62 英雄たちの帰還
王都パルアカントは静かだった。王の死が全土に知らされた今、人々は失意の底である。雨はそれほど激しくないのに、街が静かなせいで雨音がやけに激しく感じられた。人出はほとんど見られない。石畳の街道は水に濡れ、馬車が走るとバシャバシャ音が鳴った。
先遣隊を乗せた馬車が、ようやく王都にやって来た。しかし歓声は聞こえてこない。耳に届くのは雨音ばかりである。人々は王の死に気を配っているため、むやみやたらに歓迎はしないのだ。先遣隊はそのまま王都の中心に向かい、見覚えのある宮殿の外庭へとやって来た。そこに広がる芝生の緑は、あの日、先遣隊が初めて顔を合わせた茶会の時に、彼らを囲んだ緑である。
馬車は宮殿の正門前に止まった。それと同時に、中にいた先遣隊がゆっくりと荷車から降りてくる。彼らは移動の疲れをぐっと堪えて、宮殿の芝生に足を付けた。
「なつかしいね」カルメンが言った。
「あっと……茶会をしたところか?」ドレイクが辺りを見回して言う。
「覚えてないの?」
「いや、さすがに覚えてるさ。ただ、ちょっと感慨深くってね」馬車の中で眠っていたのか、ドレイクはそう言って大胆にあくびをした。
「みんな、私についてこい」そう言ってダグラスが先遣隊を手招きする。「疲れている所だとは思うが、ベッドまであと少しだ。ここからは私が案内するよ」
「ほう、やけに詳しいな。ここで仕事でもしてたのか?」気になってドレイクが訊く。
「ああそうとも。王陛下と一緒に、よく庭の手入れをしたものだよ」
「そうか。だとしたら、なおさら今回の訃報は辛かっただろうな」
「そりゃそうさ。私は王陛下のことを心の中から尊敬していたし、逆に王陛下は、私の事を大変高く評価してくれた。だからこそ……」
ダグラスが不意に言葉を止めた。きっとこれ以上王の死について語るのは、彼の心に堪えるのだろう。ダグラスはそのあとうつむいて、黙ったまま先遣隊を引き連れて行った。
宮殿の広間は壮観であった。大理石を基調とした白い壁に、金細工や絵画が所狭しと飾られている。そのどれもが美しく、あらゆる装飾が目を引いた。先遣隊が中に入ると、遅れてカブラとメリッサもやって来る。彼女たちは一足先に王都へ帰還していたのだが、先遣隊が戻ってくると聞いて、慌てて宮殿に駆けつけたのである。だがメリッサに関しては、少々不安が残っている。数日前、ポルモートでの赤竜討伐作戦にて、彼女はかなりの重傷を負っていた。一時は死さえ覚悟したが、治癒術師の懸命な助力により、間一髪息を吹き返したのである。しかしまだ全回復には至っていない。甲冑に包まれた彼女の体は、今も包帯でぐるぐる巻きにされている。
「やっぱ王都の宮殿が一番だね!」先遣隊の後ろに立つカブラが、そう言って隣にいる姉を見上げた。
「残念だが、私にとってはそれほど馴染みのある場所じゃないんだよ」
「そっか、お姉ちゃんはいっつもポルモートにいるもんね。私はさ、普段王都の研究所にいるから、ここの宮殿にもずいぶんお世話になったんだよ? サリーおばちゃんに会ったのもここだったし!」
「カブラ、ちょっと静かにするんだ。わめいていいような状況じゃない」
「ごめん……」それまでご機嫌だったカブラは、一気に体を委縮させた。
いつもと変わらない二人をよそに、先遣隊は議長グラナスと面会をしているところだった。本当なら盛大な歓迎会が催されるはずだったのだが、王の死を受け、出迎えは至極簡素な形へと変えられている。
「ダグラス……よく戻って来たな」全身燕尾服の議長グラナスは、そう言って軍部大臣と握手をした。その顔にはうっすらと白い髭が生え、数本の皺が深い威厳をもたらしている。
「お前こそ、ちゃんと仕事はしていたのか?」心配性のグラナスを慮り、ダグラスはほのかに笑って見せた。
「馬鹿を言わないでくれ、私が仕事をおろそかにするわけないだろう。それよりもだな、君が突然旅立って以降、こっちは仕事が増えて大変だったんだぞ?」
「申し訳ない、迷惑をかけたな」
「落ち込まなくていい。ダグラスだっていつも以上の仕事をしてくれたじゃないか。アストランまで行ってきたんだろう? 私には絶対出来ない仕事だよ。部屋にこもって文書ばかり書いているからね」
「それが出来れば議長としては充分だろう」
「いい事を言ってくれるね」グラナスは愉快に笑う。しかし次の瞬間、彼は思い出したかのようにこう言った。「そうだ、先遣隊の皆さん。皆さんには、国葬についての情報をいくつかお伝えしなければいけません」
「それもそうだな……」さっきまで笑っていたダグラスが、国葬という言葉を聞いて再び顔をうつむかせた。
「私がみなさんを応接間に案内しますので、どうかついて来てください。後ろにいらっしゃる女性お二人も、ご一緒に」
「え? 私のこと?」そう言ってカブラが自分を指さす。
「そうです、あなたと、あなたの隣にいる背の高いお嬢さんです」そう言ってグラナスが、甲冑を着たメリッサと目を合わせた。
「お気遣いありがとうございます」議長直々に案内を受け、メリッサはとっさに一礼する。それと同時に律儀な彼女は、隣にいたカブラの頭をがっしり掴むと、無邪気な学者に無理やりお辞儀をさせた。
その後、先遣隊と姉妹の六人は、グラナスに連れられ宮殿二階の応接間に案内をされた。扉を開いて中に入ると、奥にある唯一の窓には、白いカーテンがかかっている。グラナスは一番に部屋へ入ると、そのカーテンを素早く開けた。しかし外が雨のため、差し込んでくる光は皆無に等しい。
「どうぞソファに座ってください。本当ならば長旅の疲れを癒して頂きたいところですが、どうしても説明をしろと言われておりますので」
「構わないよ」ソファアに座ったドレイクが、そう言って背もたれにぐだっと倒れた。
「まずは自己紹介をさせてください」窓の前に立ったグラナスが、自分の胸に手を当てる。「わたくしは、王国貴族院の議長を務めている、グラナス・ロージックと申します。これからは皆さんと共に過ごす時間が長くなると思うので、どうかお見知りおきを」
「そんな、議長って言われてもねえ。俺にはあんまりよく分からんな……」ドレイクがぼそっと本音を漏らす。
「まあ、普通はそんなものですよ。最近は帝国との戦争が始まって、議会も軽視されてますからね」
「あんたも大変なんだな」
「そんな、お気遣いはいりませんよ。私は与えられた仕事をこなすまでですから」
「ふうん……それで、国葬の話ってのは?」ドレイクが首を傾げる。
「そうですね、その話をしましょうか……」グラナスは一度言葉をつぐみ、そのあと抑揚のない冷静な声で言った。「皆さんもご存じかとは思いますが、先日王陛下が崩御されました。その国葬が、明後日に執り行われます。皆さんにはそれに参列して頂きたいのです」
「もちろん構わないよ」そう言ってダグラスが、議長グラナスにそっと微笑みかける。
この場にいるほとんどの人間は、どうやらグラナスの話を真面目に聞いているようだった。しかしカルメンに限っては、さっきからずっとうたたねをしている。何度が首をカクっと落とし、ハッとなって目を開けていた。それを見かねた騎士ヘンクが、眠るカルメンを肘でつつく。
「起きろカルメン、大事な話だぞ」
「眠いよ……」
「頑張れ、もう少しでベッドに入れるんだから」
ヘンクの言葉を受けて、カルメンは大きくあくびをする。眠い目を何度かこすり、彼女はその場で大きく体を伸ばした。
「それと……」眠そうなカルメンを横目に、グラナスが再び口を開く。「突然で申し訳ないが、ダグラス。君はあとで、私の部屋に来てくれ。二人きりで話がしたい。『手記』の話、と言えば、分かるな?」
「手記?……まさか、グラナス――」一体何を思ったのか、ダグラスが突然挙動不審になった。
「……安心するんだ。ここで話すなんてことはしない。あとで二人きりになろう。詳しい事はその時に話すさ」
そう言ってグラナスは、なぜか長いことダグラスをじっと見つめた。




