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東の城が落ちた  作者: 中山ヨウスケ
 第四部  王都事変
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61  護送車にて

 王の危篤が伝えられてから数日間、王都パルアカントの住民は黒い服を嫌った。黒い服は弔いを意味するために、人々はそのような服を縁起が悪いと見なしたのだ。まだ王陛下が死んだと決まったわけではない。だからこそ、王陛下の存命を信じる者は、決して黒い服を身に着けはしなかったのである。


 では、実際のところ王陛下は現在どのような病状にあるのだろうか。実は、それを知っているのはごく限られた人間のみであった。当然、貴族院の議長であるグラナス・ロージックもそのうちの一人である。彼は先日から国葬の準備で忙しかった。言わずもがな、国葬の準備が進行しているということは、王陛下がすでに亡くなっているということだ。そう、それはちょうど五日前のことであった。その日王陛下は、臣下の男に執務室の机で突っ伏しているのを発見され、その三時間後にはそっと息を引き取ったのである。そのとき王と一緒にいたのは、涙に濡れる陛下の妻と、それを傍から見守るグラナスだけであったと言う。


 ではなぜ、王の死が未だ機密事項になっているのだろうか。それは混乱を起こさないためである。王の死は言わずもがな王国の緊急事態であり、民衆に知れ渡れば王都は混乱に陥るだろう。そうすると、帝国がパルメアに攻め入る理由も増える。要するに、グラナスを始め宮廷の上層部は、混乱に乗じた帝国の侵略を警戒していたのである。


 だが本日、王の死からすでに五日が経ったこともあり、ようやく国葬の見込みが立った。ここまでくればもう隠しておく必要もない。むしろ、葬儀関係の発注が宮廷から出されたことで、王の死はほとんど明るみに出たも同然だった。最終的に今朝の会議で、王陛下の死を一般に知らせることが決定された。同時に国葬の開催が三日後となり、その参列者は王陛下と関わりがある者に限定される運びとなった。




   ◇◇◇




 王の崩御が発表されたその日、カブラ・へオンは王都を進む馬車の中いた。お気に入りの学術書を脇に抱えて、彼女は向こう側の座席に乗る一人の男に目を向けている。頬にひげを生やしたその男は、手を縄で縛られたまま、馬車の揺れと共に体を上下に揺らしていた。カブラは馬車の進行方向とは逆向きに座り、正面にいる猫背の男を物珍し気に眺める。彼女は出来ればもう少し近くで男の表情を伺いたかったのだが、男とカブラの間には金属製の鉄格子があるため、その好奇心もすんでのところで遮られてしまっていた。


「えっと……ベック・リーザックさん、だっけ?」手元の書類を眺めながら、カブラが小声で言った。


「ああそうだ」そう言って男が顔を上げる。全体的に灰色を帯びた彼の顔は、触ったらチクチクしそうな黒い髭に覆われていた。


 王都郊外の監獄を出発した馬車は、街の中心にある中央収監所に向かっていた。小窓しかない狭い馬車のため、日中にも関わらず日光はわずかしか入ってこない。そのせいで男の顔は彫りが際立ち、どこか不気味な雰囲気を醸し出していた。


「おじさんさ、もっと笑いなよ。そんな顔してると、幸せが逃げちゃうよ?」男の暗い顔を見て、カブラがすかさず陽気に言う。


「お気楽なガキだな」五十代と見られるその男は、柵の向こうで顔の右半分だけに笑みを浮かべていた。「囚人に幸福もクソもないさ」


「……まあそれもそうかもね」そう言ってカブラが再び書類を眺める。どうやら男の反応が気に入らないらしい。


「その紙に何が書いてあるんだ?」そう言って男は、カブラが持っている紙を物珍しげに見つめた。


「そんなの、おじさんのことに決まってるじゃん。すごいよね、もう二十年も監獄にいるんでしょ? カブラそんなことされたら、気が滅入っちゃいそうだけど」


「んなもの滅入るに決まってるだろ。お気楽な学者とは違うんだ」


「ふうん。でも帝国の捕虜はさ、重要な参考人なんだよ?」


「ほう、ということは拷問でもするのか?」


「どうだろうね。偉い人はするかもだけど、カブラはそんなことしないよ? 帝国のことが知りたいだけだもん」


「そうかそうか、話の分かるガキだ。気に入った」男はそう言って不敵に笑った。細々とした陽光を受け、笑みの不気味さに拍車がかかる。


「なんでおじさんが移送されてるか、知ってる?」カブラは書類から顔を上げて、そのままちょこんと首を傾げた。


「知らないね。何も聞いてない」


「そう、だったら私が説明してあげる。実はね、おじさんは捕虜の中でも特別な存在なんだよ? 私たち学者はおじさんに色々訊きたくてしょうがないの」


「それはあれか、俺が帝国の兵学校を出た偵察兵だからか?」


「まあ、平たく言えばそう言う事だね」


「ふうん。まあ俺は意外と口が軽いからな。好きな事を聞きな。嬢ちゃんになら教えてやるよ」


「ありがとー! うれしいよカブラ! じゃあ早速聞いちゃうけど、おじさんはいつパルメア王国に来たわけ?」


「ずっと前さ」馬車の揺れに身を任せながら、男は顔を左に向けた。そこにはちょうど小さな丸窓があって、その向こうには静かな王都が広がっている。


「どうしたの? 外なんか見て」


「ずっと牢屋の中にいたから、外の世界が気になるのさ」手を縛られた罪人の男は、そう言って右目を窓にぐりぐりと押し付けた。「へえ、案外いい街じゃないか。俺が来た頃はどこも貧民街だったのに」


「そう。んでいつ来たの? パルメア王国に来た時のこと、もっと聞かせてよ」話の続きが気になるのか、カブラはそう言って目を輝かせる。


「そんなこと言われてもねえ。今になっちゃ自分の歳も分からないんだ。いいか、俺はな、ガキの頃帝国で見知らぬ男に拾われて、そのまま偵察兵になったんだ。当時は仲間もいたがなあ……この国に来てすぐ、ある奴が俺を売ったのさ」


「へえ、大変だったんだね」


「そうさ、大変だったとも。分かるかこの気持ち? 信頼していた仲間に、突然自由を奪われるんだ。気づいたら牢屋の中さ。叫んだって誰も助けになんざ来ねえ」


「……ていうことは、結局偵察は上手くいかなかったんだね?」


「まあそう言う事だ。俺らはな、この国に侵入してすぐパルメアの兵学校に入ったんだ。そんで上手いこと出世して、この国の要職をかっさらうつもりだった」


「ふうん。何かよく分かんないけど、とんでもないことを考えてたんだね」


「ああそうさ、全て魔術復権のためなんだ。あんたらに帝国の事情は分からないだろうし、もちろん俺も最近の帝国がどうなっているかは知らない。だがな、何がともあれ俺が帝国にいたころは、どこも革命の真っ最中だったんだ。だからこそ魔術師にも力が必要だった」


「革命?」


「それも知らないのか……いいか、革命ってのは蒸気革命のことだ。どっかの誰かさんが、とんでもない仕組みを発明したのさ。何でも動かす魔法の力ってやつだ。いや、魔法の力って言うのは正しくないな。ありゃ科学ってやつの力だ。もちろん俺は詳しいことなんて知らんが」


「うーん、その蒸気革命ってやつも気になるけど、魔術復権の方がもっと気になるかな」


「ほう、面白いガキだな。帝国の連中は機関車だの力織機だの、そんなことばっかなんだが」


「……まあ、パルメア王国に蒸気なんとかは無いしね。んで、魔術復権ってのはどういうことなの?」


「知りたいのか?」


「うん、すっごく知りたいよ!」


「そうか……」男はなぜかため息をついた。「あまり気が進む話じゃないんだがな」


「無理はしなくていいんだよ?」


「馬鹿言え、そんなんでクヨクヨするような歳じゃないさ。心だってまだすり切れちゃいねえ。性欲だって有り余ってる」


「あっそう」


「おいおい、なんだよ急にそっぽ向いて。性欲の話にはついてこれねえってか?」


「違うよ。話を逸らされたのが気に食わなかっただけ。いいから早く話してよ、魔術復権のこと」


「分かったよ、落ち込むな嬢ちゃん。ちゃんと話してやるさ」


 格子の向こうにいる男は、そう言ってまたも不敵に笑った。縛られた手をぎゅっと握り合わせ、男は体を前に傾ける。そのまま顔をぐっと上げ、彼はカブラを睨むように見つめた。そして乾いた唇を舌で舐めると、低い声でこう続けるのである。


「嬢ちゃんは、ダグラス・ハーバーマスという男を知ってるか?」

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