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東の城が落ちた  作者: 中山ヨウスケ
 第三部  竜のための協奏曲
43/64

43  開戦宣言

 騎士団を統べる女、メリッサ・へオンにとって、戦場とは庭であり、決闘とはままごとである。剣を片手にこちらへ迫る、長身の男。彼は敵の兵長らしいが、果たしてこの男は、メリッサを満足させられるだろうか?――いや否。そもそも何も考えずにこちらへ迫ってくる時点で、完全に「恋愛対象外」である。そして、彼女の「恋愛対象外」になるということは、すなわち「死ぬ」という事である。


 決闘は一瞬で決着した。最初、男はメリッサ目がけて剣を横に振ったが、彼女は背を反らし、その剣をいとも簡単に避けてしまった。そうして次の瞬間には、彼女の口が男の耳元にあって、メリッサはそのまま吐息混じりに、兵長の男をこう貶すのである。


「これだから帝国の男は」そう言ってメリッサは男の右手首をぐっと掴んだ。


「やめろ、離せっ……」男がわめくが、メリッサは力を緩めない。


「死にたくなかったら負けを認めるんだ」


「分かった、分かったから、私の負けだから……痛いって、手を離せ! 負けたと言ってるじゃないか!」


「馬鹿め、たとえ何があっても、負けを認めたらそれすなわち死だ。私の部下にはそう叩き込んである」


「言ってることが矛盾して……やめっ、分かった分かった! 分かったから、手首を変な方向に曲げるな……」


「嫌だね。一生剣を握れない手にしてやるよ」


 メリッサがそう言うと、途端に鈍い音がした。男の握っていた剣が、音を立てて地に落ちる。その後も途切れ途切れに鈍い音は続き、その度に男が悲鳴を上げた。


「これからは左利きとして生きるんだな」


 そう言ってメリッサは手を離し、男のそばから一歩退いた。一方男は唖然として目を見開き、そのままはっとなって自分の手首を眺める。だが、そんなもの見ない方が良かったのかもしれない。彼の手首は無残にも、曲がってはいけない方向に曲がっていた。


「ヤバいよあんた……」


 白馬に乗っていた女が、そう言ってメリッサに嫌悪を向ける。


「何言ってるんだ、あんたの男だろ? 殺さなかったぶん感謝してほしいね」


「別に私の男じゃないし。でもまあ、さすが蛮族じゃん。よくやった方じゃない? この男が思ってたより弱いって、やっと分かったよ。私はそれで満足かな」


「よく分からんが、蛮族とは呼ぶな。私たちはパルメア人だ」


「いやいや、パルメア人は私たちの方だからね? そこ重要、勘違いしないで。魔法も使えずに帝国の故郷に居座ってんのは、あんたたちの方でしょ」


「その言い方は心外だね。お前はパルメア教徒なのか?」


「ま、そんなところかな」


「……おいマリ、私を差し置いて蛮族の女と話すな。ちょっとは心配してくれよ」


「あー、ごめんねへいちょー。あんたよっわいし、もう興味ないわ」


「嘘だろマリ?」


「あはは、嘘なわけないじゃん。ていうかそんなことよりさ、えっとー、メリッサだっけ? いいよあんた、この男殺しちゃって。蛮族の女に負けた時点で、もう用なしだから」


「いいのか? なるほど、私と趣味の合いそうな女だな」


「いやいや、やめてよ。あんたと一緒にしないで。私はね、ただ単にこの男に呆れただけ。そもそも右手の使えない男なんて、もう騎士として使い道ないじゃん?」


「そういうものなのか?」


「そりゃそうっしょ」


 白馬の女がそう言って、ちょんちょんと首を斬るジェスチャーをした。メリッサはそれを見てすぐ、黙って大剣を掲げると、そのまま男を殺しにかかる。


「おいよせよ、俺を殺すのか? やめてくれ、俺はまだやんなきゃいけないことがあるんだ」


 男が命乞いをするが、メリッサは聞き入れない。


「私は別に見逃してやってもいいが、あの娘がお前を殺せと言ってるんだ」


「そんなの冗談さ。そうだろマリ? おい、反応してくれよ。マリ、冗談だよな? なあ、冗談と言ってくれよ……」


「ごめんね。私もう帰る。つまんないし。せめて優しく殺してあげてね」


 女はそう言って、白馬を町の入り口の方へ歩かせた。馬の足音が遠のき、路地裏が二人だけの空間になる。


「最後に言い残すことは?」メリッサが真顔で訊いた。


「いや、頼むから、命だけ――」


 男が全てを言い終わる前に、大剣が容赦なく宙を舞う。


「つまらん男だ」


メリッサの捨てゼリフは、静まり返った路地裏にこぢんまりと響いていった。




   ◇◇◇




 第三隊は壊滅状態だった。街道の一帯には兵士が血を流して倒れ、異臭がむんむんと蒸し返している。生き延びたごくわずかの騎士は、意地で立ち上がり敵兵に剣を向けているが、それも全て無意味な抵抗だ。数の暴力を前にして、彼らはあっけなく死を迎えてしまう。残念なことに、街道にはもう希望の欠片も残されていない。


 そしてこれまた残念なことに、希望が無いのはこの男にとっても同様であった。死体の山を眼前に、戦闘経験のないドレイクは、恐怖のあまり尻餅をついて体を震わせている。新品の剣は、その出番を待たずして持ち主を失おうとしていた。死の宣告は近い。最悪なことに、一人の敵兵が彼に目を付けたのだ。敵兵は恐れおののくドレイクに迫り、無情にも剣を振り上げる。彼は日光で輝くその剣先を見て、死を覚悟し、そのままぎゅっと目をつぶった。


 ……しかし、いくら待っても剣は振り下ろされない。なぜだろう? 不思議に思ったドレイクが、そっと目を開ける。すると、自分を襲っていた剣士が、なんと目の前に倒れていた。そしてその奥に、必死で地を這いつくばって、サーベルを前に突き出す、一人の少女の姿がある。彼女はドレイクに向かってほふく前進し、目を半開きにしたまま、痛みのあまり大口を開けて号泣していた。


「カルメン!」


 ドレイクはすぐに彼女の元へ駆け寄った。そして反射的にカルメンを抱き寄せる。彼女の顔は乾いた血にまみれ、呼吸は浅く、体はどこも泥だらけだった。


「ごめんよ……」


 ドレイクが男泣きをした。珍しく鼻をすすって、彼はいつになく顔を歪ませる。一方のカルメンは、太い腕の中で小さく笑っていた。ドレイクからすればその笑みは、今までに見てきたどの女の笑みよりも、美しくて切ないものだった。


 ドレイクがカルメンを抱えて立ち上がる。もう死を恐れている場合ではない。自分は走らなければならない。広場に向かい、治療所に彼女を運び込まなければ、自分に先遣隊を名乗る資格などないのだ。今こそ罪滅ぼしをする時である。例え剣が振れなくても、足はいくらだって動かせるのだから。


 ドレイクは走った。冷静に見れば、戦場から逃げるなど騎士の恥である。しかしそんなことはもう関係ない。例え周囲の騎士たちに軽蔑の目を向けられようとも、彼にとっては甲冑などただの飾りなのだ。そう、今この瞬間においては、走ることこそ騎士道である。走って彼女を救い、その笑顔を見ることが、彼にとっての騎士道なのだ。ドレイク・ハーランドは涙を流しながら、必死に戦場を駆け抜けた。立ち上る煙や聞こえてくる叫び、耳を裂くような剣の音、それら全てを振り切って、彼は一人の少女のために走り続ける。転びそうになっても意地で耐えた。それもまた彼女のためだ。傷つけぬよう、揺らさぬよう、注意を払って戦場を突き進む。


「ドレイク!」進行方向の先に居たヘンクが、大声で彼を呼び止めた。「どこに行くんだ!」


 しかしドレイクは何も答えない。答える余裕もない。彼にとっては走る事の方が先決である。あっという間にヘンクの横を抜け、ドレイクはそのまま角を曲がった。だが敵も馬鹿ではない。曲がり角の先で、二人の敵兵が彼を待ち構えている。二名の兵士はドレイクの行く道を塞ぎ、揃って剣を構え、彼をじっと睨んでいた。


「ドレイク下がれ! 私がやる! お前は横道に行け!」


 背後から声がした。次の瞬間、先遣隊の騎士ヘンク・メルテンスが、剣を掲げた状態でドレイクの前に現れる。彼は一切のためらいなく、敵兵二人に襲いかかった。意を決した仲間の助けは、ドレイクにとって何事にも代えがたい声援である。彼はすぐさま踵を返し、ヘンクの言う通り横道に入った。遠回りになるがこっちしかない。絶対にヘンクの決意を無駄にしてはならないのだ。そう誓ったドレイクは、気合を入れるために大声で叫んだ。そして歯を食いしばると、前のめりになって加速する。少女の体の重さは、彼にとって友情の重さであった。そう彼は今、友情を抱えて走っているのだ。歳の差も性別も越えた友情を抱えて、戦乱を必死に駆け抜けているのだ。


 さあ、ようやく広場が見えてきた。ここまでくれば敵兵はもう居ない。しかしだからと言って、足を止めて良いわけではない。治療所に入るまでが、彼にとっての戦場である。彼は避難民の集団を押しのけて、そのまま治療所へ走った。どうやら酒場が治療所に改められているようだ。中に入ると、すでに大勢の兵士が、痛みを訴えて床に寝転がっていた。


「おい誰か!」酒場に入ってすぐ、ドレイクは叫んだ。


「どうしました?」女性の治癒術師が彼に話しかける。


「怪我人だ。重症だから、今すぐ治療してやってくれ」


「分かりました。あちらに彼女を寝かせてあげてください。順番に治していきますので」


「順番にって、そんなこと言ってる余裕はないんだよ!」


「しかし……」


「こういう時は重傷者から治療するもんだろ!」


「わ、分かりましたから……だったら一番右奥に寝かせてあげてください。あそこならすぐに治癒術師が来ます」


「そうか、助かるよ」


 彼はそう言ってすぐ、酒場の右奥に向かった。どうやらカルメンは助かりそうだ。しかし彼には一つ、どうしても気がかりなことがあった。彼女を寝かせるときに、一本のサーベルが目に入ったのである。それは見覚えのあるサーベルだった。ドレイクからすれば、奇妙かつ奇跡の出来事である。彼はすぐさま手を伸ばし、その指でサーベルに触れた。なぜそんな慎重に触るのか。それはこのサーベルが、ドレイクにとっては至極神聖なものに思えたからである。


「どういうことだ……」


 困惑するドレイクは、そう呟いて眉をひそめた。


 さて、ではこのサーベルは、一体何を意味するのだろうか。ヘレナ・フランセルの存在? たしかに読者からすれば、その程度のものかもしれない。だが、歴史上における大抵の奇跡には、後世の学者が何かしらの〝意義〟を取って付けるものである。敗者の逆的劇が〝革命〟と呼ばれ、新大陸への侵略が〝発見〟と称されるように、あらゆる歴史は考察の末に〝意義〟を与えられる。これらの事実を鑑みた上で、もし私が、この奇跡にも一種の〝意義〟を与えられるとすれば、それは〝先遣隊の再結成〟であろう。少し分かりにくいかもしれないが、これを比喩的に表現するならば、次のような例えがぴったりである。


――今この時、先遣隊の団結は、一人の少女を通じて精神的に、一本のサーベルを通して象徴的に、目に見える形で指し示されたのだ――


 さあ、戦いはいよいよ幕を開けた。辺境の小国パルメアよ、正義が勝者の戯言ならば、愛は敗者の言い訳である。君たちがそのどちらかになるまでは、いかなる正義も、いかなる愛も、宙ぶらりんのままだ。だから諦めてはならない――例え血が大地を濡らし、涙が川を作ろうとも。


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― 新着の感想 ―
[良い点] いやん、カルメンよく戻ってきた!こりゃ泣いちゃいますよ〜 サーベルの意義はヘレナの存在をほのめかす程度と思っているかもしれないなんて言わないでくださいよぉ!ダグラスがヘレナに預けたサーベル…
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