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東の城が落ちた  作者: 中山ヨウスケ
 第三部  竜のための協奏曲
42/64

42  街道に敵影あり

 第一隊は敵兵が来るまでの数分間、息を殺して森に隠れていた。木陰に身を隠し、弓を片手に、敵兵の到来を待つ。第一隊の隊長を任された騎士の男は、約五百人の弓兵を、街道を挟むように配置し、森の中かから攻撃開始のタイミングを伺っていた。しばらくして、馬の足音が聞こえてくる。森がざわめき、隊に緊張が走った。


「用意……」


 隊長の男が全体に声をかける。隊員たちが座ったまま弓を空に向けた。計画では、矢を街道に雨の如く降らせる作戦だ。敵兵は何も知らないまま街道を駆け抜けていく。だんだん近づく足音に、隊長が耳を澄ませた。


 号令が森に轟いたのは、敵兵の先頭が射程範囲に入って数秒後だった。


「今だ! 撃て!」


 その声を合図に、隊員たちが一斉に矢を放つ。途端、街道に矢の雨が降り注いだ。馬が雄たけびをあげる。敵兵の騎士たちは、一部頭や肩を射抜かれ落馬した。


「走れ! 総員全速力! くぐり抜けろ!」


 敵の兵長らしき男が、そう言って手綱を引いた。馬がたて髪をなびかせ、地面を叩きながら街道を抜けていく。どうやら強硬突破するつもりのようだ。


「休まず撃て! 我々の戦果で、ルッセルフの戦況は大きく変わるぞ!」


 再び矢を打つよう、隊長が指示を下す。それを受け、隊員たちが次々と矢を放った。大量の馬が街道を抜けるさなか、矢の雨は再び敵兵団を襲う。しかしいくら矢が降り注ごうとも、敵のほとんどは何ともなしに街道を抜けていった。そうして雨をくぐり抜け、敵兵の大多数はあっけなくルッセルフの入り口に差し掛かる。


 ルッセルフの宿場町は、入ってすぐ、前と右と左の三方向に道が分かれていた。当然正面の道が、町の中心を行く大通りのわけだが、そこはすでに第二隊の弓兵たちが道を塞いでいる。よって敵兵は街に入るとすぐ、正面から大量の矢の束を受け、左と右のどちらに逸れるべきかという、余裕のない二択を迫られるのだ。


 最初に街へ入って来た敵兵長の男は、正面にいる弓兵隊を見るや否や、手綱を引いて馬を急停止させた。そして後続の兵士に向けて、こう指示を下す。


「各兵に告ぐ! 正面突破は避けて左右に散れ! 宿場町中央で合流する!」


 その命令を受けて、後続の兵士たちが左右の街道に分かれていく。作戦通り、敵の分散には成功したようだ。しかし敵兵長は動じていない。部下たちに命令を下したあと、彼は正面の道を塞ぐ第二隊の弓兵たちに、こう言って降参を持ちかけた。


「蛮族に告ぐ! 我々はルッセルフを占領するために来た! おとなしく負けを認めれば、一般人は殺さん!」


「黙れ侵略者!」弓兵を率いる第二隊の隊長が、そう言って敵兵長を牽制した。「私たちは帝国などに屈さん! 身を引くべきはお前たちだ!」


「文明の遅れた野蛮人がよく言うよ! 達者なのは口だけかい?」


「さっさと帰れ! お前らに渡す土地などない!」


 第二隊隊長の頑固な反論を聞いて、敵兵長の男は呆れたように笑った。そして後続の兵士たちと共に、左手の道へと逸れていく。


 さて、左右に分かれた敵兵を迎えるのは、第三隊、第四隊、第五隊である。熟練の騎士であるポルモート騎士団の男たちは、町の裏路地で敵兵に遭遇すると、すぐさま剣を握った。瞬く間に町の至る所が戦場となる。剣と剣のぶつかる音や、騎士たちの悲鳴が、一瞬のうちに路地を埋め尽くした。


「おい来たぞ……」


 街道を左に逸れてすぐの場所で、第三隊はじっと敵兵を待ち構えていた。この隊にはドレイクとヘンクも含まれている。敵兵が来るや否や、二人は剣を構え、戦場に乗り込んだ。


 剣術の経験がないドレイクと違って、ヘンクの動きは格が違う。彼は隊の先頭を突っ走って、敵兵に殴り込んだ。体を何度も旋回させ、剣を回す。まるで剣に体が支配されているかの如く、ヘンクは次々と敵兵を切り刻んでいった。一歩前に進むたびに、敵兵を一人倒していく。彼自身は一切傷つくことなく、ある時は姿勢を低くして敵兵の股をくぐり、そのあと振り返って騎士を下から裂き上げた。


「なんだよあいつ……」


 ヘンクの華麗な剣裁きを見て、ドレイクが唖然とする。しかし見とれている暇はない。彼の方にも敵が迫っている。恐怖を拭いきれないドレイクは、死を覚悟してとっさに剣を構えた。




  ◇◇◇




 帝国兵団兵長の男は、白馬に乗った助手の女騎士を傍らに連れて、ルッセルフの街道を悠々と進んでいた。彼らを待ち受けていた第四隊の騎士は、とっくに殲滅させられている。そうして順調に宿場町の奥へ入った敵兵団は、死体の散らばった裏路地を、馬に乗ってゆっくりと進んだ。


「大した敵でもないな」


 兵長の男がそう呟くと、隣に居た白馬の女騎士がこう言った。


「へいちょーは戦わないのお?」女も隊長に負けず優雅な表情である。


「馬鹿を言うな。私の出番は、強い敵が現れたときだけだ。部下の力だけでここまで出来たなら、私の出番はありそうにない」


「えー? 私へいちょーが戦ってるとこ見たいんだけど」


「マリ……お前はわがままが過ぎるぞ」


「いいじゃん別に。私へいちょーが戦ってるところ見ないと、満足できない体なの」


「戦場でだだをこねるな」


「ちぇっ、つまんないの」女はそう言って舌打ちをした。


 二人はしばらく馬を歩かせた末、裏路地を抜けて広い街道に出た。どうやらここが主戦場のようだ。目の前では大量の兵士たちが倒れていて、一部はまだ戦い続けている。しかし兵長はそんな混沌を前にしても、表情一つ変えなかった。


「……勝てそうだな」兵長の男はそう呟いた。


「そだね」白馬の女がつまらなそうにそっぽを向く。


「味気ない戦いになりそうだ」


「ほんとその通りだよね。もうちょっと楽しませてくれる思ったのに」


「当分ここにいる必要もなさそうだ。町の入り口に戻って暇でも潰そう」


 そう言って兵長の男は馬を方向転換した。


「分かった。私はへいちょーについてくね」


 そう言って白馬の女も兵長に続く。二人は馬に乗って再び裏路地に入り、そのまま町の入り口へ戻っていった。どうやらこの女、観戦にしか興味がないようだ。その証拠に彼女は、街道から裏路地に戻ってすぐ、気だるそうに白馬の首へ寄りかかった。


「お二人さん?」


 突然、戦意喪失した二人の前に、一人の女が立ちはだかる。


「誰?」


 目をつむって馬上で眠ろうとしていた白馬の女が、起き上がって女を見下ろした。


 にやついている騎士の女――二頭の馬の前で直立する彼女は、全身に固い甲冑を着て、金色の前髪を髪留めで止めていた。大剣を地面に突き立て、兵長の男をぐっと見上げている。


「誰だ」男が低い声で訊いた。


「ポルモート騎士団団長、メリッサ・へオンだ」


「邪魔だ。どけ」


「嫌だね。あんたいい男そうだし、ちょっと私と遊んでみない?」


「ねえちょっと、私のへいちょーだからね? 蛮族のくせに気安く話しかけんなよ」


「いいんだマリ。どこの国にだって失礼な人間はいるものさ。ほら、あんたもおとなしくそこをどきな。今ならまだ見逃してやるよ」


「分かってないねあんた。私はお前に、戦わないかって訊いてるんだよ」


「馬鹿言わないでよ、へいちょーと戦うの? あっはー! それは身の程知らずってやつじゃない?」


「女は黙ってろ! 私はこの男と話をしてるんだ!」


「いいや黙んないよ? 私はあんたと話してるの。あんたはへいちょーと話す権利ないから」


「でも戦う権利はあるだろう?」


 そう言ってメリッサは、白馬の女に微笑みかけた。


「あっは、呆れるわ。やめときな。へいちょー強いから」


「言うだけなら簡単だ。しかし本当の実力は、実際に戦ってみないと分からないんだよ」


「あっそ。ねーどうすんのへいちょー? このクソ女に何か言ってやってよ」


 女がそう言って兵長を見る。一方当の兵長は、さっきからメリッサの表情をじっと凝視していた。


「ああいいさ。私がこいつに分からせてやるよ」


 何を思ったのか、兵長の男がそう言って馬を下り、腰から剣を取り出した。


「うっそ、へいちょー戦うの?」


「問題ないさ。言葉が通じない奴にも剣は通じる」


「そう……じゃあ頑張ってねへいちょっ! 勝ったらご褒美あげるー」


 そう言って女がキャッキャと笑う。子供のように甲高いその笑い声は、死体の散らばる裏路地に、狂気の沙汰で鳴り響いた。対してメリッサは余裕の表情である。左右非対称な笑みを浮かべ、地に立てていた大剣を持ち上げると、そのままじゅるりと舌舐めずりをする。


「分かってる男じゃないか」メリッサがそう言って鼻で笑った。


「だがお前は分かっていない女だ」そう言って男が剣を構える。


「それはないね。戦えば分かるよ、私が分かってる女だって」


「なるほど? ならお手並み拝見と行こうか!」


 そう叫んですぐ、男は馬の如く、メリッサ目がけて豪快に突進した。

 


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