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東の城が落ちた  作者: 中山ヨウスケ
 第三部  竜のための協奏曲
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45  夜に散る星

 ポルモートへ向かう馬車団の先頭では、メリッサ・へオンが馬に乗って森を闊歩していた。その隣を並走するのは、騎士団のナンバーツーである、レイズ・ミットランドだ。彼は騎士団内でメリッサに次ぐ剣の使い手であり、同時に乗馬の名手として有名な男であった。


「メリッサ様、王陛下からの伝書、ご覧になりましたか?」


 彼は馬に乗ったまま、甲冑を揺らしてメリッサを見た。


「いいやまだだ」メリッサがいつもの低い声で答える。


「なら私が伝書の内容をお伝えしますので、お聞き願います」


「いいだろう。教えてくれ」


「分かりました。では早速ですが、王陛下の伝書では、ポルモートで敵兵を迎え討つことになっています。これはさすがにメリッサ様もご存じかと」


「ああもちろんだ」


「しかし一つ懸案があるようです」


「なんだ」


「竜です」


「……何を言ってる。そんなもの、神話を信じる馬鹿共の戯言だろう」


「それがどうも違うようです。避難民の多くは竜を目撃したと言い、先遣隊もそのような報告をしております。赤い鱗の竜を見た、と」


「赤い鱗の竜……何もかも神話の通りじゃないか。それで? その竜がどうかしたのか」


「ええ。どうやら帝国軍はこの竜を味方につけているようです」


「なるほど。ポルモートにも竜が来るかもしれないと?」


「そうです。なので対人戦のみを想定した戦略では、我々はすぐに撤退を余儀なくされるでしょう。分かってらっしゃると思いますが、ポルモートが陥落すれば、残る拠点はもう王都しかありません」


「ハルサントがあるじゃないか」


「あそこは戦争が出来るような町ではありません」


「そうか……ではポルモートが最後の砦だということだな」


「その通りでございます」


「では竜にはどう対処するんだ?」


「そこです。そこがどうにも出来ないのです。ですから……メリッサ様の妹さんに、お力添えを頂きたいと」


「妹? なぜあいつを」


「訊くまでもないでしょう。あなたの妹さんが、研究者だからですよ」


「王から直々にそんな話が来ているのか?」


「ええそうです。妹様を作戦本部に入れるよう、伝書に要求が」


「ふん、あいつも大きく見られるようになったものだな」


「優秀な方ですからね。パルメアの研究者で彼女を知らない人はいませんよ」


「なにを言う、あいつは『若き天才』と言われるのを嫌ってるんだ」


「それは意外ですね。あれほど天真爛漫な方なのに」


「あいつは評価のために歴史を研究してるわけじゃない。完全な自己満足のためにやっている。だからあれほど純粋なんだ。私と真逆の人間だと言えば、お前にもよく分かるだろう?」


「……少々答えづらいですが、理解出来ないことはない、とだけ申し上げておきましょうか」


「そんな遠回しの言い方は必要ない。分かったなら分かったと言え。気を遣うな」


「な、気を遣ってなどおりません……」


「馬鹿言え。顔を見ればわかる。お前の困り顔はいつ見ても最高だ」


「か、からかわないで頂けますか……」


「勘違いするな。からかった覚えなどない。それよりも、さっさと話の結論を言え。お前の顔よりもそっちの方が百倍面白い」


「えっ……あっ、はい、失礼いたしました……話を元に戻しますと、どうやら王陛下は、メリッサ様に娘さんの編入許可を求めているようです。妹さんが、『メリッサ様が良いと言うなら作戦本部に参加する』、とおっしゃったようで」


「そうか。全く、あいつも成長しない奴だな……まあいいさ、好きなだけこき使ってやれ」


「了解いたしました。ポルモートに着いたらすぐに返書を作成します。きっと王陛下も喜ばれるに違いありません」


「ああ、助かるよレイズ」


「いいえ、当然の事をしたまででございます」


 そう言ってレイズは馬を減速させ、馬車団の後方へと引き下がって行った。




   ◇◇◇




 ルッセルフを出て三日目、馬車団は湖のほとりにやって来た。ライン湖――パルメア王国最大の湖である。その名の由来はご存じ女神ラインであり、彼女が城の絵画の中で優雅に踊っていた場所は、ちょうどこの池のほとりである。ちなみにここだけの話、ライン湖は両端が川と繋がっているために、本当の湖ではない。


 一帯は夜を迎え、ポルモートに向けて走る馬車の荷台からは、空に浮かぶ満天の星を目にすることが出来た。ライン湖は天然の鏡面となり、まるで星が落ちてきたかの如く、その水面に無数の星を並べている。湿地帯ゆえに、どこを走ってもうっすらと水が溜まっているため、馬車は常にじゃぶじゃぶと音を立てながら、星の上をゆっくりと進んでいった。


「もうじき宿泊地点の村に着きます」


 馬車を引っ張る馬の騎手が、後ろを振り返って先遣隊に言った。


「そうか、なら降りる準備をしておくよ」


 そう言って返事をしたのは、眠りから覚めたばかりのダグラスであった。周りを見ると、ヘンクがじっと空を見つめていて、ドレイクは眠そうにあくびをしている。正面に居たカルメンは、少しうつむいてぐっすりと眠っていた。


「ヘンク」ダグラスはそう言って、隣で夜空を見ていた先遣隊の騎士に、軽く声をかけた。


「起きたんですか?」ヘンクは上を向いたまま答えた。


「ああ。おかげですっきりしたよ」


「それはよかったです」


「……星を見てるのか?」


「ええ。ほら、とても綺麗ですよ。あれが北斗七星です。見えますか?」


 ヘンクがそう言って空を指さすので、ダグラスもゆっくりと顔を上げた。


「うーん、多すぎてよく分からんな」そう言ってダグラスは目を細めた。


「そんなことないですよ。ほら、あれですってば。私の指先にある星です」


「いやあ、そう言われてもね……」


 必死に説明するヘンクがどこかおかしくて、ダグラスは上を向いたままそっと微笑んだ。


「二人とも、あんまり大声で喋んなよ? カルメンが寝てるんだから」


 揃って上を見上げるダグラスとヘンクに、ドレイクが呆れて声をかける。


「なあに、大丈夫さ。どうせすぐ村に着く。そしたらちゃんとしたベッドで寝れるんだ」


「そうは言ってもダグラス、こいつはルッセルフで死ぬほど辛い思いをしてきたんだ。ちょっとは気遣ってやれよな」


「ああ、分かってるよそれくらい」そう言ってダグラスは顔を下げ、ドレイクに視線を向けた。


 馬車はそのまま湖のそばを進み、宿泊地である小さな村に向かおうとしていた。湖は、まるであらゆる暗闇をその中に溶かし込んだかのように、夜の底でじっとたたずんでいる。そんな湖面に映る星と、空に浮かぶ無数の星とは、ほとんどその違いを認めることが出来ず、ゆえに水平線は、境界としての役割を完全に失っていた。


 しばらくして、村の明かりが近づき、馬車が速度を落とす。ドレイクがカルメンを優しく起こした。先遣隊の夜は長い。ポルモートはまだまだ先だ。


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