辺境鉱山の怪③
列車が渓谷を渡り、しばらく草原を中を疾ると王都周辺とよく似た田園風景へと変わり、そのさらに先にラウームの街が見えてきました。
そして列車は徐々に速度を落とし、街中へと入って行くとそこには王都に勝るとも劣らない立派な駅へと到着したのです。
列車は速度を緩め、ゆっくりと駅のホームへと入っていくと、「ギギギーッ」っと車輪の軋む音を響かせ動きを止めました。
「さあ到着です。忘れ物に注意してくださいよ」
「はい師匠」
僕たちは荷物を持ち、列車を降りると王都の駅と同じゲートを抜け駅構内の待合広場に向かいました。
時刻は昼過ぎのニ時でした。待合広場にはたくさんの人がおり、列車から降りてくる客たちを迎えていました。
国境に近い街という事もあり、駅にはたくさんの種族がいました。
そんな人たちの中に、僕たちの姿を見ると声をかけてくる人物がいました。
「こんにちは、ジャクリーヌ先生ですか?」
「はい。私がジャクリーヌ・レイモンドです。隣にいるのは助手のナブーと言います」
「初めてまして、私はマルタ商会ラウーム支店のダグストンと申します。アイシャール会長からこちらでのお世話をする様に仰せつかっております」
「よろしくお願いします」
マルタ商会ラウーム支店の代表を務めるダグストンはドワーフ族の男で、人間族より少し小柄ながら体躯はがっしりしており、そしてドワーフ族特有の人柄の良い穏やかな笑顔で僕たちを迎えてくれました。
「早速ですが、馬車の用意も出来ておりますのでヅゥタに参りましょう。お連れの方もこちらへどうぞ」
僕たちはダグストンに連れられ、馬車で北部にある山脈の麓にあるヅゥタへと向かいました。
馬車はラウームを離れ、のどかな丘陵地を進んで行きます。
僕たちは馬車に揺られながらダグストンから今回の件について話しを聞くのでした。
「ダグストンさん、鉱山の詳しい話しを教えて頂きたいのですが、よろしいですか?」
「はい。ご存知かと思うのですがコールウェル卿の処分の件でしばらく鉱山はお休みしておりました。その件のゴタゴタが治まりまして採掘を再開したのが二ヵ月ほど前になります」
ダグストンの話しでは、コールウェル卿の管理下にあった鉱山は王家直轄となり、その運営は各商会で担う様になったそうです。
そしてコールウェルとの癒着やそれに関わっていた役人などへの処分、さらに以前はマルタ商会が牛耳っていた採掘の権利を他の商会にも割り当てるなどの引き継ぎで鉱山の操業はしばらく止まっていたのでした。
その引き継ぎなどが無事に完了し、採掘作業は再開したのでした。
更に、今回の改革で他国の商会も採掘に参加させる事になり、国境付近のこの地方には徐々に他国の商会が増えてきているそうでした。
その影響でラウームをはじめ、ヅゥタも新しい採掘業者や商店が増え、景気は上向きになってきているのだとダグストンは語りました。
そんな中、事件は起きたのです。それは新規に掘られた鉱山での事でした。
その鉱山は小さな祠のある場所の近くなのだそうです。
最初の異変は近くに設営したドワーフたちのキャンプ地で起こったそうです。
「おい、ここにあった食糧の箱はどうした?」
「は?知らねぇよ」
「食べちまったんじゃねぇのか?」
「んな事ねぇぞ、昨日はまだ残ってたんだ」
始めは食糧がなくなったそうでした。そして、そのうち彼らの仕事道具もなくなっていったのでした。
そんな事がしばらく続いたのだそうです。
しかし、異変はそれだけでは終わりませんでした。
「よーし、足場の組み付けは終わったぞー。次は坑道に魔鉱灯の設置だ」
「はいよ親方」
ドワーフたちは新たに掘られた坑道で安全に作業する為の設備を整えていました。
「親方終わりました」
「よし、今日はここまでだな。みんなご苦労さん。帰るぞ」
そして翌日、
「なんだ!?こりゃあ!」
前日に設備を整えた坑道は、設置した足場は崩れ取り付けた灯りも壊れていたのです。
翌日ドワーフたちは再び坑道の整備をしたそうです。しかし、次の日もまた同じように設備は壊れていたのでした。
異変が続き、ドワーフたちとマルタ商会はそれらを盗賊や野生生物の仕業と考え坑道とキャンプに警備を雇う事にしました。
そして、警備をはじめるとキャンプの盗難や坑道の異変はおさまったのでした。
しかし、しばらくしたある夜、キャンプを警備をしていた数人が何かが崩れるような音と唸り声を聞きつけ、その辺りに駆けつけると食糧や道具類をしまってあったテントが崩されていたのでした。そしてそのテントの奥の森には得体の知れない大きな影が蠢いていたのだそうです。
そして警備をしていた者たちとドワーフたちは恐ろしくなり、キャンプ地から引き上げてしまったのでした。
「なるほど、その様な事があったのですか」
「はい、そのキャンプ地は今もそのままで、新しい鉱山も作業が出来ずにいるんです」
「あの、大きな影って怪物を見たってことなんです?」
「いえ、夜でしたし森の中だったので、しっかりと見たわけではないらしいのですが、その影が森の奥に消えていったのを見たんだそうです」
「怪物なんているんですかね?師匠」
「どうでしょう?その場にいた者に詳しく聞いてみないとなんとも言えませんね」
「今まで怪物が出たなんて話しは聞いた事がなかったのですけど、あの山には古い祠も在りますし、鉱夫たちは祠の主が出たんじゃないかなどと言っております」
「ちなみに他の新しい鉱山はどうなっているのです?」
「いくつか新しい坑道を掘っているのですが、その山の鉱山だけ被害がでてまして、他の山ではその様な被害はないそうです」
「その祠は坑道の近くにあるのでしたよね?」
「はい、坑道の裏手に祠はあります。ですから鉱夫たちは祠の主が怒ってると言って怯えているんですよ」
「分かりました。まずは坑道付近の調査と祠について調べてみましょう」
僕たちは馬車に揺られ長閑な田園風景を抜け、木立を過ぎ更に北へ向かうこと一時間ほどすると麓の村のヅゥタに辿り着くのでした。
「こちらでの宿も手配してありますので、案内しますね」
村の入り口で馬車を降りた僕たちは、木で出来た簡易の柵に囲まれた村へと入って行きました。
入り口付近は先程の話しの通りに賑わっていて、たくさんの露店のテントが張られそこでは商店が開かれていました。ダグストンの話しにあった国外からの商会が仮店舗として村の外で営業をしているそうで、その奥にもいくつかのテントが張られ、出稼ぎに来ている鉱夫たちが寝泊まりしているのだそうです。
僕たちはそんな賑わいを横目に、ダグストンに連れられ村の中心にある繁華街を抜け街の外れに高台の建物へと案内されました。
「こちらの宿に滞在していただきますね」
田舎の村にしてはかなり大きく、王都とは違う文化と歴史を感じさせる佇まいで、二百年前の大戦から続く古い民家を改装したものだとダグストンは説明してくれました。
「これは立派な建物ですね。古いドワーフ建築様式ですか。村の長か豪商のお屋敷だったのでしょうか?」
「はい。なんでも二百年前の大戦で英雄たちと一緒に戦ったこの村の戦士のお屋敷で、その子孫がこの宿をやっております」
「へえ〜、それなら大戦にまつわる物とか、当時の話しとかを聞けそうですね。師匠」
「だと良いですねえ」
そんな話しをしながら僕たちは宿に入ろうとしました。
そして僕が宿の入り口をくぐろうとすると玄関に掛けられた暖簾から、ドワーフの男の子が飛び出してくるのでした。
「わっ!」
「ごめんなさーい!」
突然出てきた男の子と僕はぶつかってしまい僕は尻もちをつくいてしまったのです。
そして男の子は一言あやまり、そのまま走り去っていくのでした。
「こらーっ!ムウ、お客さまの御飯をどこに持ってくつもりだいっ!」
そして屋敷の中から、女の人の怒鳴り声が聞こえると中からドワーフの女の人が異国の服を纏い姿を現しました。彼女は先程の声の主で尻もちをついている僕に気が付くと、かけ寄り声をかけながら手を差し伸べるのでした。
「すいません大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
「はい、全然平気ですよっ」
僕は彼女の手につかまり立ち上がりながら答えました。
「お〜い、どうしたんだ?」
すると中からドワーフにしては大柄で屈強な体躯で女の人同様に異国の服を纏った男の人が暖簾をくぐり僕たちの前に現れると頭を下げるのでした。
「いらっしゃいませ。お客さまでしたか。ウチの坊主が騒がしくてすいません。元気が有り余ってるみたいで」
「お子さんは元気が一番です。幸い私の連れも怪我はありませんし、お気になさらずに」
「はいっ!子供は元気が一番ですからねっ!」
「ナブー君もまだまだ子供じゃないのかい?」
「そんな事ないですよー!ちゃんと師匠の助手を務めてるじゃないですかー!」
「そうでしたね。これは失礼しました」
僕たちがにこやかに会話をしていると、男の人がダグストンに気付いて声を掛けました。
「おう、ダグじゃないか?」
「やあマサ、女将さん。こちらは今日からお泊まりになるジャクリーヌ先生と助手のナブー君です」
ダグストンは屋敷から出てきた二人に挨拶をすると、そのまま僕たちを紹介するのでした。
「あれまぁ!?」
「いやいや、これは失礼しましたっ!お待ちしておりましたジャクリーヌ先生っ、お噂はかねがね聞いてます。いやぁ〜、先生の様にご高名な方に来ていただけると聞いて私どももとても楽しみにしておりましたよ。さあ、どうぞどうぞお入り下さい」
マサと呼ばれた宿の主人は僕たちの大きな荷物を奪う様に持ち屋敷の中へと入っていくと、女将さんも「どうぞ、どうぞ」と僕たちを屋敷へと促すのでした。
そして僕たちは宿の夫婦に連れられ、これからしばらくお世話になる屋敷へと入って行くのでした。
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