42 街道に敵影あり
第一隊は敵兵が来るまでの数分間、息を殺して森に隠れていた。木陰に身を隠し、弓を片手に、敵兵の到来を待つ。第一隊の隊長を任された騎士の男は、約五百人の弓兵を、街道を挟むように配置し、森の中かから攻撃開始のタイミングを伺っていた。しばらくして、馬の足音が聞こえてくる。森がざわめき、隊に緊張が走った。
「用意……」
隊長の男が全体に声をかける。隊員たちが座ったまま弓を空に向けた。計画では、矢を街道に雨の如く降らせる作戦だ。敵兵は何も知らないまま街道を駆け抜けていく。だんだん近づく足音に、隊長が耳を澄ませた。
号令が森に轟いたのは、敵兵の先頭が射程範囲に入って数秒後だった。
「今だ! 撃て!」
その声を合図に、隊員たちが一斉に矢を放つ。途端、街道に矢の雨が降り注いだ。馬が雄たけびをあげる。敵兵の騎士たちは、一部頭や肩を射抜かれ落馬した。
「走れ! 総員全速力! くぐり抜けろ!」
敵の兵長らしき男が、そう言って手綱を引いた。馬がたて髪をなびかせ、地面を叩きながら街道を抜けていく。どうやら強硬突破するつもりのようだ。
「休まず撃て! 我々の戦果で、ルッセルフの戦況は大きく変わるぞ!」
再び矢を打つよう、隊長が指示を下す。それを受け、隊員たちが次々と矢を放った。大量の馬が街道を抜けるさなか、矢の雨は再び敵兵団を襲う。しかしいくら矢が降り注ごうとも、敵のほとんどは何ともなしに街道を抜けていった。そうして雨をくぐり抜け、敵兵の大多数はあっけなくルッセルフの入り口に差し掛かる。
ルッセルフの宿場町は、入ってすぐ、前と右と左の三方向に道が分かれていた。当然正面の道が、町の中心を行く大通りのわけだが、そこはすでに第二隊の弓兵たちが道を塞いでいる。よって敵兵は街に入るとすぐ、正面から大量の矢の束を受け、左と右のどちらに逸れるべきかという、余裕のない二択を迫られるのだ。
最初に街へ入って来た敵兵長の男は、正面にいる弓兵隊を見るや否や、手綱を引いて馬を急停止させた。そして後続の兵士に向けて、こう指示を下す。
「各兵に告ぐ! 正面突破は避けて左右に散れ! 宿場町中央で合流する!」
その命令を受けて、後続の兵士たちが左右の街道に分かれていく。作戦通り、敵の分散には成功したようだ。しかし敵兵長は動じていない。部下たちに命令を下したあと、彼は正面の道を塞ぐ第二隊の弓兵たちに、こう言って降参を持ちかけた。
「蛮族に告ぐ! 我々はルッセルフを占領するために来た! おとなしく負けを認めれば、一般人は殺さん!」
「黙れ侵略者!」弓兵を率いる第二隊の隊長が、そう言って敵兵長を牽制した。「私たちは帝国などに屈さん! 身を引くべきはお前たちだ!」
「文明の遅れた野蛮人がよく言うよ! 達者なのは口だけかい?」
「さっさと帰れ! お前らに渡す土地などない!」
第二隊隊長の頑固な反論を聞いて、敵兵長の男は呆れたように笑った。そして後続の兵士たちと共に、左手の道へと逸れていく。
さて、左右に分かれた敵兵を迎えるのは、第三隊、第四隊、第五隊である。熟練の騎士であるポルモート騎士団の男たちは、町の裏路地で敵兵に遭遇すると、すぐさま剣を握った。瞬く間に町の至る所が戦場となる。剣と剣のぶつかる音や、騎士たちの悲鳴が、一瞬のうちに路地を埋め尽くした。
「おい来たぞ……」
街道を左に逸れてすぐの場所で、第三隊はじっと敵兵を待ち構えていた。この隊にはドレイクとヘンクも含まれている。敵兵が来るや否や、二人は剣を構え、戦場に乗り込んだ。
剣術の経験がないドレイクと違って、ヘンクの動きは格が違う。彼は隊の先頭を突っ走って、敵兵に殴り込んだ。体を何度も旋回させ、剣を回す。まるで剣に体が支配されているかの如く、ヘンクは次々と敵兵を切り刻んでいった。一歩前に進むたびに、敵兵を一人倒していく。彼自身は一切傷つくことなく、ある時は姿勢を低くして敵兵の股をくぐり、そのあと振り返って騎士を下から裂き上げた。
「なんだよあいつ……」
ヘンクの華麗な剣裁きを見て、ドレイクが唖然とする。しかし見とれている暇はない。彼の方にも敵が迫っている。恐怖を拭いきれないドレイクは、死を覚悟してとっさに剣を構えた。
◇◇◇
帝国兵団兵長の男は、白馬に乗った助手の女騎士を傍らに連れて、ルッセルフの街道を悠々と進んでいた。彼らを待ち受けていた第四隊の騎士は、とっくに殲滅させられている。そうして順調に宿場町の奥へ入った敵兵団は、死体の散らばった裏路地を、馬に乗ってゆっくりと進んだ。
「大した敵でもないな」
兵長の男がそう呟くと、隣に居た白馬の女騎士がこう言った。
「へいちょーは戦わないのお?」女も隊長に負けず優雅な表情である。
「馬鹿を言うな。私の出番は、強い敵が現れたときだけだ。部下の力だけでここまで出来たなら、私の出番はありそうにない」
「えー? 私へいちょーが戦ってるとこ見たいんだけど」
「マリ……お前はわがままが過ぎるぞ」
「いいじゃん別に。私へいちょーが戦ってるところ見ないと、満足できない体なの」
「戦場でだだをこねるな」
「ちぇっ、つまんないの」女はそう言って舌打ちをした。
二人はしばらく馬を歩かせた末、裏路地を抜けて広い街道に出た。どうやらここが主戦場のようだ。目の前では大量の兵士たちが倒れていて、一部はまだ戦い続けている。しかし兵長はそんな混沌を前にしても、表情一つ変えなかった。
「……勝てそうだな」兵長の男はそう呟いた。
「そだね」白馬の女がつまらなそうにそっぽを向く。
「味気ない戦いになりそうだ」
「ほんとその通りだよね。もうちょっと楽しませてくれる思ったのに」
「当分ここにいる必要もなさそうだ。町の入り口に戻って暇でも潰そう」
そう言って兵長の男は馬を方向転換した。
「分かった。私はへいちょーについてくね」
そう言って白馬の女も兵長に続く。二人は馬に乗って再び裏路地に入り、そのまま町の入り口へ戻っていった。どうやらこの女、観戦にしか興味がないようだ。その証拠に彼女は、街道から裏路地に戻ってすぐ、気だるそうに白馬の首へ寄りかかった。
「お二人さん?」
突然、戦意喪失した二人の前に、一人の女が立ちはだかる。
「誰?」
目をつむって馬上で眠ろうとしていた白馬の女が、起き上がって女を見下ろした。
にやついている騎士の女――二頭の馬の前で直立する彼女は、全身に固い甲冑を着て、金色の前髪を髪留めで止めていた。大剣を地面に突き立て、兵長の男をぐっと見上げている。
「誰だ」男が低い声で訊いた。
「ポルモート騎士団団長、メリッサ・へオンだ」
「邪魔だ。どけ」
「嫌だね。あんたいい男そうだし、ちょっと私と遊んでみない?」
「ねえちょっと、私のへいちょーだからね? 蛮族のくせに気安く話しかけんなよ」
「いいんだマリ。どこの国にだって失礼な人間はいるものさ。ほら、あんたもおとなしくそこをどきな。今ならまだ見逃してやるよ」
「分かってないねあんた。私はお前に、戦わないかって訊いてるんだよ」
「馬鹿言わないでよ、へいちょーと戦うの? あっはー! それは身の程知らずってやつじゃない?」
「女は黙ってろ! 私はこの男と話をしてるんだ!」
「いいや黙んないよ? 私はあんたと話してるの。あんたはへいちょーと話す権利ないから」
「でも戦う権利はあるだろう?」
そう言ってメリッサは、白馬の女に微笑みかけた。
「あっは、呆れるわ。やめときな。へいちょー強いから」
「言うだけなら簡単だ。しかし本当の実力は、実際に戦ってみないと分からないんだよ」
「あっそ。ねーどうすんのへいちょー? このクソ女に何か言ってやってよ」
女がそう言って兵長を見る。一方当の兵長は、さっきからメリッサの表情をじっと凝視していた。
「ああいいさ。私がこいつに分からせてやるよ」
何を思ったのか、兵長の男がそう言って馬を下り、腰から剣を取り出した。
「うっそ、へいちょー戦うの?」
「問題ないさ。言葉が通じない奴にも剣は通じる」
「そう……じゃあ頑張ってねへいちょっ! 勝ったらご褒美あげるー」
そう言って女がキャッキャと笑う。子供のように甲高いその笑い声は、死体の散らばる裏路地に、狂気の沙汰で鳴り響いた。対してメリッサは余裕の表情である。左右非対称な笑みを浮かべ、地に立てていた大剣を持ち上げると、そのままじゅるりと舌舐めずりをする。
「分かってる男じゃないか」メリッサがそう言って鼻で笑った。
「だがお前は分かっていない女だ」そう言って男が剣を構える。
「それはないね。戦えば分かるよ、私が分かってる女だって」
「なるほど? ならお手並み拝見と行こうか!」
そう叫んですぐ、男は馬の如く、メリッサ目がけて豪快に突進した。




