表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東の城が落ちた  作者: 中山ヨウスケ
 第三部  竜のための協奏曲
57/64

57  戦う理由

 レイズとメリッサを乗せた馬は、戦場を抜けてポルモートの正門をくぐり抜けた。城の前にはちょうど竜がいて、その巨体で大地を揺らしていた。レイズは迂回するように竜を避け、そのまま城の一階に入っていく。豪華絢爛な城の広間も、今日に限っては治癒所である。大理石にはいくつもの布が敷かれ、その上に騎士たちが寝転がっていた。皆うぐうぐと声を上げ、治癒を必死に待っている。


「治癒術師はいるか! メリッサ様がやられた!」


 レイズは団長を抱えて馬を下りると、そう叫んで治癒術師を呼んだ。しかし誰もやって来ない。レイズはしばらく待っていたが、それでも術師は来なかった。どうやら対応中の怪我人で手一杯らしい。だがさすがにこれ以上は待っていられない。そう思ったレイズは、付近の空いた布を見つけると、そこにメリッサをそっと寝かせた。 


「大丈夫ですか?」青白い顔をひきつらせて、レイズは寝そべるメリッサに訊いた。


「いいから早く矢を抜いてくれ……」


 絞った声で言ったメリッサは、腹部に刺さった矢を震えた手で指さした。


「抜くって、そんなこと馬鹿なこと出来るわけ……」


 レイズはメリッサの手を掴み、それをぎゅっと固く握った。信奉する団長の悲痛を前に、彼は唇を噛んで鼻をすする。広間はまさに生と死の淵であった。整然と並んだ騎士たちは、各々苦しみと格闘し、時折大声を上げながら、必死に命を繋いでいる。しかし治癒術師の数は限られていた。助けが遅れた騎士たちは、寝たまますっと息を引き取る。


 一方その頃、先遣隊剣士カルメン・スタッカートンは、メリッサと同様城の広間で寝そべっていた。幸運にも彼女は軽傷らしい。多少の擦り傷は見られるが、ちょっとした動作をするぶんには問題ない。


「大丈夫かカルメン」


 そう言って彼女に声をかけたのは、バルコニーから降りて来たドレイクだった。彼はカルメンの横で正座をし、さっきからずっと治癒術師を待っている。


「ヘンクは?」カルメンが上体を起こして訊いた。


「ちょ、お前大丈夫なのか?」ドレイクが起き上がった彼女に声をかける。


「大丈夫だよ。なんならもう一回戦えるもん」


「無理だけはするなよ?」


「してないって。ねえそれよりヘンクは?」


「あいつは今竜と戦ってる」


「えっ、なんでよ? おかしいよそれ。なんで僕だけ連れ帰ったの?」


「あいつの配慮さ。お前にはこれ以上無理をさせられないんだと」


「でも僕はまだ戦えるよ? ヘンクを一人だけで戦わせるなんて、ちょっと変だよ」


「言いたいことは分かるが、無理はさせられないんだ」


「何言ってるの? 僕は戦いに来てるんだよ?」


「そんとこと分かってる」


「じゃあ戦わせてよ。まだ体もピンピン動くんだ。こんなところでやめられないよ。だから戦わせて? お願いだから」


「そんなこと言われても……」


「ねえいいでしょ? 戦いたいの!」


「落ち着けカルメン」


「落ち着いてるよっ」 


 カルメンが強い口調で言った。どうやら正義感を抑えられなかったらしい。カルメンはそのあと衝動的に腰を持ち上げ、その場でパッと立ち上がった。


「イタっ……」


 カルメンが突然うめき声を上げる。どうやら右足が痛んだようだ。やっぱり無傷ではないらしい。十九の女の無垢な体は、もうすでに綻んでいるのだ。しかしカルメンは歩き出す。右足を引きずりながら、ゆっくりと前へ進んでいった。


「待て!」ドレイクがそう言ってカルメンの腕を握る。「そんな状態で戦えるわけないだろ」


「離してよっ」カルメンが駄々をこねるように言った。


「離さねえよ!」


「なんでよ、僕の勝手でしょ! 剣も振れないのに出しゃばんないで!」


「何だその言い方は? 俺はお前のことを思って言ってんだからな!?」


「うるさいよ! 戦うの! 戦わなきゃダメなの! 分かるでしょ! 昨日話したじゃん!」


「母さんは苦しんでるお前を見ても喜ばねえよ!」


「でも戦うの! 僕はもう引き下がれないの!」


 カルメンがそう言って腕をぶんぶん振った。しかしドレイクは手を離さない。ぎゅっと握って彼女を引き留め、そのままカルメンをじっと睨む。


「お前はもう戦えない!」ドレイクは叱責するように言った。「俺はこれ以上お前に無理はさせたくないんだ! 頼むから言う事を聞いてくれ。ヘンクはお前が思ってるほど弱くはないぞ」


「ヘンクが弱いなんて言ってないよ!」カルメンは即答した。「僕は僕のために戦うんだ! 分かるよね? ドレイクなら分かってくれるよね? 何のためにドレイクに相談したと思ってるの?」


 カルメンは必死に訴えた。その視線はその場の誰よりも強く、その表情はその場の誰よりも引き締まっている。彼女はドレイクを上目遣いで見つめ、口をへの字にして目を潤ませながら、性懲りもなく懇願していた。


「お願いだよ! 頼むから……」カルメンは声量を小さくしながら言った。


 彼女が言葉を失ったあと、ドレイクは沈黙を噛みしめるようにしばし黙り込んだ。彼はカルメンの目を見つめながら、何やらじっと考え事をしている。


「……お前は変わったよ」長い沈黙を裂いたドレイクの第一声は、意味深長な一言であった。


「何だよ、急になに言いだすんだよ!」


「お前はもっと弱い女だった」


「ドレイク? なに言ってんの?」


「いつの間にそんな風になった……」


「ねえどうしたの? おかしいよ?」


「なあカルメン」


「……なに?」


「俺はお前に対して責任があるんだ。お前を苦しめることは出来ない。なぜなら俺も先遣隊の男だからだ」


「……ドレイク?」


「それでもお前が行くと言うなら、俺は止めない。だが俺はお前のために行くなと言っている。お前がもし大怪我をして苦しもうものなら、俺だって後悔するんだ。あの時お前を引き留めておけばよかったって。それくらいお前にも分かるだろ?」


 ドレイクの声には必死さがあった。開いた瞳孔はカルメンの目を凝視し、腕を掴む手には血が止まるほどの力が入っている。カルメンはその迫力に気圧されて、しばし黙ってうつむいた。治癒所に横たわる騎士たちの悲鳴が、あちこちから聞こえてくる。そんな残酷な世界の中で、少女は深く自問した。いくつもの思い、いくつもの死、その交差点の真ん中で、少女の意思は天秤にかけられる。だがしかし、彼女の決意は固かった。


「でも行く」少女は小声で呟いた。「行かなきゃダメなんだ」


「そうか……」カルメンの言葉を聞いて、ドレイクは諦めたようにため息を吐いた。


「分かったなら手離してよ」そう言ってカルメンが腕を振る。


「お前はほんとわがままなんだな」


「そんなこと分かり切ってるくせに」カルメンが強く吐き捨てた。


「ほう、お前もようやく自覚したのか」


「なに言ってるんだよ今頃」


「なんでもねえよ。いいさ、好きにしろ」


 そう言ってドレイクは手を離した。二人ともほとんどやけくそである。カルメンなんてすぐに歩き出して、そのまま治癒所を出て行った。引きずる足は不規則な音を響かせ、小さい背中は孤独を醸し出す。遠のく彼女の後ろ姿は、棒立ちするドレイクに針の如く刺さった。情に生きた賊の男が、情に泣いた瞬間である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ