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東の城が落ちた  作者: 中山ヨウスケ
 第一部  アストラン陥落
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08  先遣隊の集い

 騎士ヘンク・メルテンスは、驚きを隠せなかった。外庭周辺の警備を終え、王のいる広間に戻ってきたら、騎士が何人か倒れていて、女が一人、堂々と笑っているではないか。


「王様、答えを教えてくれよ。僕は先遣隊に入って良いのかい?」


 やけに上機嫌なあの女は誰だ? ヘンクはしばらく戸惑っていたが、この女の言動を聞く限り、どうやら先遣隊に関する事柄のようだ。


「やっと、やっとまともな先遣隊員が現れおった。あと三人だあと三人! さっさと集めてこんかい!」


 なるほどあの女、先遣隊に入って身分をかっさらうつもりだ。王陛下の言葉を聞いて、ヘンクはすぐに合点がいった。


「みんな名前を覚えてくれよ! カルメン・スタッカートン、貧民街じゃ『男根潰し』の通り名がよっぽど有名だけどね!」 


 女が笑いながら自己紹介をする。さっきまで何があったか知らないが、少なくともこの女と関わるべきではない。そう思ったヘンクは、潔く広間から身を引こうとした。しかしながら王陛下は、そんな彼を見逃しはしない。


「おいそこの騎士、なに扉の前で突っ立っておる!」そう言って王はヘンクに声をかけた。「さっさと探してこんかい、先遣隊にふさわしい人間を!」


「な、王陛下、私はあくまで宮廷騎士団所属の騎士でございます。そのような雑務は執事にでも……」


「そんなもん知らん! とにかく探してこい! それ以上断るとお前も先遣隊に入れるぞ!」


「そ、それは……」


「入っちゃえば?」王とヘンクの会話に割り込んできたのは、空気の読めない男根潰しだった。


「馬鹿言うなお前、何の事情も知らないくせに割り込んでくるな!」そう言ってヘンクが女剣士に食ってかかる。


「あっそう? でも今は僕の方が偉いんだよ? だって先遣隊だもん。ねえ王様?」


「……いやまあ、お主がそう言うなら、そういう事にしてやってもいいが」


「ね? ほら騎士さん、君も先遣隊に入る? それとも僕の餌食になる?」


 女が腕を頭の後ろで組んで、キャッキャと鳥のさえずりのようにあざ笑う。ヘンクは目にもの見せてやろうと、腰にある剣に手を掛けた。しかし脳裏をよぎったのは、倒れている騎士たちのことだ。奴らもきっとこの女にしてやられたのだろう。今は落ち着くべきかもしれない。騎士の勘がヘンクにそう言っていた。


「……分かりました。先遣隊の命とあらば、わたくしヘンク・メルテンス、喜んで隊に入ってさしあげましょう」ヘンクは恥辱をこらえながら、生意気な女に立て膝で敬意を示した。


「理解の速い騎士だね、少しは見直したよ」女がそう言ってヘンクを見下す。


「ところで、お主まさかメルテンス家の出身なのか? 今ヘンク・メルテンスと名乗ったが……」王陛下がそう言ってヘンクを見た。


「ええ、その通りでございます」ヘンクは軽く会釈した。さっきまでと違って、立て膝にも敬意がこもる。


「そうかそうか! だったら剣の腕前は訊くまでもないな!」そう言って王は愉快に笑った。


「もちろんですとも王陛下。こんな無礼女、あなたの御前でなければ私が瞬く間に切り刻んでいたでしょう」


「ちっ、お前貴族の騎士なのかよ。偉い奴は嫌いだけど……まあいい、王様がそう言うんだ。認めてあげるさ」女剣士は舌打ち混じりにそう言った。


「おいお前……カルメンと言ったか? お前はまずその舐め切った言葉遣いを今すぐ正せ! ここは王の御前だぞ!」


「あれれ、上司に逆らっていいの?」


「何を言う! 私も先遣隊に入った今、身分は同等だ!」


「あっ、そう言えばそっか。ごめん」そう言ってカルメンがそっぽを向いた。


「……思いのほか素直な奴だな。まあ、分かればいいんだ、分かれば」


 さあ、先遣隊もいよいよ人が揃ってきた。打って変わってご機嫌の王は、これよこれよと言わんばかりに、満面の笑みで王座に座る。


「あっそうだ、ところでヘンクくん。君に一つ頼み事がある」何を思い出したのか、王が足をぶらつかせながら体を前に乗り出した。


「なんでしょうか王陛下。なんなりとお申し付けくださいませ」そう言って立膝をしたまま、ヘンクは王に頭を下げる。


「もう一人、外庭から先遣隊に丁度良さそうな奴を見つけて来てはくれんか。そこそこ屈強そうであればいいから、丁度いい人材を。一人でいいんだ、一人で」王陛下はそう言って人差し指を立てた。


「お言葉ですが王陛下。先遣隊の人員は、もう少し慎重に選んだほうが良いのではないでしょうか」


「いやまあ、その言い分は分かるんだけども、私にも色々事情があるんだよ」


「と言いますと?」


「あんまり言いたくはないが……こんなに大々的に茶会を開放してしまった今、先遣隊が集まらなかったでは済まされないのだよ」


「それはつまり、意地でも茶会終了までに先遣隊にふさわしい人間を見つけてこいと」


「そういうことだ。さっきダグラスくんが、ヘレナ・フランセルと言うシスターを先遣隊に勧誘していると言っていたから、あと一人いれば人数も丁度よくなる。どうだ、引き受けてくれんか?」


「……分かりました。国王がそうおっしゃるのなら、断ることは出来ますまい」


「すまないね、ヘンクくん。メルテンス家には助けてもらってばかりだ。我ながら恥ずかしいね」王陛下はそう言ってくしゃっと笑った。


「いえいえ、当然のことをしたまででございます。むしろ王陛下の役に立てて、至上の喜びに包まれております」律儀なヘンクはそう言って、再びぐっと頭を下げた。


 さて、こういう流れがあって、この真面目な騎士が裏庭で盗賊の総長と鉢合わせるわけである。どうして騎士ヘンクが、あんなにも強引に賊長ドレイクを勧誘したのか、一部の読者は不思議に思っていただろう。しかしその裏には、王陛下の勅命によるこんなごたつきがあったのだ。そこそこ屈強そうであればいい――王陛下も王陛下で、意外と雑なお方である。



   ◇◇◇




 ごたついていた広間とは違って、外庭はいたって落ち着いている。執事と貴婦人、それに爵位を持った貴族たちが、ティーカップ片手に談笑しているためだ。だれも広間で五人倒れているなんて知らないし、盗賊の下っ端がありったけの金品を盗んでいったことにも気づかない。それはこの陽気な少女、ハンナ・アリエッタにも言えることだ。彼女は紅茶に興味がないらしく、さっきからヘンクを探すのに大忙しだった。ついさっき都でヒッチハイクをしたら、目つきの悪い男と相乗りする羽目にあったが、そんなこと今はどうだっていい。だって茶会に来れたんだもの! この少女、どうやら宮殿の催しには目がないようだ。


 一体ヘンクはどこにいるの? 少女は慌てて外庭を探したが、そんなことを心配する必要はない。何せこのあとすぐ、外庭の中央、宮殿玄関の正面にある式典用のステージに、君を思う一途な男が登壇するのだから。器楽隊が威勢のいい音で入場曲を演奏すると、外庭は一気にざわつき始めた。午後五時、日は地平線近くまで沈み、遠くの空はもう鮮やかなオレンジ色である。豪華な演奏の後、一番に登壇したのは王陛下で、彼は大声で次のように宣言した。


「パルメア王国の民よ! 我らを侵略から救いし五名の先遣隊が、いよいよここに集った! 皆敬意を示したまえ! アストランへ向かう勇敢な五名の戦士である!」


 王陛下の言葉を受けて、先遣隊の五人が一斉に姿を現した。どうやら全員緊張の面持ちで、シスターであるヘレナ・フランセルに至っては、人前が苦手なのか赤面している。


「順番に紹介しよう。左から、軍部大臣、ハーバーマス・ダグラス!」


「紹介にあずかり恐悦至極に存じます。僭越ながら先遣隊の隊長を務めさせていただきます、ハーバーマス・ダグラスです。まあ、ここにおられる方なら皆さんご存知だとは思いますが」


「次は女剣士、カルメン・スタッカートン!」


「女ってつけるのはよしてくれよ。それと、さっきから思ってるんだけど、なんでここはこんなに香水臭いんだ? ぷんぷん甘い香りがして吐きそうなんだけど」


「……おっと皆さんご静粛に。彼女はちょっと難しい子でね。まあ優しい目で見てやってくださいな。気を取り直して次の紹介に移りますよ。ヘレナ・フランセル!」


「こ、光栄です! こんな、盛大に、祝っていただけて……ひ、東の修道院で、シスターをやらせてもらってます、ヘレナ・フランセルです。よろしくお願いします!」


「はい次! 自営業! ドレイク・ハーランド!」


「なんだよ、あの騎士に無理やり連れてこられたと思ったら……ていうか自営業はないだろ自営業は。一応盗賊の首領だぜ?」


「いいから犯罪者は黙っとれ……さあ最後に紹介するのは彼、ヘンク・メルテンス! 宮廷騎士団所属の騎士だ!」


「ヘンク・メルテンスと申します。先遣隊として任を受けた以上、命を懸けて愛するパルメア王国に尽くす所存です。以降どうかお見知りおき――」


「ヘンク!?」


 突然少女が叫び出す。ハンナ・アリエッタは無意識にその名前を叫んでいた。それもそのはず、探していた名前なのだ。でもどうしてヘンクが先遣隊に? 状況を呑み込めず、その場であたふたする彼女。そんなハンナの慌てようを、ヘンクが見逃すわけがない。


「ハンナ!」すぐさま彼女を見つけたヘンクは、ステージの上から飛び降りた。「びっくりしたよ。来てたんだね」


 外庭中央、芝生の上で、ヘンクは彼女に駆け寄った。先遣隊に入った騎士は、意中の相手を目の前に、分かりやすく顔を赤らめる。


「ねえどういうことヘンク! 先遣隊って……」事態を飲み込めないハンナが、そう言ってヘンクを見つめる。


「王陛下がおっしゃった通りだよ。先遣隊に入ることになったんだ」


「そんな……じゃあしばらく会えないの?」


「そうなるね。急に心配かけてごめんよ……寂しいのか?」


「当たり前じゃない! ヘンクがいなかったら、私屋敷で一人ぼっちよ!」


 ハンナがじわっと涙を浮かべた。顔をぐしゃっと歪ませて、一途な少女は鼻をすする。一方周囲の貴族たちは、二人のメロドラマに釘付けのようだ。日ごろから男っ気に飢えている三十路の貴婦人なんて、嫉妬で顔が鬼の形相だ。


「あのさ、今まで黙ってたけど……」一体何を思ったのか、突然ヘンクがハンナを見つめた。


 普通、恋する男に見つめられれば、どんな乙女も照れ臭くなるものだ。だが涙で前が見えないハンナは、それでもなお子供みたいに泣きじゃくっている。茶会のために、そして何よりヘンクのために、初めて挑戦した不器用な厚化粧も、この時ばかりは気にしていられなかったようだ。


 ――ヘンクは何も言わず彼女にキスをした。それは一瞬の口づけで、でも彼女を泣き止ませるには充分だった。ようやく実った愛のさなか、沈みかけた赤い太陽が、二人の影を芝生に描く。可憐な宮殿の外庭は、一瞬静寂に包まれた。真っ赤に燃える空を背景に、二人の唇がようやくお互いを知るのである。キスの後、二人はしばし見つめ合い、その間は庭の観衆もずっと黙っていたと言う。


 さあ、いよいよ準備は整った。待ちに待った先遣隊の結成である。メロドラマ好きの諸君には申し訳ないが、物語はここからが本番だ。生まれ育った背景も、貫いてきた信念も、ここに来た理由も、全く違う五人の集まり。一体全体どんな危険が、彼らの旅路を襲うというのだろう? 命運分かつ出発は、驚くことに明日である。さあ覚悟を決めるのだ。どんなにあがいても、時間だけは待ってくれないのだから。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 王様適当スギィ! ……ふざけました、すいません。 登場キャラの癖が物凄く強くて、見ていて面白いです。カルメンの戦闘シーンも鮮やかでテンポが良く魅入りました。 物語の本番はこれからでしょう…
[一言] 昨今のなろうでは珍しい正統派タイトル。 8話まで読み、登場人物がある程度出てきましたが、頭に入ってきませんでした。同時に読みにくさも感じました。 私の想像力不足かもしれません。。。
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