31 幕開けは雷鳴のあとで
その晩、本来は一同で会食の予定だったのだが、とてもそんな雰囲気ではないため、ばらばらに食事をとることとなった。
新婚である私たちは本来なら夫婦水入らずで夕食にするところだろうが、カフスは食欲がないとのことで、私一人で食べることになった。
カフスにいろいろ聞きたいことはあったのだが、仕方がないので給仕として残ったミアに尋ねてみることにした。
「この家の人たちはずいぶんと仲が悪いみたいね。昔からこうなの?」
「他のご家庭のことは存じませんが……イングラム家の皆様は以前から変わりありません」
ミアの説明によれば、ホーソンが父親に勘当されたのは3年前。彼が23歳の年に、跡継ぎには不適格として家を放逐されたのだという。
いい歳をしてろくに働きもせず、家の金で放蕩三昧する馬鹿息子に愛想が尽きたのだろう。また、その時すでにガンクスは鉱化症を患っており、余命がさほど長くないことを感じ取っていたせいかもしれない。
まとまった金を渡してガンクスは息子を追い出した。ホーソンはしばらくその金で遊んでいたようだが、それも尽きて実家に無心してきたのだという。
「はぁ……恥知らずねえ」
私は思わず溜息をついた。金を使い果たして実家におかわりをもらいに来るとは、厚顔無恥も甚だしい。
「それが昨年の10月のことでございます」
「え、それって父親が亡くなる直前じゃない!?」
私の言葉にミアは小さくうなずいた。
馬鹿息子が実家に金を要求しに来たのが昨年10月。そしてガンクス死去が11月、レイア死去が12月と続いている。
(――あの馬鹿息子、めちゃくちゃ怪しいんじゃないの?)
私は心の内でつぶやいた。
しかも、ガンクスが息子のおねだりを拒絶した時はかなり激しい罵り合いになったそうで、その怒声は屋敷中の者が聞いていたという。たとえ肉親でも――いや、だからこそ憎悪が燃え上がっても不思議ではない。
とはいえ、ガンクスは病死である。病死に見せかけた毒殺という可能性もなくはないが、この世界の毒や医療について全くわからないので、その線はとりあえず置いておこう。
しかしレイアはどう考えても自然死ではない。
ベッドの上で心臓を抜き取られた死体が発見されたというレイア・イングラム。
なぜ、そんな猟奇的な殺し方をする必要があったのだろう。
遺体に激しい損傷を与える場合は怨恨によるケースが多いとも聞くが、それだけ彼女が強く恨まれていたということなのだろうか?
「レイアさんを最初に発見したのは誰だったのかしら」
「……私でございます」
私のふとした疑問にミアは短く答えた。
「そ、そうだったの……ごめんなさい」
私は慌てて謝ったが、その後の言葉が続かない。
よく考えれば、第一発見者は夫か使用人のどちらかの可能性が高いのに、思慮が足りていなかった。彼女の敬愛するお嬢様の無残な最期を思い出させるなんて、悪いことをしてしまった。
「レイアお嬢様はこの部屋でお亡くなりになっておりました。朝、私が起こしに部屋へ入りますと……ベッドの上ですでに冷たくなっておりました」
「え……そのベッドがそうなの……?」
私が室内の奥の大きなベッドを指さすと、ミアはうなずいた。
「さようでございます」
とんでもない事故物件ではないか!
殺人現場のベッドをそのまま人に使わせる気なのか、カフスは。お金があるなら買い替えておけよ。
布団はさすがに新しそうだが、めくったら血痕が残っているかもしれない。
……見ないようにしておこう。
「その、レイアさんは心臓がなくなっていたと聞いたのだけど……」
本来ならこれ以上ミアに尋ねるべきではないのだろうが、一応はカフスの依頼が「レイアの死の真相を突き止めること」なので、やはり聞いておくべきだろう。第一発見者への聞き込みは基本でもある。
「はい。あれは獣の仕業ではないかと言われております」
「獣?」
「とても人間にできるような所業ではございませんでした。あれは獣に食い破られたのだろうと……窓も開いておりましたので、外から入り込んだのではないかということになりました」
それはつまり刃物などで刺して抜き取ったのではなく、動物の牙や爪のようなものでえぐり取ったような痕があったということなのだろう。
その状況を想像して、私はぞくっと震えた。
背中から刺された自分が言うのも何だが、生きたまま内臓をえぐり出されるなど、絶対に経験したくない
「どうかお休みになる際は、窓を必ずお閉めください。また同じようなことがあってはいけませんから」
そう告げたミアの頬が、にわかに光った。
それは突如差し込んだ稲妻を反射した光だった。そして少し遅れて雷鳴が響き渡る。
「あまり気になさらないでください。雷は近くの大木に落ちたことはありますが、お屋敷にいれば無事ですから」
「あ、うん、そうね……」
怯えたのは雷のせいではない。
どうやら本当にとんでもないところに来てしまったようだ。
結局、その夜は再びカフスと顔を合わせることはなかった。
新婚初夜だというのに完全に放置されたわけである。
もともと仮面夫婦の契約なのだから、当然と言えば当然である。律儀に偽の花嫁のところへ通ってきたレイオール伯爵の方がおかしいのだ。
一人寝には慣れているのでそれは構わないが、問題はこの事故物件も甚だしい寝室である。しかも夜中にいつまでも雷が鳴り響き、窓には強い雨が叩きつけている。
私自身がほぼ幽霊なのに怖がるのもおかしな話だが、やはりいかにも「出そう」な状況はかなり怖い。
そもそも自分の妻が猟奇的な死に方をしていたベッドに後妻を寝かせるか、普通?
もしかしてカフスがこの部屋に来ないのも、それが理由なのかもしれない。
だったら部屋を変えてくれ。これだけ広い屋敷なら空室くらいいくらでも余っているだろうに。
その夜は激しい雷雨のため、室外の様子はほぼ何もわからなかった。
だから翌朝、嵐が去ってすっかり静かになったため、屋敷がにわかに騒がしくなったことに気づいたのだ。
私がベッドから起き出すと、ちょうどミアが入ってきた。
「何だか外が騒がしいみたいだけど、何があったの?」
そこで私はようやくミアの顔が青ざめていることに気づいた。
彼女は少し声を震わせて、短く告げた。
「――ホーソン様が亡くなられたのです」




