53 女剣士の覚悟
カルメン・スタッカートンには悩みがあった。再会したばかりの母親が、やけに塞ぎ込んでしまっていることだ。きっと罪の意識に苛まれているのだろう。娘を救えなかったと、今も心底嘆いているに違いない。そう思ったカルメンは、なんだか母親が不憫に思えてきて、自分自身もいくばくかの申し訳なさを感じるのであった。
ポルモートに着いて二日目の夜である。カルメンは城に用意された寝室をこっそりと抜け出して、暗い廊下を一人で歩いていた。戦いを翌日に控え、城はどこも厳粛な雰囲気である。十歳くらいの子供なら、こんな廊下怖くて一人では歩けないだろう。それくらいに辺りは暗く、壁に飾られた肖像画が不気味な視線を放っている。カルメンはそんな廊下を速足で抜けながら、なぜかドレイクの部屋に向かった。
しばらくして、彼女は目的の部屋の前に来ると、二度扉をノックしてから、何も言わず室内に入っていった。何も知らないドレイクは、眠れないのか部屋の明かりをつけ、退屈なのか椅子に腰かけている。彼は部屋に入ってくるカルメンを見ると、一体何事かと不思議に思って、カルメンにこう声をかけた。
「どうしたんだこんな時間に?」そう言ってドレイクは、コップに入った水をぐいと飲んだ。
「相談がしたくて」カルメンはなぜか恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「ふうん、そりゃ珍しいな。だったらほら、ベッドに座りな。話があるなら聞いてやるよ」
「ありがと……」
カルメンはそう言ってうつむきながら、ドレイクに言われた通りベッドに腰を下ろした。彼女の腰がゆっくりと布に沈んでいく。カルメンはベッドにあった枕を拾うと、それを膝の上で抱きながら、なぜか小声でこう言った。
「ほんとは、お前なんかに相談したくないんだぞ……」
照れ隠しとも受け取れるカルメンの言葉を聞いて、ダグラスは呆れたように笑った。
「わざわざこんな夜中に人の部屋来て、その言い方はないだろう。俺だって本当は、もうすぐ寝ようと思ってたんだぜ? だけどお前が来たから、そのベッドをお前に譲ってやってんだよ」
「それは、うれしいけどさ……」
「じゃあさっさと本題を話せよ。相談ってなんだ?」
「か、母さんのこと」そう言ってカルメンは顔を上げた。「僕はどうすればいいのかなって、ずっと考えてたんだ」
「何だお前、母さんと喧嘩でもしたのか?」
「違うよっ」カルメンはとっさに否定した。「か、母さんは僕が物心つく前にお父さんを殺されて、僕と一緒に家を出たんだ。だけど貧民街で知らない人に連れ去られて、そのまま僕を置いていっちゃって……昨日が数年ぶりの再会だったんだ。だから、僕を置いていったことに責任を感じてるみたいで」
どきまぎしながら語るカルメンは、ドレイクからすればどこか新鮮であった。いつもは強気で我を押し通す少女が、弱みを見せて自分の部屋で喋っているのだ。ドレイクは椅子の背もたれに顎を乗せて、ベッドに座るカルメンを優しく眺めた。
「それで? 母さんに何かしてあげたいと?」ドレイクはそう言って首を傾げた。
「うん」もじもじしながらカルメンが頷く。「母さん、すっごく申し訳なさそうにしてて、かわいそうだったんだ……そもそも、悪いのは父さんを殺した人たちなのに、それを自分のせいみたいに思って、一人で抱え込んでるんだよ?」
「お前も意外と健気だな」ドレイクが小さく笑った。「まあ、その心がけは立派だよ。ただなあ、なんでそれを俺に相談するんだ? もっと適切な人間がいただろう?」
「だって、ヘンクはなんか真面目過ぎるし、ドレイクはちょっと厳しいし、お前が一番マシだったんだよ」
「へえ、消去法で俺になったのか。ヘンクとダグラスが不憫だな」
「別にいいじゃん。あの二人には絶対言わないでよ?」
「分かってるって。お前も色々と考えてここに来たんだろ? それくらいは俺にも分かるよ」
「あっそう。ならいいけど」
「んで? 母さんを励ましたい、だったっけか」
「そう。どうすればいいと思う?」
「うーん、今すぐは難しいと思うけどな。何より明日は帝国との戦争だ。お前もお前の母さんにも、頑張ってもらわなくちゃ」
「そりゃそうだけど……」
「まあ、俺から言えることは、『まずはちゃんと竜を倒せ』ってことだな」
「そんなことでいいの?」
「だって一番手っ取り早い方法だろう? お前が竜を倒して、この国の英雄になれば、母さんもお前を自慢の娘だと思えるようになる。だからかっこいい所を見せてやれよ。それが一番の親孝行ってもんだろ。自分は竜を倒せるほど強くなったんだって、見せつけてやるんだ」
「でも、倒せるか分からないし……」
「どうしたカルメン。何で今日のお前はそんな弱気なんだ?」
「だって……もう誰かを傷つけたくないんだ。弟とかヘレナとか、僕は今まで色んな人に助けられてきたのに、その助けを全部無下にしてきた。だからもう失敗したくないんだよ……今度は僕がどうにかしなきゃ」
カルメンは深くうなだれて、目だけをじっと上に向けていた。この少女は、皆が思っている以上に純粋である。その強気な態度は、もしかしたら悲しみの裏返しなのかもしれない。だがカルメン、そんなに塞ぎ込む必要はないはずだ。君の笑顔や無邪気な言動で、一体何人が笑顔になったと思う? 君はもっと自信を持っていい。カルメン・スタッカートンは強い女だ。
「なあカルメン」ドレイクは微笑みを浮かべて言った。「とりあえず明日は戦え。俺たちにとっては国を守る戦いだが、お前にとっては母さんを勇気づける戦いでもある。俺は独り身だし、子供もいない。けれども何となく分かるんだよ。かっこいい子供を見て、笑顔にならない母親はいねえって。だから竜を倒せ。そしたら母さんもきっと笑ってくれる」
「……そういうものかな」カルメンが女々しい声で呟いた。
「そういうものだ」ドレイクがきっぱりと答える。
「ほんとに?」カルメンがそう言って首を傾げた。
「ほんとだ」ダグラスはそう言って頷いた。
「信じていい?」カルメンは問い続ける。
「信じていい」ドレイクも答え続ける。
「嘘じゃない?」カルメンが訊いた。
「嘘じゃない」ドレイクは笑って言った。
いつもは冗談ばかり言っているドレイクも、この時ばかりは意志が固かった。何度カルメンに真意を問われても、はっきりと答えを言い切り、その度にゆっくりと頷いて見せる。そうして最後、彼はじっとカルメンを見つめると、静かな声で「頑張れ」と言った。わずか一言、されど一言である。恐らくどんな単語を並べた長文よりも、圧倒的に強い励ましの言葉だろう。
「……頑張る」
カルメンがそう言って頷き返した。どんな単語を並べた長文よりも、圧倒的に強い覚悟の言葉である。やっぱり彼女は強い女だ。重圧なんかでめげはしないのだから。




