41 騎士団に告ぐ
広場から少し離れたルッセルフの酒場では、机や椅子が全て片付けられ、ポルモート騎士団の面々が隙間を開けずに整列していた。酒場の一番奥、木箱の上に乗っているのは、騎士団の団長メリッサ・へオンである。彼女は大量の団員を眼下に、怒鳴るような声でこう言った。
「我らがポルモート騎士団の男ども! お前たちはこの日まで、私と苦楽を共にし、寝る暇も惜しんでライン城に向かってきた! しかし事態はそんなに甘くない! 敵兵はすでにライン城を占領し、ここルッセルフまで侵攻してきたようだ! ならば選択肢はただひとつ! 剣を握って戦うしかない! ついに機会は訪れた! 今こそ、お前たちが鍛え上げてきたその剣術を、帝国の野郎共に見せつけてやれ!」
上司の前ではおあつらえ向きのお世辞を言うこの女だが、騎士団の部下の前では性格が豹変する。彼女は品位のかけらもない下品な言葉を並べて、団員の男たちをまくし立てた。これこそ、女騎士メリッサ・へオンが、騎士団の男たちから必要以上に恐れられている理由だ。
「下品な女だな」そう呟いたのは、隊列の最後尾にいるドレイクだった。
「どうしたお前、いつの間に来てたんだ」
隊列に加わっていたヘンクが、隣に居るドレイクに気づき言葉を漏らした。彼が驚くのも無理はない。さっきかなりきつい口調でドレイクを叱ったのに、その張本人が何の後ろめたさも見せず、のうのうと隊列に加わっているのだから。
「広場に行ったんじゃなかったのか」ヘンクが小声で訊いた。
「そうしたかったさ。でもな、やっぱり何もしないのはさすがにマズイと思ったんだ。せめて戦うくらいはしないと、自信を持って先遣隊を名乗れなくなる」
「私の気持ちがちゃんと伝わって嬉しいよ」
「いやいや、言っておくが、お前の言葉に感銘を受けたわけじゃないからな? そこらへん勘違いするなよ。俺は罪滅ぼしでここに来たんだ」
「そうか。だがそれでも君がここに来たことに変わりはない。感謝するよ」
「あっそう。まあ、ありがたく気持ちは受け取っておくよ」
「喋り方にやる気が感じられないんだが」
「馬鹿言うなよ。ほら、俺の体を見てみろ。甲冑と剣まで用意してきたんだ。非常時だからって、武器屋のじいさんが俺に分けてくれたの――」
「おいそこ! 話を聞いているのか!」こそこそと会話をしている二人に、メリッサ団長が啖呵を切った。「今お前たちのところに行く! 私の演説中に会話をする能天気な豚どもは、しっかりと顔を拝んでおかないとな!」
「誰だよあの女は。カルメンとは別の意味で生意気だな。あっちはよっぽど可愛らしいのに」
「黙れドレイク。彼女は私より身分が上なんだ。目を付けられると今後の騎士人生に関わる」
「そんなん知ったこっちゃねえよ。第一先遣隊に身分なんて……」
ドレイクが息を呑んだのは、メリッサが厳めしい剣幕で彼を睨んだからだった。彼女はドレイクの目の前に立つと、耳元に息を吹きかけ、そのままこうささやいた。
「名前は?」
「ド、ドレイク・ハーランドだ」
「そうか。見ない顔だね。騎士団の人間ではないな?」
「そりゃそうさ。俺は先遣隊の人間だからな」
「先遣隊? なるほど、だからそんな生意気な口が利けるのか。納得したよ」
「そうかい。なら今すぐ、そうやって耳元で喋るのをやめて欲しいんだが……」
「ほう? 吐息が嫌いだったか。すまないね。団員はみんなこれで喜ぶから、てっきり誰でも喜ぶものかと思ったんだ」
メリッサはそう言うと、自身の顔をドレイクの耳から遠ざけ、満面の笑みを浮かべる。そしてそのまま横に進み、今度はヘンクの耳に顔を近づけた。
「お前も見ない顔だね。先遣隊かい?」吐息混じりにメリッサが訊いた。
「そうですとも。宮廷騎士団所属の、ヘンク・メルテンスと申します」
意思の強いヘンクは、耳に息を吹きかけられた程度では、たじろいだりなんかしない。むしろ彼女に対抗するが如く、無反応で返答してみせる。
「宮廷騎士団……じゃあ相当の腕前だね?」
メリッサが引き続き耳元近くで質問した。一方ヘンクはそれに平然と応じる。
「僭越ながら、剣術に関しては我ながら一級品だと自負しております」
「へえ、期待が膨らむね。実を言うと私は、強い男が好きなんだ。お前は実際強いのかい?」
「お言葉ですがメリッサ様! 先遣隊の男だが誰だか知りませんが、メリッサ様のご指導を受けた我らポルモート騎士団の男が、宮廷育ちの生ぬるい騎士なんぞに負けるわけがありません!」
「黙れ口を挟むな! 団員はおとなしく私の話を聞いていればいいんだ! 私は今この男と話をしている!」
「し、失礼いたしました!」
「分かったなら二度と口を開くな! お前はあとで説教だ!」メリッサは大声で怒鳴った。「……すまないね、部下の教育がなっていなくて。たしかヘンク・メルテンスと言ったかな?」
「はい、その通りです」
「なるほど、いい名前だ。それに顔も悪くない。私の好みだ。歳は?」
「二十四です」
「ということは、二歳年下か……色々と捗りそうだね」
メリッサがじゅるりと舌なめずりをする。そんな彼女を横目に見ていたドレイクは、質問をしたい衝動に耐えかねて、二人の会話に割って入った。
「あんた、まさかヘンクを狙ってるんじゃないだろうな」
ドレイクのこの言葉に、メリッサが反応する。彼女は顔をヘンクの方に向けたまま、黒目だけじろりとドレイクの方へ動かした。
「何か文句でもあるのか?」メリッサがまたも低い声で威圧する。
「ああ、あるとも。いいかよく聞け。こいつにはハンナ・アリエッタという結婚予定の女がいるんだ」
「おいドレイク、嘘は言うな。まだ結婚の予定はないぞ」
「でもキスはしたろ?」
「それはそうだが……」
「へえ、すでに恋人がいるのか。それは残念だ。ようやくいい男を見つけたと思ったのに」
そう言ってなぜかにやりと笑ったメリッサは、団員たちの間を縫い、酒場の奥へと戻っていった。そして再び木箱の上に乗り、全体にこう呼びかける。
「言っておくが、私は生まれてこのかた男に惚れたことがない! なぜなら、今のところ自分より強い男に会ったことがないからだ! 私は自分より強い男にしか魅力を感じないのさ!」
「……何言ってんだあいつ」
「いい加減黙れドレイク、さっきので色々と学んだだろ」
「耳に息を吹きかける変な趣味の女ってことは分かったな」
「この期に及んで冗談を……」
「おいそこ、まだ喋っているのか! 懲りない奴らだな……まあいい。いちいち構っていたら話が進まん。いいかお前ら、よく聞け! 今からお前たちは、五つの部隊に分かれてもらう。それぞれ役割が違うから、作戦内容をしっかりと頭に叩き込むように!」
メリッサがそう言うと、団員たちが一斉に「はい!」と返事をした。
「それともう一つ! 全員死を覚悟しろ! 指揮にあたるダグラス様が、そう伝えろとおっしゃっていた!」
「嘘だろ、なんであいつだけこの女の洗礼を受けないんだよ」ドレイクがそう言って顔をしかめる。
「しょうがないさ。ダグラスは軍部大臣なんだ。指揮を任されるのは当然だ」
「そりゃそうだけどよ……いくら先遣隊であっても、やっぱり身分ってのは手厳しいねえ」
「いい加減静かにしろドレイク。世間話はいつでも出来るだろ。今は彼女の言葉に耳を澄ませるんだ。じゃないと足を引っ張ることになるぞ」
「すまないね。嫌なことばかりで愚痴が止まらなかったんだ。許してくれ」
「謝る必要はない。それよりも勝つことが重要だ。ちゃんと戦いに勝ったら、二人でカルメンを探しに行こう」
「……そこまで言うなら、真面目にやってやるよ」
そう呟いてドレイクは、武器屋で貰った新品の短剣を取り出し、その輝きをしばし眺めた。




