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東の城が落ちた  作者: 中山ヨウスケ
 第三部  竜のための協奏曲
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47  若き天才

 ポルモートは、パルメア王国で二番目に大きい都市である。かつてはアストランへ向かう行商の宿場町として栄え、時代と共に国の商業を牽引する存在となっていった。今や商取引の中心地となり、街はどこも人で溢れかえっている。加えて昨今は、帝国の侵略を受けて多くの避難民を受け入れているため、街中は人でごった返しているのだ。


 ポルモート騎士団の面々が街に戻ってくると、彼らを待っていたのは街中からの祝福であった。街道の左右は騎士団を出迎える人々で埋まり、聞こえてくるのは騎士団への感謝ばかりだ。


「よく戻って来た!」


 そんな声援が街の至る所から聞こえてきた。どうも町民たちは、ルッセルフでの敗戦をその目で見ていないせいか、いつにも増してご機嫌である。ではなぜ彼らは、こうもポルモート騎士団に賛辞を贈るのだろうか。その理由は至って単純だ。彼らがポルモート騎士団を尊敬しているためである。かつては街の自営団に過ぎなかった騎士団も、今やその実力を認められ、王国直属の騎士団にまで成り上がった。それまで単に商業都市にしか過ぎなかったポルモートも、騎士団の活躍により戦略上重要な都市と認められるようになったのだ。彼らはその恩を忘れてはいないのである。


 しばらくしてポルモート騎士団の一行は、普段の宿舎である街の訓練所へと向かった。いつもならば、胸をなで下ろして帰還する場所だろう。だがこの時の彼らの顔には、安堵の表情など一切見て取れなかった。むしろ皆、失った仲間を思うばかりに、弱々しく肩を丸めている。それもそのはず、約一万の大所帯だったポルモート騎士団は、ルッセルフでの敗戦で全兵力の四分の一を失った。おかげで宿舎には空室が目立っている。お互いに責任を感じ、仲間とろくに目も合わせられない騎士団の面々は、今や失意の底である。


 訓練所に入ってすぐ、メリッサは団員たちを整列させ、そのまま壇上に登った。その時彼女の目に入ったのは、うつむいたまま顔を見せない、大勢の男たちである。


「みんな顔を上げろ」


 メリッサがそう言って団員を励ました。しかし誰も反応を見せない。彼女はその沈黙を、敗戦に対する後悔の現れとして受け取った。


「たしかに戦いには負けた」メリッサは押し出すような口調で言った。「だがまだパルメア王国が負けたわけではない。我々はこのポルモートで、もう一度帝国を迎え討たなければならない。もちろん、お前たちの言いたいことはよく分かるさ。立ち直るには時間が少なすぎる。だがそれは、裏を返せばくよくよしている時間がないと言う事だ。だから立ち直る必要がある。だから顔を上げてくれ」


 言われた通り、彼女の言葉で何人かの団員が顔を上げた。しかし全員ではない。一部は未だ後悔の向こう側である。メリッサは残る彼らにも声をかけるべきか、いささかのあいだ迷ってしまった。そのせいで訓練所が静まり返り、まるで失意が沈黙という音声を得たかのようだった。


 彼らの悲しみを前にして、日ごろ強気のメリッサも、少々いつもの毒舌を遠慮してしまった。なんだか彼らの苦しみが、まるごと自分のせいであるように感じられたのだ。


「どうか、元気を出してほしい。私にはこれしか言えないのだ。あまりうまく言葉に出来ないが、私は団長として、お前らを全員均等に慮っているのだよ? だから……」


 メリッサは自分に人を勇気づける才能がないと分かっていた。団員達によく裏でからかわれていることも、悪口を言われていることも知っていた。いつもは強気な彼女だが、それはあくまでも愛情の裏返しである。それもそのはず、メリッサは団員たちのことをこの上なく大切に思っているのだ。しかしその不器用さゆえ、まるで恋に落ちた少女かのように、かけるべき言葉が一向に見つからない。本当のことを言えば、それもまた一周回った彼女の優しさなのだが、誰もそのことには気づいてくれないのだ。メリッサ・へオン――その勝気な性格とは裏腹に、なんとも救いがたい女である。




   ◇◇◇




 ポルモートに到着してすぐ、先遣隊はポルモート城の書斎に集められた。現在城主不在のこの城は、ごく最近に建てられた真新しい城である。書斎の壁には本棚が所狭しと置かれ、部屋には古書の匂いが充満している。先遣隊の面々はメリッサと共に机を囲み、そのまま座って「若き天才」の到着を待った。


「すげえ量の本だなあ」ドレイクが興味深そうに辺りを見回した。


「妹は一時期、この城で書庫の管理係をしていたんだ」


 そう言ってメリッサが郷愁に浸る。なんせ彼女にとって、この書斎は思い出の空間なのだ。幼少期、彼女はこの書斎で毎日妹と本を読み、その親交を深めあったものである。


「書庫って、ここにある本が全部じゃないのか?」ドレイクが壁を埋める本棚を指さして訊いた。


「そんなわけないだろう。ここにあるのはほんの一部だ。いいか、妹はこの城の本を全部読破した化け物なんだぞ」


「それはすごいな。俺には絶対出来ない」


 ドレイクはそう言って苦笑いをした。そんな彼を見て、カルメンが退屈そうに体を伸ばす。彼女は「うーん」と声を上げて、そのあと眠そうな声でこう訊いた。


「妹ちゃんは僕と同じ年なんでしょ?」


 カルメンの質問に、メリッサは微笑みながら頷いた。

 

「ああそうとも。君と同じ十九歳だ」


「そんなに本ばかり読んで、楽しいのかな」


「当たり前だ。本なんて楽くないと読む気にならん」そう言ってメリッサは足を組んだ。


 書斎の窓からは、午後の日光が真っすぐ差し込んでいる。部屋に照明はないものの、斜陽のおかげで本を読むには充分の明るさだ。あまりに心地いい空間なので、何もしないでいると眠気が襲ってくる。


「なんだか眠たくなってきたな」


 ドレイクがそう言って目を細めた。そのままうつむいて、気持ちよさそうにうたたねをする。それからしばらく、城の書斎は昼寝のための部屋になってしまった。


「こーんにっちはー!」


 眠気を裂くような突然の高音は、部屋に突入してきた一人の少女の声であった。そう、彼女こそがメリッサの妹、カブラ・へオンである。彼女は脇に数冊の本を抱えて、ベレー帽をかぶり、赤いスカートをひらひらと揺らしながら、先遣隊の眠気を軽快に破った。


「おっとー!? みんなおネムかな? 言っとくけど、カブラが話してる途中に寝たら許さないからね? ほら起きて起きて!」


 そう言って彼女が、脇に抱えていた本を机上にバンと置いた。


「よく来たなカブラ」


 奇声を発するカブラにも、姉であるメリッサは至って落ち着いた対応を見せる。対して先遣隊の面々は、みんな面食らって目をぱっちり開けていた。


「あっ! おねーちゃん、おひさー! いつぶりかな? もう一か月くらい会ってないよね?」


「ああそうだな。元気にしてたか?」


「うんもう、カブラすーごく元気だったよ!」


「そうかそうか、それは良かった。ちゃんと博物院の仕事もやってるんだろうな」


「もちろん! あそこはカブラの天職だからね! 本を読んだり書いたりしてるだけで、お金貰えるんだよ? 幸せってこのことだよね!」


 そう言って少女はメリッサに背後から抱き着く。そのまま「おねーちゃん」と連呼して、何度もメリッサに嬌声を浴びせた。


「ここにいるのは先遣隊のひとー?」


 そう言ってカブラが姉の背後から顔を出す。先遣隊はみな、この天真爛漫な少女に釘付けである。


「まって! あの子すっごいかわいいんだけど!」


 そう言ってカブラが姉から離れ、カルメンの元に走っていく。彼女はそのまますぐにカルメンへ抱き着き、そのまま楽しそうに体を揺らした。


「来るなよ……きついって、やめろよ!」


「ねー名前はなんて言うのー? 教えてよ!」


「カ、カルメンだよ、カルメンだってば」


「んじゃーあー、歳はいくつう?」


「じゅうきゅう!」


「私と同い年じゃん! これは運命だね! ねえおねーちゃん、この子ペットにしたいよお!」


「やめとけカブラ。あまり彼女をからかうな」


「どーして? いいじゃんかわいいんだもん!」


「いいから離せよ! くすぐんなって! あひゃ、やめてって! ちょっ、僕はそういうの弱いから!」


「いやだよーだ。だってかわいいもんね!」


 二人のやり取りに、男三人は表情を失っている。ダグラスなんて、どこを見ていいのかも分からず、最終的に目の前のヘンクを凝視していた。


「私の顔に何かついてますか?」気になったヘンクがダグラスに訊く。


「いや、別に。ただその、君を見ていないと気まずくて」


「……やめてくださいよ。私に男色の趣味は無いですから」


「いや待ってくれよ、それは勘違いの度が過ぎるだろ……」


 戸惑う二人をよそに、カブラは引き続きカルメンをもてあそんでいた。甲冑の裏に手を忍ばせて、カルメンの体をこれでもかとくすぐっている。どうやらカブラは彼女の反応にご満悦らしく、終始キャッキャと笑っていた。だがカルメンも黙ってはいない。ついにしびれを切らしたのか、突然カブラに怒号を飛ばした。


「僕は歴史の授業を受けに来たんだぞ!」


 その言葉を聞いて、カブラが我に返る。カルメンから離れ、なんだか気まずそうに机の周りをぐるぐる回った。


「そう言えばそうだった……ごめんね? カルメンちゃん」


「二度と同じことするなよ!」


「分かった。私も反省しなくちゃね……そう、歴史の話。歴史の話をしに来たんだった。えっと、何から話せばいいんだっけ……」


 そう言ってカブラは、顎に人差し指を当てて、しばし黒目をつり上げた。一方彼女に虐げられたカルメンは、液体の如く机に突っ伏している。


「みんなはどこまで知ってるの? パルメア史のこと」


 カブラの質問に、ダグラスが真っ先に答えを示した。


「ある程度は知っている。少女ラインが女神パルメアと契約をし、魔法の力を手に入れたこと。そしてその魔法でパルメアを統治したが、身勝手によりこの地を追放されたこと。そしてその次にマリスが女王につき、夫の後ろ盾を受けて長らくパルメアを支配したこと……私は士官学校で色々と勉強してきたから、それなりの知識がある。しかしダグラスやカルメンは何も知らない。だからなるべく丁寧に話してやってくれ」


「分かった! じゃあそこの小太りおじさんも、かわいいカルメンちゃんも、よーくカブラの話を聞くんだよ!」


「言われなくても分かってるって!」そう言ってカルメンが頬を膨らませる。


「んもー、そんなかんかんに怒っちゃって。ちょっとは落ち着かないとかわいくないよ?」


「いいから早く話してよ!」


「あは! カルメンちゃんがそう言うなら仕方ないね。んじゃ早速いってみよー!」


 そう言ってカブラは天高く拳を突き上げると、にこやかに笑って机上の本を手に取った。 


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[一言] カルメンが無事で何より
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