辺境鉱山の怪②
「列車って馬より早いんですよね?僕すごく楽しみですっ」
「途中で大きな橋もありますし車窓からの眺めはなかなか見ものですよ。それにお弁当もとても美味しいので買っていきましょう」
「やったー!」
「フフッ、相変わらずナブーは食いしん坊さんですわね」
マルタ商会の馬車に乗って一時間、王都中央にある王宮付近にある事務所から商業街を抜け、街の外側にある出稼ぎ労働者や貧困層の住居が立ち並ぶ下町を馬車は進んでいました。
馬車は商業街から続くきちんと舗装された大きな道を進んでいくと、僕たちの正面には下町に似合わない大きく立派な建物が飛び込んできました。
僕たちは王都アルスの東の端にある列車の駅に到着したのでした。
「師匠、すごく立派な建物ですよー!あれが駅ですよね!?おっきいですー!!」
「そんなに興奮して、列車に乗るのがよっぽど楽しみなんですね」
「はいっ、もちろんですよー!!」
馬車は駅前にある大きな噴水のあるロータリーを回り正面にある駐車場に泊まりました。
「さあ、行きましょう」
御者が踏み台を用意すると、僕と師匠は先に降りました。師匠は馬車から出てくるアイシャに手を差し伸べると彼女は馬車から優雅に降りてくるのでした。
「まだ時間はありますので、お昼のお弁当を買いに行きましょうか?私の方でお支払いしますのでお好きな物を選んで下さいね」
「は〜い」
僕たちは列車の中で食べるお弁当を買いに、駅の中へと入って行きました。
駅の中にはいくつかの商店があり、旅に必要な雑貨やお土産などが並んでいました。そして立ち並ぶ商店の中にはレストランもあり、そこではお弁当も販売していました。
「ねえ師匠っ、どのお店のお弁当にしますっ!?」
「そうですね。どこもとても美味しそうですねえ」
レストランの前ではお弁当が並べられ、とても良い香りが漂っていました。
「私のおすすめは、こちらのサンドウィッチですけど、ナブーではヘルシー過ぎるかしら?」
僕たちがお店の前で悩んでいると、列車から降りてきた二人連れの男の客が、店先に向かってくるのでした。
「いやぁ、久しぶりの列車の旅もいいもんだな。にしても朝ごはんを食べ損ねたから腹が空いてきたなあ。なぁルーシェ?」
「そうじゃな、何か腹ごしらえしてから城に行くかの。ベルよ」
「だな、なんにするかな〜?」
初老の一人は魔法使い風のシンプルな薄いベージュの生地に上品な刺繍が施されたローブを纏い、もう一人の若い男はとても上等な生地の異国の上下に師匠によく似た短いコートを羽織っており、僕たちの近くでレストランを選んでいました。
「やっぱり、牛すき焼きだな!甘辛のタレが最高だよなっ」
「相変わらず朝からすごい食欲じゃのう。昔からビビアンとベルはよく食べておったわい」
そして二人はレストランへと入って行きました。
「僕も牛すき焼き食べたいですっ!」
「そうね、確かに牛すき焼きは美味しいですわよね。旅の記念にこちらのお弁当にしましょうか」
「やったー!」
「アイシャさん高級品のようですが、よろしいのですか?」
「構いません。今回の件に関わる費用はマルタ商会で責任を持って承りますので、ご遠慮なさらずにお願いしますわ」
「すみません。お言葉に甘えさせて頂きます」
そして僕たちは弁当を買い列車へと向かいました。
駅の構内を奥に進むと、簡単な柵と幾つかの門がありそこにはそれぞれ駅員がいました。そして、その奥には何両かの列車が見えたのです。
「師匠っ!列車ですよっ、列車!!」
「ふふっ、そうですね」
僕と師匠は貰った券を駅員に見せると、駅員は判子を券に押すのでした。
「私たちはここまでですので、後はよろしくお願い致します。ラウームではマルタ商会のダグストンという者が迎えに参りますので、あちらでの事はダグストンに仰って下さい。では気をつけて行ってらっしゃいませ」
アイシャの見送りを受けながら僕と師匠は券に書かれた番号のホームと呼ばれる乗降場から王国東部の街ラウーム行きの列車に乗り込むのでした。
そして列車に続々と客が乗り込んでくると、僕たちの客車もすぐに満席になっていきました。
発車の時刻になり、ホームの駅員が慌しく列車の確認をすると汽笛の音がホームに鳴り響くのでした。
「いよいよ出発ですねっ」
「はい」
僕たちを乗せた列車はガチャンと始動するとその大きな躯体をゆっくりと動かしてどこまでも続く長い線路の上を走り出しました。
ホームを抜け、徐々に速度を上げながら列車は街を離れて行くと街の外にある畑の中を進んで行きます。
「すごーい!早いですよー!!」
僕が窓の外を眺めていると、畑では農具を付けた牛が農夫に連れられ土を耕していました。僕が手を振ると農夫も返してくれました。
そしてその向こうにある放牧地には群れになった馬たちが列車に合わせて走っていました。列車はそんな馬たちを置き去りにしてズンズンズンズンと走って行くのでした。
「ねえ師匠、列車ってなんで動いてるんです?」
「列車というのは私たち人や物を運ぶ乗り物の事なんですよ。そのほとんどが動力のある機関車にひっぱられて動いているんです」
「きかんしゃ?」
「機関車とは、正式には魔導機関車と言って魔鉱石を利用した動力機関の車の事です。ちなみに魔導機関はドワーフたちと魔導研究所が開発した物なんです」
「ドワーフって今から向かうラウームにたくさんいるんでしたよね」
「そうです。ドワーフはザイオン地方の種族ですからね。ラウームにはたくさん工房があって色々な工業製品を作ってます」
「魔導研究所ってなんですか?」
「魔導研究所は、大戦の後に出来たモノで、もともとはそれぞれの国で研究されていた魔法に関する知識などをまとめて研究する様にした組織の事です」
「へえ〜」
「大戦以降、それまで戦いに使われる事の多かった魔法や魔鉱石を一般の生活にも役立てる様に研究するのが目的で作られたのです」
「じゃあ、あの魔石も研究してたりするんですか?」
「はい、もちろんです。研究所には魔石の元になる魔晶石もあるそうですよ」
「列車を作ったり、すごいとこなんですね」
「そうです。魔族たちの使っていた古代の魔法の研究もしていますし、魔導技術の総本山と言えるでしょうね」
僕は列車に揺られ師匠にそんな話しを聞いていた時でした。
「グウゥ〜」
僕のお腹から、間の抜けた音が鳴り響くのでした。
「おやおや、ナブーの腹の虫が騒ぎ出した様ですね」
「えへへ」
「そろそろお昼ですし、お弁当にしましょうか」
「やったー!すき焼き弁当だー!!」
僕たちは昼食用に駅で買った弁当を取り出し包みを広げるとすき焼きの甘辛く香ばし香りが漂ってくるのでした。
「わあ〜、美味しそう」
艶のあるタレの絡まったお肉がご飯の上に綺麗に並んでいました。その横には同じタレで味付けされた人参などの野菜と鮮やかな黄色の卵焼きが添えられ、お弁当の箱はまるで宝石箱のようでした。
「師匠〜、人参あげます〜」
「ありがたく頂きましょう」
僕たちが弁当を食べ始めると、僕は列車は速度を弛めたのに気が付きました。そして外を眺めると列車は大きな渓谷へと向かうのでした。
「師匠あれ見て下さいっ!橋ですよ!大きな橋!!」
なだらかな弧を描くレールの先には切り立った渓谷が見え、そこには美しい逆アーチ型の大きな橋が架かっていたのです。
列車は渓谷に沿ってしばらく進むと大きな亀裂の狭くなった場所に橋は掛かっていました。ですがその幅は100mはある様に見え、橋は渓谷を跨ぎ悠然とそこにあったのです。
「師匠、こんな大きな列車が通って大丈夫なんですかね?」
「もちろんです。この橋はトラス構造と言ってとても頑丈に作られているんですよ」
「トラス構造?」
「そう、三角に構造材を組み合わせて橋に係る力を分散させる構造ですよ。まあそれだけではないのですけどね」
「ふ〜ん」
僕が師匠の話しを聞いていると、列車は橋に差し掛かるのでした。
橋の上から見える渓谷の景色はとても素晴らしく、はるか下を流れる川の水面はキラキラと輝き、荒々しい渓谷の景色と相まって、自然の雄大な眺めがそこにあったのでした。
「すごい眺めですね〜」
「なかなかお目にかかれる景色ではないですね。グレータス王国最大の渓谷と橋ですから、自然の偉大さを感じますよ」
「確かにそうですね。あれ?向こうで何かやってますね」
橋からの眺めを楽しんでいた僕は、ふと渓谷の向こう岸を見ると、何人かの作業着を身に纏った人たちが橋の側で作業をしていました。その中には背丈が他の人と比べて半分ほどしかないまるで子供に見える人がいたのです。
「なんで子供があんなとこで作業してるんですかね?」
「あれは子供ではないですよ。多分ドワーフです。そして大人に見えるのは巨人族ギガントですね」
「ギガント?」
「そおです。巨人族といって数は少ないのですが、橋や道路などの土木作業を中心に活躍している種族です。国内の大きな工事現場ではよく見かけますよ」
「そうなんですね。初めて見ました」
そして列車は、作業をしている彼らの横を通り過ぎていくのでした。僕が彼らに向かって手を振ると、彼らも手を振り返してくれるのでした。
「さあ、渓谷を渡ったのでもうすぐラウームに着きますよ」
そして間もなく列車は目的地の工房都市ラウームへと到着するのでした。
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