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東の城が落ちた  作者: 中山ヨウスケ
 第三部  竜のための協奏曲
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49  先遣隊の品格

 カルメン・スタッカートン。貧民街生まれのよく泣く少女が、なぜ先遣隊になったのかって? それは金を稼ぐためである。自らを苦しめた盗賊を一掃した数日後、宮廷での茶会が一般に公開されると知った時、カルメンはチャンスだと思った。なにせ当時、彼女の生活はかなり苦しく、日銭を得るのがやっとだったのだ。先遣隊になれば、ちょっとくらい贅沢な暮らしが出来るかもしれない……そんなよこしまな気持ちがあったことは、彼女とて否定できない事実である。


 ちょうどカルメンが、貧民街の果物店で生意気な騎士二人を倒した時、カルメンはすでに貧民街で名が通っていた。男根潰しと言う名もそれなりに有名になっていて、彼女は歩くだけで貧民街の人間に声をかけられた。


「おいカルメン! ちょっとこっち来てくれ!」


 そう言ってカルメンを呼び止めたのは、彼女がいつもお世話になっている武器屋の店主だった。もちろん、武器屋と言っても木の机に剣を並べただけの露店である。本来は農作や木工に使う剣ばかりだが、カルメンはそれを対人用の剣として使っていた。


「久しぶりだな」無精髭を生やした武器屋の店主は、カルメンが来るとにこやかに笑った。


「話でもあるの?」


「ああそうだ。カルメンお前、先遣隊になるんだって?」


「……そのつもりだけど。やっぱりだめかなあ」そう言ってカルメンは、机の上に並んでいる剣を順番にいじった。


「どうだろうね。貧民街の人間なんて貴族に嫌われているからな。宮廷に入っただけで捕らわれるかもしれないぜ?」


「うそだあ、そんなことある?」


「お前の態度によるだろ」


「いいや、僕は自分の好きなようにするよ。人にペコペコしたくないんだ」


「変わんない奴だなあ」


「おじさんだって、いっつも貴族の客に食って掛かってるじゃん」


「別にいいだろ、あいつらが悪いんだ。日頃から調子に乗りやがって、こっちの苦しみなんて考えもしない。そのくせ金だけは持ってやがる。たちの悪い連中だ」


「それは完全に同意だね!」


「あはは! 気が合うなあお前とは! もしお前が先遣隊になりでもしたら、貧民街中の酒を全部買い占めて、みんなで飲み会だな!」


「ねえ、僕お酒飲めないんだけど」


「なあに、バレねえよ。飲んだもん勝ちさ! お前にも『酔う』って感覚を教えてやんよ」


「それは楽しみだねえ」


「だろう?……おっと、そんなことよりカルメン、お前には別の話があるんだった」


「なに?」


「お前の剣を見せてほしい。ここで買ってからもう五年くらい経つだろう?」


「どういうこと?」


「いいから見せてみろよ、お前の剣」


 店主がそう言うので、カルメンは腰にあった短剣を取り出した。至るところにサビが散見され、刃には綻びが目立っている。店主はその剣を様々な方向から観察し、「うーん」と唸った。


「こりゃボロボロだな」そう言って店主が顎に手を当てる。「カルメン、この剣はもう買い替えたほうがいい」


「嫌だよそんなの。これは大切な剣だから」カルメンは即答した。


「ほう? だったらその剣を磨いてやろうか?」


「磨く?」


「ああ。ちゃんと磨けば切れ味も元通りだ。俺の腕前をナメるなよ?」


「ふうん? じゃあいくらなの?」


「二十ラルクだ」


「高いよ。じゅうでどう?」


「だめだ、十九!」


「ならじゅういち!」


「十八!」


「じゅうに!」


「十七!」


「じゅうさん!」


「十六!」


「じゅうさん!」


「十五!」


「じゅうさん!」


「十四!」


「じゅうさん!」


「十三!……ん? じゅうさん?……な、お前、やりやがったな!」


 そう言って店主が、にししと笑うカルメンの頭を叩く。


「いったいな……僕の新たなる交渉術に文句があるの?」


「……分かったさ、十三ラルクでやってやるよ」


「やったあ!」


 カルメンがそう言って剣を店主に押し付けたので、頼まれた方の店主は少しうろたえた。それでもこの無邪気な少女に依頼されれば、断れないのが性である。店主は笑いながら彼女の短剣を受け取り、それを丁寧に磨き上げた。




   ◇◇◇




 ウオマリーに帝国軍が侵入したという知らせは、すぐにポルモートへ伝達された。今ウオマリーに帝国軍がいるということは、すなわち三日もすればポルモートに敵兵がやって来るということである。無論竜が一緒である可能性はかなり高く、ポルモートの街にはすぐさま厳戒態勢が敷かれた。


 作戦の最低条件は、ポルモートに敵兵を入れてならない、という事である。なぜならポルモートは単なる商業都市であり、ひとたび侵攻を受ければ抗戦は絶望的だからだ。そのため、敵をポルモート城より奥の居住地に侵入させてはならない。これがポルモート騎士団の面々、先遣隊、そして急遽駆けつけた器楽隊に課された、破棄不可能な課題である。


 ポルモートにやってきた器楽隊の面々は、由緒正しき貴族たちで占められていた。そして彼らの中には当然、へオン家やスタッカートン家の人間も含まれていた。それが何を意味するか。そう、カルメン・スタッカートンの母親がポルモートに来ている、ということである。


 器楽隊は街に来てすぐ、城の広間で先遣隊の四人に謁見した。彼らは普段、王都での式典でその素晴らしい音色を品美に響かせている。しかしこの時ばかりは、王の命令とあって急遽ポルモートにやって来ていた。彼らの活躍として記憶に新しいのは、先遣隊が宮廷の茶会で自己紹介をした時の、迫力満点な入場曲であろう。 


 王都に次ぐ都市の城ということもあって、広間はとても豪勢である。天井に吊るされた巨大なシャンデリア、壁を彩る美しい文様、そして正面に飾られている、革命の勇者トルト・ロイの凛とした立ち絵。それら全てが、遷都して以来の王国史を彷彿とさせる、価値も付けられないほどの品々だ。


「先遣隊のみなさまごきげんよう。このような形でお会いできた事、恐悦至極に存じます。わたくしは王国器楽隊隊長、チェロ担当のサリー・フォルツァンドでございます」


 そう言って女性が一礼した。そう彼女こそ、由緒正しき器楽隊の隊長である。ある王国の音楽家が、彼女の弾くチェロの音色を「心臓を揺らす音」と例えたらしい。それもそのはず、一度聞けば分かるその響きは、低い音色と相まって骨の髄まで染みるようだ。


 ちなみに彼女、サリー・フォルツァンドは、宮廷でもかなりの老体である。御年五十八の彼女は、顔中に皺をつくり、喋り声には年寄り特有のねっとりした響きがあった。背筋はつねにピンと伸び、またその頑固さから、一部の者は「宮廷の姑」と呼んで敬遠している。


「皆さまのご活躍は平素より伺っております。多くの避難民をお救いになったと……」サリーが不意に言葉を切った。「ちょっとあなた、なんですかその態度は?」


 そう言ってサリーがカルメンを見つめる。先遣隊剣士の態度があまりにも生意気で、気にせずにはいられなかったようだ。それもそのはずカルメンは、さっきから四方八方を見回している。どうやら広間の装飾に見惚れているようだ。


「あれ? どうかしたの? みんなして僕のこと見て」


 何が問題なのか分からないらしく、カルメンは不思議そうに首を傾げた。


「私が話しているのに、どうしてそうあちこち見回しているのですか?」


「いや、そんなこと訊かれても……広間を見てただけじゃん」


「広間を見ていました、でしょう?」威圧を隠した穏やかな口調で、サリーがカルメンを注意した。


「うるさいな、僕は敬語が苦手なんだよ」


「そうはおっしゃっても、あなたは先遣隊なのでしょう? そのような態度でいらっしゃっては、一国の命運を背負った者として品位に欠けていると言わざるを得ません」


「そんな、品位って言われても、僕は貧民街の――」


「貧民街の?」


「いや、やっぱなんでもない……」


「そこは『何でもでもありません』、でしょう?」


「な、なんでもありません……」


「よく言えました。以後気を付けるように。あなたの品位は宮廷の威信に関わりますからね」


 カルメンにしてみれば、相当面倒な女に思えただろう。しかしサリーにとっては、これも至って普通のことである。彼女は王子の教育係として、食堂ではマナーを教え、書斎では教鞭を振るい、王陛下の前では謁見の所作を叩き込んでいる。そのせいで一部の人間からはかなり嫌われているが、宮廷が常に品位を保っていられるのは、ひとえに彼女のおかげなのだ。


「サリーと言ったね? 私が先遣隊の隊長、ハーバーマス・ダグラスだ」そう言ってダグラスは、先遣隊を代表してサリーに挨拶をした。


「お伺いしております、ハーバーマス様。本日は私たちに、このような大仕事を与えて下さり、身に余る僥倖かと存じます」


「そこまでかしこまらなくてもいいんだ。器楽隊の活躍は日頃から耳にしているし、むしろ、我々の身勝手であなた方を戦いに参加させてしまうのだから、私の方が詫びなければなるまい」


「いいえ、そんなお気遣いは無用の長物でございます。我々は総じて単なる王国の一器楽隊、そのようなお言葉は王陛下の御前のために取っておいたほうが賢明かと」


 そう言ってサリーは深くお辞儀した。腰をぴったり九十度に曲げた、世にも美しい礼である。


「めんどくさそーなおばさん」カルメンがぼそっと呟く。


「あなた今『面倒くさそうなおばさん』とおっしゃいましたね」


 カルメンはかなり小声で言ったのだが、この地獄耳の女には、あっけなく聞こえてしまったようだ。何を思ったか、突然カルメンの正面へと歩いていったサリーは、あからさまに語気を強めて、次のように問い正した。


「あなたは母親からどのような教育を受けて来たのですか?」


「……母さんは小さいときにいなくなった」カルメンはためらいながら呟いた。


「そうですか。それは不遇ですね。ではその母親は、一体どういう方でいらしたのでしょう?」


「普通の女の人だよ」


「なるほど。その割には、先ほど貧民街がなんだのとおっしゃっていましましたが、それはどういう意味なのです? まさかあなた、貧民街の出身であるにも関わらず先遣隊の任を受けているのですか? だとすれば、ご自分が先遣隊の恥だという認識にはどうして至らないのでしょう?」


「う、うるさいな! あんたと先遣隊はなんも関係ないだろ!」


 カルメンが顔を上げてサリーを睨んだ。先遣隊剣士のいつになく険悪な表情を見て、サリーは呆れたのかゆっくりと首を横に振る。それはまるで、これだから貧民街の女は、とでも言いたげな仕草であった。


「一度礼儀というものを覚えた方が身のためですよ」


 サリーはそう言ってカルメンに背中を見せると、そのまま元の位置へと戻っていった。この女、噂通り相当の頑固者である。


「おーばちゃーん!」


 突然、広間に甲高い声がこだました。カブラとメリッサが広間にやって来たようだ。しかしカブラ・へオンは礼儀知らずである。城の門を抜けるや否や、サリーの元へ一直線、そのまま器楽隊の淑女にぎゅっと抱き着いた。


「あらカブラ? 元気にしてた?」


 そう言ってサリーが微笑んだ。不思議なことにこの女、カブラに抱きつかれても一切取り乱さない。


「おばちゃんも元気?」


「ええ元気ですよ」


「ほんと? うれしー!」


 若き天才カブラは、淑女サリーに抱き着きながら、童心に帰って満面の笑みを浮かべている。一方のサリーも、カルメンに対する態度とは打って変わって、顔に喜びの皺をいくつも作っていた。


 さて、ではこの淑女、なぜこんなにもカブラには甘いのか。それは以前、カブラが王都の博物院に赴任した際、彼女の勤勉っぷりをサリーが大変気に入ったためである。器楽隊隊長のこの女は、よく学び、よく笑い、かつ礼儀正しい人間が好きなのだ。まあカブラに関しては、礼儀正しいと言うより人懐っこいと言った方が、正解に近い気もするが……


「カブラ、ちゃんと博物院での仕事はやっているの?」


「もちろん! むしろあんなに楽しいところがあったなんて、カブラびっくりだよ!」


「あらいい子ねえ。きっとお姉様も喜んでらしてるでしょう?」


「だってさおねーちゃん。ねえ喜んでる?」


 そう言ってカブラが嬉々とメリッサに訊く。その問いを受けて、それまで先遣隊と共にいたメリッサは、なぜか一瞬戸惑いを見せた。


「え? ああ、そりゃ嬉しいよ」そう言うメリッサの顔には、なぜか愛想笑いが浮かんでいた。


 実はここだけの話、メリッサ・へオンはサリーのことが苦手なのだ。普段強気で嗜虐的な彼女だが、その性格は厳格主義者であるこの淑女チェロリストと、どうやっても相容れない。そのためにメリッサは、表向きでは「落ち着いた女」を演じながら、裏では思いっきり自分の趣味をさらけ出すのである。


「いつも妹がお世話になっております」


 メリッサはそう言って一礼した。無論彼女にとっては手慣れた社交辞令である。


「いえいえ、あなたこそこんな妹を持って、きっと幸せに違いないでしょう?」サリーはそう言いながら、カブラを親身に抱き寄せた。


「そんな褒めないでよおばさん! おねーちゃんが照れちゃうよ?」


「馬鹿を言うなメリッサ。私は照れたりしない」


「えー? 強い男の人の前ではデレデレになるのに?」


「……それは言わない約束だ」メリッサが赤面してそっぽを向く。


「こらカブラ、あまりお姉さんを困らせちゃいけませんよ?」


「ごめんなさーい」


 棒読みの謝罪を口にしたカブラは、そのままサリーのお腹にぐっと顔を埋ずめた。いやはやこの凸凹姉妹、思った以上に何かと大変そうである。


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