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花嫁代行サービス始めました  作者: 北峰
レイオール編
12/36

12 二人の夜

 たとえ小さな町でも、あちこち見て回っているうちに空が薄暗くなってしまった。

 麓の村には翌朝向かうことにして、今夜はこの町で一泊することにした。

 しかし小さな町ゆえに馬を連れて泊まれる宿屋がろくになく、硬いベッドが一つあるだけの狭い宿しか取れなかった。


「すみませんね、僕が寄り道したばかりに」

「いえ、大丈夫です! ベッドは使ってください。私は寝なくても大丈夫ですから!」

 何か言われる前に、私は鋭く牽制した。

 先日迎えたばかりの初夜と同じ状況に陥ってしまったが、今度は同じ轍を踏むまいと私は固く決心している。

 ――もう、「同衾」はすまい。

 あんなに緊張する夜は魂に悪影響を与える。

 幸いにもレイオール伯と違って、ナナキは私が眠る必要のない霊体だと知っている。だからベッドはナナキに譲って私は不寝番を勤めようと思ったのだ。

 だが、ナナキは首を縦には振らなかった。

「確かに人形の体は睡眠を必要としませんが、魂は疲労するんです。君もしっかり休まなくてはいけませんよ」

 その言葉と同時に、私の体はふわりと持ち上げられた。

 拒む暇もなく、私は狭くて固いベッドに寝かされていた。

「――ちょっと、ナナキさん!?」

 寝具は薄い毛布一枚しかない。それを掛けると、ナナキは私の体を背後から包み込むように抱き寄せた。

「こうしていれば少しは暖かいでしょう」

 六月とはいえ、山間部の夜はまだ冷える。だから身を寄せ合って眠った方が暖かいのは確かである。

 だが、問題はそこではない。


 レイオール伯とは一夜を共にしたと言っても、広いベッドの端に離れて眠っていたし、彼が私に触れてくることはなかった。それでも布団を通じて伝わってくる体温に一晩中緊張を強いられていたのだ。

 なのに、今はゼロ距離でナナキの温もりを直に感じてしまう。

 ――この体は仮初めに過ぎず、その姿も自分のものではない。

 頭ではわかっていても、肌に伝わる温かな感覚が私の鼓動を早め、体の熱をいっそう高まらせていく。


 不意に、私の体を抱き止めていたナナキの腕が動き、その指先が胸元にのばされた。

 ――鼓動が早鐘のように打つ。

 あるはずのない心臓が破れそうなほどの動悸。

 抗おうにも指一本動かせず、私はただ身構えることしかできなかった。

 だが――その指先がとらえたのは私の素肌ではなく、胸元にかけられた冷たい石だった。


「着けてくれているんですね」

 ナナキが指先で転がすように弄ぶのは、彼がくれた魔除けのネックレスだった。

「だって、常に身に付けているようにって……」

 ――自分が言ったんじゃないか!

 叫ぼうにもそれ以上声が出せない。

 これはナナキの召喚術師の力なのだろうか?

 それともただ、緊張と焦燥で思うように動けないだけなのだろうか?

 自分ではわからない。

 ただわかっているのは、どうしようもなく体が熱くなっているということだけだ。


「――ミツキ」

 耳元に熱い吐息がかかり、私はびくりと体を震わせた。

 視界がぼやけるのは、急激に上がった熱のせいで、うっすら涙が浮かんでいたからかもしれない。

 呼びかけると同時に、ナナキは腕の中で私の体をくるりと反転させた。


 小さな窓から差し込む月明かり。

 台に置かれたままの手燭のゆらめく炎。

 仄かな光だけが照らす宵闇の中、ナナキは私の目をまっすぐに見つめていた。


「君には、僕がどう見えますか? 僕は――何色ですか?」

 予想外の質問に、私は大いに戸惑った。

 彼は急に何を言い出すのだろうか。

「い、色……? あの、髪も肌も白くて、目が赤、だと思うんですけど……」

 混乱しながらも見たままを伝えると、薄闇の中でもはっきりわかるほど彼は表情をほころばせた。

「そうですか。やはり君は――……」

 急速に声が遠ざかり、その先は聞こえなかった。


 ――そういえば、この世界で初めて本当の名前を呼ばれた気がする。


 そんなことを思いながら、私の意識は闇に囚われ、いつの間にか深い眠りについていた。

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