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花嫁代行サービス始めました  作者: 北峰
イングラム編
36/36

34 リオーネ・ダントン

「このような事態に巻き込んでしまってすみません」

 しばらくして戻ってきたカフスが、私の部屋に来るなり頭を下げた。

「ブランカさんは大丈夫なんですか?」

 あれだけ嫌味を連発していたのだから大丈夫に決まっているだろうが、念のためそう訊いてみると、

「はい……もともと体が弱い子でしてね」

 意外にもそんな言葉が返ってきた。

 ブランカの精神はかなり図太そうだったが、体の方は本当に弱いのだろうか。

「カフスさんはよく実家に帰っていらっしゃると聞きましたが、それもブランカさんのためだったんですか?」

「はい、そうです。クイール家には使用人もおりませんしね。子供の頃からブランカが熱を出すたびに私が世話をしていたんですよ」

「……もしかして昨晩もブランカさんの看病をされていたんでしょうか?」

「ええ、そうです」


 昨晩のブランカと言えば、ホーソンの恋人であるアイナに嫌味を言い放ち、さらにレイアの従姉妹であるリオーネにガンを飛ばしていたはず。とても元気いっぱいだったような気がするが。

 一つ言えるのは、リオーネがカフスにやたら甘えて、ブランカがずいぶん苛立っていたということだ。あれで嫉妬心を燃やして、仮病でカフスの気を引いたのかもしれない。

 これまでもたびたび熱を出していたというのも、もしかしたら兄を引き留めるための方便だったのではないだろうか。

 だとすると、リオーネや私に対して敵意を剥き出しにしていたのも合点がいく。

 すなわち――ブランカはただのブラコンの範疇にはないのかもしれない。


「危険なので、できるだけ一人行動しないようにしてくださいね」

 そう言うと、カフスは部屋を出ていこうとする。慌てて私は尋ねた。

「あ、あの、旦那様はどちらへ?」

「今日は一日書斎に籠もります。当主を引き継いで間もないので、いろいろな仕事がまだたくさん残っていましてね」

 疲労の残った顔に微笑を浮かべると、不意にカフスの手が伸びてきた。そのまま私に触れるかと思ったが、一瞬ためらったように手を止め、彼はそのまま引っ込めた。

 やはり偽物の妻には指一本触れないつもりなのだろうか。

 小さく笑うと、一つ息をついて彼は部屋を後にした。


 その後、すっかり遅くなってしまった朝食をとってから、私はリオーネの部屋を訪ねることにした。

 一人で行動するなと一応は釘を刺されていたので、部屋までの道のりはミアに同行してもらった。彼女を廊下に待機させて、私はリオーネの客室の扉を叩いた。

「あら、若奥様が自らいらっしゃるなんて、何のご用かしら」

「リオーネさんのお見舞いにと思いまして。ご気分はいかがですか」

「そうだったの。でも体を気遣ってくれるのなら、まずはその仮面を外してもらえないかしら」

 カフスから部屋の外では仮面をつけるように指示されていたのだが、そう言われては外すしかない。というよりすでに素顔をさらしているので、今さら仮面をつける意味があるのか不明ではあるのだが。

「……失礼しました」

 確かにかなり不気味な仮面を取って頭を下げると、リオーネは感心したような声を上げた。

「あなた、本当にレイアそっくりなのね。まったく生き写しだわ」

「そう……ですか」

 何しろ本人を再現した人形の体なのだから、そっくりで当然である。もちろんそれは口にはできないが。

「ええ、本当に。またあの子に会えたみたいな気がするわ。まさかあの子があんなに惨い死に方をするなんて思わなかったもの」

「もしかして、レイアさんが亡くなられたのをご覧になったのですか?」

「ええ、年末はお父様と一緒にこの家に来ていたの。伯父様が亡くなられ、ホーソンが出て行って、伯母様が寂しいだろうからって。お父様も、もともとはこの家で暮らしていたしね」

 これには私も驚いた。レイアが亡くなった日も、ホーソン死亡時と同じくこの父娘もこの家に来ていたのか。

 そうなると、レイア死亡時に現場にいなかったのはカフスとホーソンだけということになる。


「カフスさんは妹の看病とかで不在だったわね。あれだけ妻にべた惚れでも、妹には逆らえないのかしらね」

「夫婦仲は良好だったんでしょうか」

 私が尋ねると、リオーネはくすりと笑った。

「あら、前の奥様のことが気になる?」

 どうやら後妻が先妻に嫉妬しているとでも思ったようだ。実際には全く違うのだが、面倒なのでここはそう思わせておこう。

「そうね、周りが引くくらいカフスさんはレイアにべったりだったわ。だからこそ余計に妹さんが嫉妬したんでしょうね。しょっちゅう理由をつけて実家に呼び戻していたみたい。年末も夫婦で過ごさせたくなかったんでしょうね」

 カフスは私に対して全く無関心だが、本物の妻のことは相当愛していたようだ。だからこそ妹がいっそう嫉妬心を燃やしたのだろう。

「レイアを憎んでいたのはホーソンが一番だけど、その次くらいがブランカだと思うわ。カフスさんに近づく女はすべて敵だと思っているみたい。もちろん今の一番の敵はあなたでしょうけどね」

 確かにブランカは最初から私を敵視していた。いっそのこと事情を話してしまった方が楽かもしれない。実に面倒なことになった。


 気を取り直して、私は最も気になっていたことを口にした。

「あの、亡くなったホーソンさんはどんな方でしたか?」

 その名を聞いた瞬間、リオーネから表情が消え去った。

 唇を引き結び、彼女は驚くほど冷淡な声で短く告げた。

「あなたも昨日見たでしょう? あの通りよ」

 昨日のホーソンといえば、相続会議でわめき散らし、未亡人の従姉妹に言い寄り、恋人を殴りつけた、見事なまでのクズらしさしか見せていない。つまりあれが彼の本性そのものということなのだろう。

 私が言葉に詰まっていると、リオーネは面白げに尋ねてきた。

「もしかして私がホーソンを殺したと疑っているのかしら?」

「いえ、そんなことは……」

 ホーソンの恋人だったアイナは彼女を犯人呼ばわりしていたが、私はそんなことを言うつもりはない。だが、リオーネは疑いを晴らそうとするどころか、さらにこう口にした。

「私は子供の頃からホーソンが嫌いだったわ。私だけじゃない、この家であいつを嫌っていない者はいないわ。伯母様を除いてはね」


 リオーネが言うには、次期当主とみなされていたホーソンは幼少期から横暴で手が付けられなかったらしい。妹のレイアが殴られることも珍しくなく、そのため兄妹は邸内でも離れて育てられた。妹でさえそうなのだから、使用人に至っては逆らえないのをいいことに、折檻を受ける者が後を絶たなかったそうだ。

 この国では男児のいる家では男が後を継ぐのが当然の習わしだそうだが、その慣例を曲げてまで妹のレイアに家督を譲ったのは、それだけガンクスもホーソンの横暴ぶりを看過できなかったということだろう。

「正直、伯父様もレイアも、ホーソンが殺したんじゃないかと思っていたわ」

 リオーネはこともなげにそう告げる。

「でも、二人が亡くなられた日にホーソンさんは……」

「そうね。勘当されて家にはいなかった。敷地内に足を踏み入れることを禁止されていたのよ。嫌われすぎて、手引きしてくれる使用人もいないでしょうから、それは間違いないわね」

 もともと横暴で、普段から他人に暴力をふるうことの多かったホーソン。その彼が最も恨んでいたのは、自分を勘当した父親と、家督を奪った妹だろう。

 ホーソンには二人を殺害する動機がある。

 だが、二人の死亡時に彼は不在で、しかも父親は病死だった。

 そして何より、ホーソン自身が何者かに殺害された。

 この事件が連続したものだとしたら、ホーソンはその容疑者から外れることになる。


「それで、聞きたいことはもうおしまい?」

「え……?」

 リオーネの言葉に、私は虚を突かれた。思わず聞き返すと、彼女は唇に薄い笑みを浮かべた。

「お見舞いなんて口実で、本当は私を探りたかったんでしょう?」

「いえ、そういうわけでは……」

「ホーソン殺しの犯人を捜そうとしたって無駄よ。もし知っている者がいたとしても、きっとかばうはずだわ。事故で死んだということになって、あとは皆、口をつぐむだけ」

 リオーネはさらに笑う。

 その微笑はどこかいびつで、私は背筋に冷たいものが流れ落ちるのを感じた。

「この家は呪いの積み重なった檻よ。一度囚われたら呪いに身も心も蝕まれ、二度と出ることはできない。あなたも出ていくなら早い方がいいわ」

 くすくすと嘲るように嗤いながら、彼女は私の耳元でささやいた。

「――ねえ、レイア」

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