48 語られるは過去
「はーい、今からこの本を音読するよ!」
そう言ってカブラは、さっきまで机に置いていた本を手に取り、そのページをパラパラと開いた。表紙には「パルメア史Ⅰ」の文字がある。かなりの厚みがある本で、装丁は年季の入ったハードカバーであった。
「んじゃ行きまーす! よく聞いてね。私がちょくちょく解説を入れてあげるからさ!」
カブラは無邪気にそう言うと、本を片手に持ってゆっくりと文章を声に出した。
「我々のパルメアに対する歴史観は、昨今より多重的かつ複雑なものに変わりつつある。旧来の歴史学者は、多くがパルメアの歴史を〝魔法の歴史〟と形容していたが、それはもはや懐かしき御伽話と言ってよいだろう。昨今の目新しい発見により、パルメアの歴史を〝魔法と決別した歴史〟と捉える新しい価値観が、新時代の歴史認識として徐々に隆盛を見せ始めている。このような〝排魔法的歴史観〟は、パルメアという国の理解を刷新する重要なパラダイムシフトとして、今後の歴史研究に重大な方向転換をもたらすものだ。本書はそのような昨今の歴史研究情勢を踏まえて、以下の三点を編纂の目的として設定した。
1.新たな歴史認識を学術的な見識と共に一般へ紹介すること
2.最新の知見に基づく王国文化の歴史学的考察を一般へ紹介すること
3.歴史学それ自体の変遷について網羅的かつ詳細に記述すること
以上三点、どれも歴史研究において有用な情報ばかりであるが、特に上二点については、好奇心旺盛な読者諸君の期待を大いに上回る内容となっている。また、第三点である王国歴史学それ自体の紹介についても――」
「……なあ、まさかあんた、その本を丸々読む気じゃないだろうな」
そう言ってドレイクがカブラの音読を止める。せっかくの流暢な説明を台無しにされたカブラは、ぷくりと頬を膨らませて怒り出した。
「別にいいじゃん! すっごく面白い本なんだよ! 寝ずに聞いてもらうから!」
「さすがにそれはないぜ……せめて十分くらいで済ませてくれよ。正直言って、今までの内容もほとんど頭に入ってこなかったんだ」
「ええ?……もしかして、おじさん以外もみんなそうなの?」
カブラの問いに、先遣隊が黙って頷く。それを見かねてか、彼女の姉であるメリッサが、ため息混じりにこう言った。
「カブラ、いいか。人に話すときは分かりやすく話せ。みんながみんな、お前に合わせてくれると思うな」
「分かったよねーさん」
どうやらカブラはふてくされてしまったようだ。唇をつきだして、そのまま乱暴に本を置く。
「まずは魔法が消えた理由から説明してやったらどうだ?」メリッサがそう言って妹をいなした。
「分かったよ。教えればいいんでしょ?」カブラが躍起になって渋々喋り出す。「そうだね、魔法が消えたのはたしか第二パルメア王朝……分かりやすく言うとマリスが女王だった時代なんだけど、この頃はね、魔法を使えない『非魔法民』への差別がひどかったんだ。魔法が使える人たちは、みんな非魔法民を奴隷として働かせて、灌漑や耕作も全て彼らに任せていたの」
「大変な時代だな」そう言ってダグラスが顎に手を当てる。
「その通り。この時代は非魔法民にとって最悪の時代だったんだ」カブラはどこか暗い声で言った。「でもね、だからこそマリス王政は、のちに怒りをため込んだ非魔法民によって、幸いにも打倒されるんだ。奴隷として扱われることに不満をもった多くの非魔法民が、一斉に蜂起してマリス王政を襲ったからだね。この戦争は三年間続いて、最終的に勝利した非魔法民たちは、みんなで〝魔法に頼らない支配〟を目指したんだ。これらの変化を、人によっては『奴隷革命』って言ったりする」
「じゃあ、逆に魔法が使える人たちはどうしたんだ?」
「いい質問だね。少数派だった魔法を使える人々……まあいわゆる魔術師だけど、この魔術師たちは、奴隷革命以降、逆に迫害されるようになったんだ」
「立場が逆転したのか」
「そういうこと。だから魔術師たちは、多くが国外に逃亡したの」
「国外って、一体どこなんだ?」
「帝国だよ」
「ほう。えっとたしか、帝国ってのは、パルメアを追放された少女ラインが作ったんだよな……そうかなるほど、帝国は魔法にゆかりがあるから、迫害された魔術師たちを受け入れたんだな!」
「察しが良いね、その通りだよ。一般にこの魔術師たちの保護は、『囲い込み』って呼ばれてるんだ。帝国がパルメアから逃げてきた魔術師たちを囲い込んで、自分たちのものにしたから、昔の歴史学者がそう名付けたらしい」
「囲い込みね……」
「えっ、メモ取ってるんだ! 偉いねおじさん!」
そう言ってカブラがドレイクを見る。彼女の言う通り、ドレイクは用意した紙に羽ペンで必死にメモを取っていた。
「いやまあ、俺は物を覚えるのが苦手なたちでね」そう言ってドレイクが苦笑いをする。
「そっか。でもカブラ、ちゃんと話しを聞いてくれて、すっごい嬉しいよ!」
「そうかそうか、なら続きを聞かせてくれ」
「いいよ!」上機嫌に戻ったカブラが、嬌声を取り戻して再び語り出す。「囲い込みによってパルメアの魔術師が帝国に保護されるわけだけど、当然パルメアから逃げられなかった魔術師たちもいた。そんな彼らは、残念なことに王国によって処刑されてしまったんだ。俗に言う『魔術師狩り』だね。でもその一方で、同じ魔術師にも関わらず、治癒術師だけは殺されなかった。なぜかは分かるよね? そう、治癒術師は人の役に立つから。他の魔術師とは違って怪我を治してくれる」
「なるほど、だから今の王国には治癒術師しか居ないんだな」
「そういうこと。ちなみに魔法には、治癒以外にもいくつかの属性が存在するんだけど、みんなは知ってる?」
「火魔法は見たことあるぞ?」
「えっ! 見たってどこで!?」
「いやまあ、このあいだライン城で……」
「ずるいよ! なんでカブラも連れて行ってくれなかったの!?」
「そんな呑気なこと言える状況じゃなかったんだぞ? 帝国の兵士が火魔法の使い手で、こっちは鎮火に苦労したんだから」
「そっか、やっぱり帝国には魔術師がうじゃうじゃいるんだね……じゃあほかの属性の魔術師もいるのかな。水とか風とか、闇魔法なんかもあるんだよ?」
「……おいカブラ、もしかしてその闇魔法って、目が紫色になるやつか?」
「え? いや……実はそれ、よく分かってないんだ」
「へえ、意外だな」
「そもそもの話、紫色の目についてはいろんな学説があるんだ。神話の記述では、魔術を手にした人間はみんな悪魔になって目が紫色になるって書いてあるんだけど、その場合、どの属性の魔術師も全員目が紫色じゃないと、辻褄が合わないでしょ?」
「たしかに……じゃあ神話が間違っているのか?」
「可能性はあるよ。神話は歴史書として見るには曖昧な部分が多いし、作り話も結構あるからね」
「なるほど、深い話だな」
「でしょ? パルメア史にはまってきた!?」
「まあ、少しは面白いと思ったよ」
「だったらまだ話を聞いてほしいな! みんなはさ、なんで僕らが帝国に『蛮族』って呼ばれるのか、気にならない?」
「そりゃ確かに気になるな」
「でしょ? 実はこれ、歴史認識の違いが関係してるんだ」
「へえ、どんな違いだ?」
「その前にちょっと宗教の話をしなくちゃ。帝国にはね、パルメア教っていう宗教があるんだ」
「帝国の宗教なのに、パルメア教って名前なのか?」
「チッチッチッ、それには理由があるんだ」カブラがそう言って人差し指を振る。「簡単な話、パルメア教ってのは『女神パルメアとその契約者ラインを神として崇める、一連の歴史認識』を指すんだ。要するに、パルメア教徒にとってみれば、パルメア様とライン様は偉大なる神様ってわけだね。だから宗教の名前もパルメア教なの」
「ほうほう、それで?」
「うーん、ならここで帝国の立場になって考えてみようか。彼らからしてみれば、パルメアの土地は契約者であるライン様の故郷なわけだよね。そしてそのライン様が、この帝国を作った。すると帝国の人はこう思うんじゃないかな。『パルメアの大地を支配するのにふさわしいのは、契約者ラインによって作られた私たち帝国の方じゃないか』って。そして、今現在パルメアの大地に居座っている僕らパルメア人は、勝手に神様の故郷を支配している野蛮人になるわけ」
「うーん、ちょっとこんがらがってきたな」そう言ってドレイクが頭を抱える。
「そっか……まあちょっと専門用語が多いから、ここは難しいところだよね」
「でもまあ、大体の内容は掴めたよ。歴史は充分理解できた気がする」
「ほんと! えー、カブラ喜んじゃうよ! じゃあついでに竜の話もしてあげる!」
「……むしろそっちが本題だがな」
「まあまあ、そういう事はいいの。さすがにみんなも知ってるよね、少女パルメアが愛した魔獣。そう、『赤き鱗の竜』だよ。少女ラインはこの竜を、一本の笛で操ったとされているんだ。残念ながらその笛は残ってないんだけど、恐らくは適当な笛で演奏すれば、竜の動きを制御できるんじゃないかって思うの」
「おいおい、そんなで雑理論でいいのかよ」
「大丈夫、証拠があるから! 実はね、王都には昔から器楽隊って部署があって、伝統的に音楽の演奏をしてきたんだ。そしてその演目の中には、『竜のための協奏曲』っていう曲がある。どう考えても竜を操るための曲だと思わない? 少なくとも、やらないよりはやった方がいいでしょ?」
「まあそりゃ、やった方がいいと思うが……」
「やっぱそう思うよね! なんなら器楽隊の歴史はすっごく古いんだよ? 一部の貴族には、今も音楽に関係する家名が残ってるんだ。例えば私たちへオン家もそう! 由来はへオン記号から!」
「へえ、音楽には疎いからよく分からんな……」
「ほかにもいっぱいあるんだよ? 例えばスタッカートン家なんかが有名だね。由来はもちろん、音楽記号のスタッカート!」
「え?」突然カルメンが声を上げた。「スタッカート?」
「そうだよ、スタッカート。知らないの?」そう言ってカブラがカルメンに微笑みかける。
カルメンはこの時、驚きの余り身じろぎさえ出来なかった。それもそのはず、自分の名前がカルメン・“スタッカートン”だからである。自分が貴族? 音楽に関係した家名? そんなこんなでカルメンが色々考えていると、母親が演奏していたあのフルートが、ぱっと彼女の脳裏に浮かんだ。
「僕が、貴族?」
そう言ってカルメンがドレイクに視線を向けた。困惑のあまり焦点を失った眼差しである。しかしいくらドレイクであっても、カルメン自身が抱える動揺はどうにも出来ない。対応に困った盗賊の首領は、苦し紛れにこう呟いた。
「そう言えばお前の名字、カルメン・スタッカートンだったよな……」
「……ねえどういうこと? 僕は貴族なの? ウソでしょ? そんなの信じられないよ」
カルメンの声量がだんだん小さくなる。そんな彼女を見て、ドレイクはゆっくりと彼女をなだめた。
「落ち着けカルメン。別にお前がどこの生まれだろうが、何の関係もないだろう?」
「そ、そりゃそうだけど……でも、だとしたら僕の家族のこととか、何か手がかりが掴めるかもよ? そしたら……」
「そしたら?」
「母さんに、会えるかもしれない」
「なんだお前、会いたいのか?」
「え? いや……自分でもよく分かんない。会いたいような、会いたくないような」
思考がまとまっていないのか、カルメンの言葉はためらいのニュアンスで溢れている。何度も顔を上げたり下げたりして、机に視線をやったかと思えば、次の瞬間には助けを求めるようにドレイクを見ていた。
「カルメン」
そう言って声をかけたのは、軍部大臣のダグラスであった。彼は困り果てたカルメンを見かねて、彼女に次のような提案を申し出た。
「母さんに会いたいなら、私が会わせてやる。王都を探せば見つかるかもしれない。そもそもスタッカートンなんて名字、そんなに多くはないからな」
この時のダグラスは、カルメンに救いの手を差し伸べたつもりでいた。しかし彼の言葉は、残念なことに逆効果だったと言わざるを得ない。ダグラスのこの配慮は、余計にカルメンを懊悩の底へと追い込んだ。彼女の脳裏には、走馬灯の如く次々と思い出の映像が浮かんでくる。例えばそれは、おぼろげにしか思い出せない母親の顔のこと……子供のころ上手く吹けなかった美しいフルートのこと……雨の日に殺された弟のこと……自分が肌身離さず身に着けているペンダントのこと……そして何より、自分が貧民街の女だと信じて、これまでの人生を過ごしてきたということ……
ちなみに「カルメン」の由来は、有名なオペラの楽曲である「カルメン」です。みなさんも一度はどこかで聞いたことがある曲だと思います。




