがやってきました。
「失礼します。夕食のご用意が出来ましたので食堂にお越しいただけますか?」
女将さんは夕食の事を告げに来たのでした。
「やったー!ご飯だー!!」
僕はお腹が空いていたので、つい大きな声で喜んでしまいました。
「やはりコチラの地方の料理が頂けるのでしょうか?」
「はい。この地方は内地と違う文化ですので内地からいらっしゃったお客さまには喜んで頂いております。うちの主人が獲ったグレートボアのしゃぶしゃぶが用意してございますので是非ご賞味くださいませ」
「ねえ師匠、しゃぶしゃぶってなんです?」
「しゃぶしゃぶとは温かい出汁などの汁の中に肉や野菜をサッとくぐらせていただく食事の事ですよ」
「へえ〜、美味しそうですね〜。楽しみですっ」
僕たちは女将さんに連れられ食堂へ行き、夕食をご馳走になりました。
そして夕食後、僕たちはこの宿にある温泉に行く事にしました。
「いや〜、お腹いっぱいです〜。しゃぶしゃぶ美味しかったです〜」
「確かにとても美味でした。おろし大根の酢のきいたタレがさっぱりとして、柚の香りがグレートボアの臭みを消してとても相性が良く肉の旨味をしっかり感じましたね」
「僕は、胡麻味噌ダレが好きでしたーっ。甘くて濃厚な味がとっても美味しかったです〜」
その時、入り口から声が聞こえてきました。
「失礼します。先程の資料をお持ちしましたよ」
僕たちが夕食を食べ終わると、タイミングを計ったようにダグストンが戻って来たのでした。
「ありがとうございます」
「もうお食事は済まされましたね。私、本日はこれで失礼させてもらいます。お二人とも温泉でゆっくり疲れをとってください。なかなかよい温泉ですから、特に奥の方はね。運が良ければいい眺めが拝めるかもしれませんよ」
「へえ〜」
なぜかダグストンはニヤリと嬉しそうな笑顔を浮かべ温泉の事を僕たちに勧めてきました。
僕たちはダグストンに勧められた温泉へと向かいました。
屋敷の裏手にある魔鉱灯の灯りに照らされた庭を歩いていくと、その先からはほのかに硫黄の香りと立ち上る湯煙が見えました。
すると僕たちの後ろから子供たちの声が聞こえてくるのでした。
「こっちが温泉だぜっ!」
「いえ〜いっ!おんせんっ、おんせんっ!」
賑やかな声とかけ足の音が近づいて来ると、僕たちが宿に着いた時に出会った男の子を先頭に何人かの子供たちが僕たちの横を通り過ぎて行きました。
「あっ!さっきのゴブリンの兄ちゃんだ!」
「暗いから走ると危ないぞー」
「へーき、へーき」
「ビビも早く来いよー」
「はい、はい」
ムゥと子供たちは僕たちを追い抜くと、温泉へと走り去って行きました。
そしてムゥが振り返ると、僕たちの後ろを歩く仲間に声をかけるのでした。僕たちも振り向き一人のんびりと歩く子供を見ました。
「あの子魔族ですよね?師匠」
「その様ですね。子供は偏見や思い込みがないのでどんな種族とも仲良くなれるものですね」
「辺境ですから、魔族もたくさんいるんですね。皆んな仲良しみたい」
「ザイオンは元々魔族の治めていた土地ですからね。ドワーフも魔族に近い亜人種族ですし皆さん上手に生活しているのですね」
「いいとこですね」
「はい」
そして僕たちは温泉入り口にある小屋にたどり着きました。その小屋の入り口は二つあり右手には男、そして左手には女と書かれた看板がありました。
「僕たちはこっちですね」
僕たちは小屋で部屋着を脱ぎ、湯気の立ち上る露天風呂へと進みました。
簀の子の敷かれた石畳の先には女湯側に目隠しの木製の衝立てと、大きな石に囲まれた広い湯舟があり、中には何人かお客さんがいて、先程の子供たちは湯舟で楽しそうにはしゃいでいました。
僕たちは今日一日の汗と汚れを流し、温泉へと浸かりました。
「はぁ〜、気持ちいいですね〜」
「う〜ん。素晴らしい……」
温泉のお湯は僕たちを優しく包み込んで身体と心の凝りと疲れをときほぐしてくれるのでした。
「はぁ〜……」
僕はあまりの気持ちの良さに頭を縁の石に乗せ天を仰ぐ形でお湯に浸かってのんびりとしていました。
しかしその時、突然冷たい水が僕の顔に降り注いだのです。
「うわっ!冷たいっ!!」
僕は冷たい水を拭うと、辺りを見回しました。
「キャハハハハッ」
「うわっ、ムゥがやりやがった!」
「こらーっ!!」
「あっちに逃げたよー」
「待てー!」
僕はイタズラをしたムゥを追いかけ、湯舟の奥へと進んでいきました。すると湯舟の先は左に繋がっていて、僕はそのままムゥを追いかけました。
しかしムゥの姿はそこにはなく、代わりにいくつかの大きな石が湯舟にあるのでした。
「どこに隠れてんだイタズラっ子め!」
「だれだい?」
「え?」
僕がムゥを探していると、女の子の声が聞こえるのでした。
「こっちは女湯だよ。さてはあんた覗きにきたね」
「女湯!?」
なんと温泉の湯舟は奥で女湯と繋がっていたのです。
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