06 盗賊たちの宴
「隣街の盗賊が全員女に殺されただって!?」
王都を中心に暗躍する盗賊集団、「イカれた子豚」は、その知らせに恐れおののいた。盗賊の長であるドレイクもまた、驚いて体を震わせた。
「だ、男根潰し……なんちゅう通り名だ……」彼を囲む部下たちが、その通り名を聞いて股間に手を当てる。
「や、やってらんねえよ! 俺はまだ女と寝たことねえんだ!」
「そうだそうだ! 総長! 今すぐこの街を離れましょう!」
うるさいくらいの呼びかけの中でも、総長はさっきから黙ったままだ。体こそ震えているものの、何やらずっと考え込んでいる。ドレイク・ハーランド――盗賊界隈でその名を知らない者はいない。「イカれた子豚」は、今王都で最も有名な盗賊集団なのだ。もしも近所でその名を聞いたら、とりあえず家の鍵は閉めておこう。さもないと次の日には、君の家もすっからかんだ。
「計画は変わらん!」
突如ドレイクがそう叫んだ。それまで騒がしかった賊のアジトに、突然静寂が返ってくる。さすがは王都一有名な盗賊団の首領。統率力にも抜かりがない。
「茶会で宮殿に侵入し、盗れるもんは盗って帰る! その計画に狂いはない!」そう言ってドレイクは腕を組んだ。
「本当ですか総長……そりゃ、総長はもう色んな女と寝たかもしれないけど、俺たちはまだ……」
「黙れ! 物欲のある奴はいないのか物欲のある奴は! 茶会でありったけ稼いだら、好きなだけ娼婦と寝てこい! 股間の心配はそれからだ!」
アジトがやけに狭いせいか、彼の声はけたたましく鳴り響いた。それもそのはずこのアジト、地下にあるため空気も悪く、酒を飲んだ日には汗臭さでまともに息も出来ない。団員たちの態度も悪く、乱闘は日常茶飯事だ。月に一人は死人が出る。だがそんな彼らだって、誇り高き賊の一員。いざ盗みをするとなれば、その団結力はアリにも勝る。
「計画は分かってるな?」総長ドレイクがにやつきながら言った。「明日、俺たちは茶会に参加する。もちろんこっそりだ。なあに、大丈夫だ。衛兵なんて殺せばいい。俺たちは都中に名が知れてるんだ。今頃騒ぎを起こしたって誰も不思議には思わないさ」
ドレイクが浮かべた不敵な笑みは、賊長らしい悪意の笑みだ。賊員たちもそれを見て、にししと似たように笑って見せる。
「それとお前らに嬉しい知らせだ」そう言ってドレイクが、目の前にある木箱を指さした。「ここに、俺がわざわざ買い付けてやったお前らの衣装がある。貧民街で買い集めた安物だが、作戦にはもってこいだ」
ドレイクはまたも不敵に笑うと、木箱の蓋をそっと開けた。中には衣服がぐしゃぐしゃに詰め込まれている。
「タ、タキシード……」ある賊員が口を押えながら言った。
「一度着てみたかったんだよこれ!」これまた別の賊員が、歓喜のあまりわめき立てる。
「すげえよ、まるで貴族じゃねえか!」
賊員たちの純粋な喜びようは、見ていてどこかほっこりする。総長もそれにご満悦なのか、微笑を浮かべて彼らを眺めた。
その後団員たちが着替えを済ませると、彼らは面白半分で貴族の口調を真似し始めた。
「近頃は麗しゅうご機嫌でございますねえ」ある賊員が高い声で言う。果たして意味を分かって言ってるのだろうか。
「あら嫌だわ、あなたのそのタキシードの方が、よっぽど麗しくってよ」
「おほほほ、ご冗談がお上手で」
なんとも馬鹿々々しい光景である。だがしかし、こんな騒ぎも総長の号令ですぐに収まるのだから、「イカれた子豚」は王都一なのだ。
「いいか聞けお前ら! 明日は稼げるだけ稼ぎまくるぞ!」ドレイクの鶴の一声で、団員たちは一斉に拳を振り上げた。
「うおおおおおおおお!」
一部貴婦人っぽい声が混ざっていたものの、その掛け声は天井を突き破り、夜の王都に激しくこだました。
◇◇◇
さて翌日、もうお分かりだと思うが、知らせはここにもやってくる。茶会解放の知らせだ。昨夜、興奮のあまりタキシードのまま眠りについた彼らは、起きてすぐこの知らせを受け取ると、そのあとはもうお祭り騒ぎだった。下手な芝居をする必要もない! 白昼堂々宮殿に乗りこめる! 彼らは喜びの余り暴れまわり、そのせいか、伸縮性の悪いタキシードの縫い目が、音を立ててビリビリほどける者もいた。彼らの頭の中に、男根潰しなんていう女剣士はもう居ない。あるのは、宮殿の宝物に抱く期待と、各々が描く理想の女の体だけである。
剣裁きが騎士の取り柄なら、実行力が彼らの取り柄だ。起きて間もなく、彼らはタキシードで王都に繰り出した。三十人のタキシード集団……さぞかし奇妙な目で見られただろう。しかし今日は特別な茶会の日。人々も何かのパレードかと思って大ごとにはしない。
幸か不幸か、まんまと宮殿までやって来た彼らだが、さすがに団体行動はまずいと悟ったようだ。いくつかのグループに分かれるよう、ドレイクが賊員に指示を下した。
「おっと、ただしお前らは俺に続け」そう言ってドレイクが賊員を二人呼び止める。
「はいっ!」呼び止められた下っ端たちは、叫ぶように返事をした。
「バカ、声を出すな! 返事は敬礼だ! 分かったな」
「はいっ!」またも叫んだ下っ端二人は、そのあと慌てて敬礼をした。
しばらくして三人は目的の塀に到着すると、作戦を実行に移した。まずは、ドレイクが下っ端二人に持ち上げられ、やっとのことで塀を越える。最近食べ過ぎで腹が出てきたドレイクにとって、この塀越えが最大の難所に思えたが、下っ端二人の頑張りもあって、無事成功に終わったようだ。
「ようし、二人もこっちに来い」
ドレイクが塀の向こうから囁き声で言う。その言葉通り、下っ端二人は塀に手を掛け、そのままひょいと塀を越えた。
「ひょっとして俺がいない方が良かったか?」下っ端二人が何ともなしに塀を越えてきたので、ドレイクが思わず愚痴をこぼした。
「そんなことありません総長!」
「バカ、大声はよせっ」
「はいっ!」そう叫んだ下っ端二人が、またも慌てて敬礼をする。
「……まあいい。お前らが黙ってられない能無しだというのはよく分かった。それじゃあ早速宝物庫に行くぞ」そう言ってドレイクがゆっくりと歩き出した。
勇敢な賊長に連れられて、下っ端二人は宮殿の裏庭を忍び足で歩いた。二人とも右と左を交互に見て、衛兵に細心の注意を払っている。しかしここでの突っ込みどころは、二人ともなぜか同じタイミングで左右を見ていることだ。これでは作戦の意味がない。衛兵に見つかるのも時間の問題なわけで、宮殿に侵入してから三十秒後、彼らはあっけなく声をかけられた。
「何をしている!」声の主は男の騎士だった。「そこにいるのは分かってるんだ。物陰に隠れてないで、さっさと姿を現せ!」
三人は言われるがまま、物陰から体をひょいと出した。ここで諦めてしまうあたり、彼らも憎めない連中だ。
「何をしているんだ。盗賊か?」騎士の男は新品の甲冑を日光で輝かせながら、三人にそっと歩み寄った。
「ち、違いますよ。盗賊なんかじゃあ……ねえ総長?」下っ端の男が震えた声で訊く。
「あ、ああ、そうだとも。ほら見ろこの立派なタキシード。似合ってると思わんかね?」
「確かに似合ってはいるな」騎士の男はそう言ってゆっくり頷いた。
「だろう? 私の特注品なんだよ。今日の茶会で王陛下に失礼な姿は見せられないからね」
「いい心がけではないか。その服装からするに、執事かな?」
「ああそうだとも」ドレイクは満面の笑みで頷いた。
「ならどこの執事なんだ? 仕えている家名を教えてくれ」
「か、家名?」ドレイクの顔が一気に暗くなる。「そうですね……えっとまあ……あ、メルテンスでございます。ほら、ご存知でしょう? かの有名なメルテンス家ですよ」
「ご存知も何も、私の生まれだが」騎士の男はそう言って顎に手を当てた。「私はヘンク・メルテンス。メルテンス家の子息にあたる騎士だ」
「……あ、そうですか。ご無沙汰ですね、ヘンクさん」慌てたドレイクが冷や汗を流しながら言う。
「もっとマシな芝居は出来ないのか」
「し、芝居だなんて失礼な。かつて友好を深め合った仲ではありませんか」
「残念ながら、茶番をしている暇はないんだ。こっちに来い」騎士ヘンクはそう言って、賊員三人を手招きした。「今日は茶会だ。解放されている理由は知っているな?」
「ええ、もちろんですとも……たしか先遣隊を募るとか募らないとか」
「そうだ。盗賊の一端がここに来るということは、先遣隊になる覚悟があるということだな」
「はい?」驚いたドレイクが、思わず変な声を出す。
「だってそうだろう。先遣隊を志す者を受け入れるために、宮殿が解放されているのだから。のこのこと茶会にやって来たお前は、当然そのつもりなのだろう?」
「まあ、そうだった気がしなくもないですが……」なるべく騎士を刺激しないよう、ドレイクは探り探り答える。
「じゃあ決まりだ。王陛下のとこへ向かわれよ。もうすでに先着がお待ちだ」騎士ヘンクはそう言って宮殿の建物を指さした。
「先着と言いますと?」ドレイクが思わず聞き返す。
「色々あって女が一人、すでに名乗り出ている。別名『男根潰し』とかいう、下品な通り名の女だ」
「ちょ、ちょ、待ってくださいヘンクさん。やっぱり、ちょっと用事があるっていうか……」男根潰しの名を聞いて、ドレイクは思わずうろたえた。
「今さら断っても無駄だ。もう行くと言ったろう。騎士に二言は無用だ」
「総長まずいですって、男根潰しのいる場所に乗り込むつもりですか?」下っ端の男がそう言ってドレイクを心配する。
「ば、馬鹿言え、そんな易々と言いなりになってたまるかよ」
「……ほう、その言葉、聞き捨てならないな」何を思ったのか、ヘンクが突然声を低くした。「もし覚悟があると言うなら、わたくしヘンクが相手になってもいいのだよ?」
「あ、ああいいさ、やってやろうじゃないか」
これまた何を血迷ったのか、ドレイクがそう言って手をグーにした。騎士相手にこのやる気とは、この賊長もなかなかのポンコツである。
「ふん、盗賊のくせにずいぶんと自信満々だな!」
騎士ヘンクはそう言って、腰から長い剣を取り出した。キラリと輝くその剣先は、光さえも切り裂きそうだ。それまで威勢のよかった賊長も、これを見たら撤退せざるを得ない。
「や、やっぱやめだ! 逃げるぞ!」
慌てた様子のドレイクは、そう言ってどこかへ走り出した。しかしこの小太り男、走力に関してはかなり分が悪い。すぐにヘンクに追いつかれ、あっけなく地面に取り押さえられてしまう。
「口ほどにもない奴だな」騎士ヘンクはそう呟いて、地べたに倒れた賊長を睨んだ。
「は、放してくれ! 俺が悪かったよ!」地団太を踏んだドレイクが、そう叫んで抵抗する。
「だったら先遣隊に入れ! 話はそれからだ!」
「入ります入ります! 入りますんで放して下さい!」
「ふんっ、ならば許そう」そう言って騎士ヘンクは、賊長ドレイクを立ち上がらせ、そのまま宮殿へと連行した。
いやはや、なんとも先行きが不安な出来事である。先遣隊なんて大層な役目を、果たしてこんな方法で決めていいのだろうか。それにドレイクは賊の男だ。一国の命を授かるにしては、少々問題がありはしないか? しかしまあ、とやかく言っている場合ではない。茶会ももうすぐ閉幕なのだ。
おっとっと、残りの下っ端二人はどうしたかって? 実は彼ら、盗るだけ盗って帰っていったという。漁夫の利とは、昔の人も上手いこと言ったものだ。