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東の城が落ちた  作者: 中山ヨウスケ
 第三部  竜のための協奏曲
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60  勝利の伝書

 ポルモート城は勝利に沸いていた。騎士たちは歓声を上げ、飛び跳ねながら笑い話に興じている。しかし、そこに戻って来た先遣隊三人の顔には、喜びなど一切感じられなかった。それもそのはず、特にヘンクに関しては、体に力が入らないのか時折落馬しそうになっている。彼と一緒に馬に乗っているドレイクは、ヘンクがふらついて体を傾けるたびに、右手を後ろに持っていって彼の腕を掴んでやるのだった。


 帰還した先遣隊は、城の広間に入るとすぐ、敷かれた布の上にヘンクを寝かしつけてやった。近くにいた治癒術師が、それに気づいてそそくさと駆けつけてくる。その女性術師は、すぐさま立ち膝になって、ヘンクの胸に手をかざした。すると間もなく淡い明かりが、騎士の体をそっと包んでいく。


「ヘンク!?」


 突然高い声がしたかと思えば、一人の少女がヘンクの元に駆け寄って来た。無論それはカルメン・スタッカートンである。彼女は駆け足でヘンクに駆け寄ると、すぐさま地面に膝をつき、仰向けになったヘンクをじっと見つめた。どうやらもう足は治ったようである。


「大丈夫?」目を潤わせてカルメンが訊いた。


「ああ……」ほんの少し目を開いて、ヘンクはゆっくりと頷いて見せる。


「よかった……心配したんだよ? すっごくすっごく心配したんだよ?」


 カルメンが涙ぐんだ。下唇を噛み込んで、ヘンクのことをのめり込むように見つめている。そんな彼女を見て、ドレイクが嫌味っぽく愚痴をこぼした。


「俺だってお前のことが心配だったんだからな? 勝手にバルコ二ーに行きやがって、どれだけ心配したと思う?」


「ごめん……」膝まずいたカルメンは、うつむきながらぼそっと言った。しかしそのあと、なぜか声を震わせて、言葉を漏らすようにこう続ける。「でも、ヘンクが無理するから……僕が助けなくちゃ、ヘンクが死んじゃうと思ったから……嫌だったの、もうこれ以上誰にも傷ついて欲しくなかったの」


 彼女の言葉には重みがあった。高くて女々しくて幼いのに、その言葉には強い信念が含まれていた。貧民街で貴族相手に短剣を振りかざしていた少女は、もうただの男根潰しではない。堪えても漏れる涙の雫は、誰かのために戦わねばという、強い覚悟の結晶なのだ。


「みんな」その場に立っていたダグラスが、先遣隊員それぞれを一瞥して言った。「よくやった。本当によくやった。なあみんな、覚えているか? 喧嘩ばかりしてお互い貶し合っていた頃を。私はドレイクを犯罪者と言って貶し、カルメンのことを生意気だと言って叱責した。だが我々に以前のような面影はない。もちろんいい意味でだ。生まれてこのかた、私はこんなにかっこいい盗賊の男を見たことがなかった。これほど真面目で健気な女剣士を見たことがなかった。ここまで身を粉にして戦った貴族の騎士を見たことがなかった。泣く必要なんてない。喜ぶべきだ。我々は強くなった。そうだろう?」


「……いいこと言うじゃねえか」ドレイクがそう言って、ダグラスの左肩に手を乗せる。「一番変わったのはあんただよ。ライン城を出るときも、ルッセルフを出る時も、あんたの顔は絶望で一杯だった。どうせ一人で責任を感じてたんだろう? だがもう大丈夫さ。お前には最高の部下がいる。違うか?」


「なら私は最高の指揮官ということか?」


「うーん、それはどうだろうな」


「ふんっ、そこを即答すれば満点だったのにな」


「あはは、俺の悪い癖だよ。あんたと話すのが楽しくて、ついつい冗談でごまかしちまうんだ」


 そう言ってドレイクはにんまりと笑った。戦いからしばらく経ち、その顔にもやっと元の陽気さが戻って来た。ようやく治癒も終了し、ヘンクの呼吸が落ち着きを取り戻す。王都を出て一か月以上。先遣隊を支えるのは、誰にも切れぬ絆のタスキである。




   ◇◇◇




 帝国が撤退した――その知らせは瞬く間に王都を駆け巡った。ついさっき一匹の伝書鳩が、くちばしに手紙をくわえて、夕焼けの空を勢いよく滑空してきたのだ。鳩はそのまま宮殿の廊下に入り、執務室前にいる臣下の肩へ、音を立てずぴたりと止まった。王陛下は今ちょうど、執務室の中で作業中だ。


「久しぶりの伝書だねえ」そう言って臣下の男は、鳩から貰った手紙をゆっくりと開いた。


 当然、その内容は帝国兵撃退の詳細である。ポルモート城にて、ポルモート騎士団他先遣隊四名の活躍により、帝国兵は撤退を余儀なくされた――それが意味するのは、もちろん勝利であった。臣下は感激のあまり、手紙を天高く持ち上げる。宮殿の窓から差し込むオレンジ色の明かりを受けて、その手紙がうっすらと赤みを帯びた。臣下はそのあと嬉しそうに頷きながら、執務室を二度ノックする。


「王陛下! 嬉しい知らせですよ! 王陛下!」


 臣下が扉に向かって声を上げる。しかし返事は聞こえない。臣下は諦めきれずに、再び扉を何度かノックした。


「王陛下? 聞こえてらっしゃいますか? 王陛下!」


 何度尋ねても一向に返事がないので、臣下はそっと扉を開けてみた。明かりの点いていない執務室は、廊下と違ってかなり薄暗い。小さな窓から差し込むオレンジ色の明かりは、直線を描いて床の絨毯に四角く照射されていた。


「王、陛下?」


 臣下がそっと部屋に入る。視線の先では、王陛下がちょうど机に突っ伏していて、丸まった背中だけをこちらに向けていた。


「眠ってらっしゃるのですか?」


 そう言って臣下が、そっと王陛下に歩み寄る。しかし王は一向に起き上がらない。これを不思議に思った臣下の男は、そのまま王に近づいて、丸まった背中にそっと手を当ててみた。


「起きてください、執務がまだ残ってらっしゃいますよ? 陛下?」


 何度か背中を叩いてみたが、王は一切反応を見せない。いよいよしびれを切らした臣下は、声を大にして彼を呼び起こした。


「へ! い! か! 起きてください! 陛下!」


 普段ならここで起きるのが、王陛下というものである。あの日、アストラン陥落の知らせが来た日も、かなり労力が要ったが怒鳴り声を上げれば起きてくれた。しかし今日は違うらしい。まだ日没前だと言うのに、彼は机に突っ伏したままである。王陛下は生粋の夜型だ。こんな時間に眠ってしまうのは、どう考えてもおかしくはないか……


 ここまでくると嫌な予感がする。そう思った臣下の男は、そっと王の頭を掴み、ゆっくりと持ち上げてみた。そしてその顔を下から覗き込み、王陛下の表情を伺う。


 ――それはまさに真っ青な顔であった。頬に手を当ててみると、その温度は冬場の岩肌のように冷たいではないか。慌てふためいた臣下の男は、一旦陛下の顔を元に戻し、祈りの意味を込めて深呼吸をした。そして意を決し、もう一度王の頭を持ち上げてみる。しかし変化はない。その顔は相も変わらず青ざめていて、頬の筋肉はどこか固かった。


 臣下はすぐに部屋を飛び出した。慌てて廊下を駆け抜けて、途中すれ違った議長の男に、慌てた声でこう伝える。


「グラナス侯爵! 王陛下が大変です! おそらく危篤かと……」


 その言葉を聞いて、全身燕尾服の議長グラナスは、すぐさま臣下を問い詰めた。


「どういうことだ? 危篤だと? ならば、亡くなられたわけではないんだな?」


「そ、それは分かりかねます……ちゃんと調べていないもので」


「馬鹿を言うな!」生半可な臣下の態度に、グラナスは怒りを露わにした。「今すぐ治癒術師を呼んで来い! 私は陛下の奥様を呼んでくる!」


「りょ、了解いたしました侯爵殿!」 


 グラナスの命令を受け、臣下の男は慌てて頷いた。治癒術師がいるのは療養室だ。それを思って臣下の男は、すぐさま体の向きを変える。彼が走り出すのと太陽が沈むのとは、完全に同時であった。空のオレンジが突然どす黒くなり、夜の温度が廊下を包み出す。


 それからしばらく経って、一通の伝書が王の側近によってしたためられた。その内容は王陛下の容体急変を伝えるもので、あて先はポルモートであった。


 ――ダグラス・ハーバーマス殿、および先遣隊の皆さま。今すぐ王都へご帰還ください――


 送られた伝書の最後の行は、この一言で締めくくられていたという。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 待ってました!待ち遠しくてついさっき第1話を読み返してたんですけど、勝利の知らせの描写がアストラン陥落の時とそっくりで、対比になってますよね!感動してちょっと泣きそうになりました笑 [一言…
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