40 戦いが始まる
ルッセルフに着いた先遣隊は、すぐに異常に気が付いた。カルメンが居ない。町の広場の前に馬を止めたドレイクは、それに気がつくとすぐ、カルメンを看病してた少年に強く詰問した。
「お前、カルメンはどうした?」
普段のドレイクなら怒鳴っているが、相手が少年なのでムキになるわけにもいかない。なのでドレイクはなるべく穏やかに、しかし一切仕立てに出ることはせず、少年を鋭く見下ろした。
「ごめんなさい……」
ドレイクの顔を見た少年は、反射的にうつむき小声で謝った。
「どういうことだ。説明してくれ」
「馬車が、傾いて……お姉さんが落ちていったんです。助けようにも、馬車が速くて下りるのが怖かったから……」
「だから見捨てたって言うのか!」
「子ども相手に声を荒げるな」
そう言ってドレイクをなだめたのは、隣にいるヘンクであった。彼は相対する二人の間に入り、ドレイクを冷静に諭す。
「どうしてこんな小さい子にカルメンの保護を任せたんだ」
「あんときは時間がなかったんだよ……」
「そうか。しかしだなドレイク、悔やみたいのは分かるが、今はとりあえず落ち着くんだ。ルッセルフの戦闘体制を整えなければいけない。カルメンのことは、私だってもちろん辛いが、今は作戦の準備に集中しろ」
「よくもまあお前はいつも冷静でいられるな!」
ドレイクが声を荒げた。眉間にしわを寄せて、恨みのこもった視線でヘンクを睨む。
「落ち着けと言ってるだろ」
「んなこと出来るか!……俺にはなあ、カルメンを助けられなかった責任があるんだよ。だからほっとけねえんだ! 分かるだろ? 俺は先遣隊になってから、ずっとあいつに迷惑かけてばかりだった……だから俺が、この俺が、あいつを助けてやらないとダメなんだ! じゃないと俺は、未練を抱えたままあいつと別れることになる!」
「気持ちは分かるが、敵兵がもうすぐルッセルフに来る。そうなれば、カルメンの事を考える余裕は無くなるんだ。だから今は、ルッセルフの体制準備を優先しろ」
「無理だ、俺には無理だそんなこと! 俺は所詮盗賊なんだよ! お前とは根っこから考え方が違うんだ!」
ドレイクがヘンクに顔を近づけ、唾を飛ばした。あと少しで鼻と鼻がくっつきそうだ。しかしヘンクは動じず、静かにこう答える。
「分かった。よく分かった。だったらお前は作戦に加わるな。広場で避難民たちとわめいていろ。物事の重要性も見極められないようでは、先遣隊失格だぞ。何のために我々が集められたと思ってる」
それは、ヘンクが初めて怒りを露わにした瞬間だった。日頃から冷静沈着で、常に己の使命のために生きるこの騎士は、盗賊の男とは根本的に価値観が違うのである。彼にとって重要なのは、感情よりも論理なのだ。ヘンクは頭を抱えるドレイクを置き去りにして、町役場の方へ向かった。対して、避難民たちと共に宿場街に残されたドレイクは、逃げ惑う住民の波に押されて、そのまま広場の方へ歩いて行く。敵兵の侵攻は、もう間もなくだ。
◇◇◇
もう完全に夜も明けた。ルッセルフは激動の一日を迎えようとしている。町の役場は指令所に改められ、戦術指揮をハーバーマス・ダグラスが担当することになった。一方で戦闘能力のない一般町民は、指令所に近い町の広場に集められた。町の道がいくつも交差するこの広場は、普段は憩いの場であるが、今日に限っては避難所である。
さて、なんとも運のいいことに、ロイドの要請した援軍が、ちょうど五千人ほどルッセルフに来ていた。彼らはダグラスの指揮に基づいて、攻め入る敵兵を迎え撃つ。数だけみれば兵力は敵の半分だが、彼らには地の利があった。ルッセルフは迷路のように入り組んだ宿場町であり、それを巧みに利用して、敵を分散させることが可能だ。
そういうわけで、指令所として改められた町役場では、中央の机に町の地図が広げられ、作戦の説明が行われていた。ちょうど今、作戦の指揮を執るダグラスが、一人の女騎士に説明をしているところだ。
「君が援軍の隊長か」ダグラスが女騎士に訊いた。
「ええそうです。ポルモート騎士団団長の、メリッサ・へオンと申します」
彼女はとても背が高く、ダグラスと同じくらいの身長があった。その体は重い甲冑に覆われ、腰には長い剣が携えられている。その表情は常に冷静沈着だ。部下たちからはメリッサ様と呼ばれ恐れられていれる。その堂々とした風貌は、まだ二十六と若いにも関わらず、威厳に満ち溢れていた。
「女の隊長とは珍しいな」彼女の顔を見てダグラスが言った。
「そうでしょうか。あなたの周りが男ばかりだから、そう感じるだけでは?」
「ほう、確かにそうかもしれないな」
「……なにやら笑っておられますが、冗談を言っている時間はあるのですか?」
「ちょっとくらい笑ったっていいじゃないか。私は冗談が好きなんだ」
ダグラスがそう言ってにやつくが、メリッサは一切笑わない。
「作戦説明の方がよっぽど面白いですし、聞く気が沸くと思うのですが」メリッサが早口で言った。
「分かってるって、ちゃんと説明するさ。ただその前に、一つだけ質問をさせてくれ」
「そうですか。なら何でもお好きな事を訊いてください。好きな食べ物でもお教えしましょうか?」
「は?」
「『は?』と言われましても、今さっき冗談がお好きだと、ご自分でおっしゃったじゃないですか」
「いや、そういうことではないんだよ……」
「男性という生き物はやっぱりよく分かりませんね」
彼女はそう言って金色の前髪を振った。どうやら髪が目にかかって前が見辛いらしい。彼女は甲冑の裏からピン止めを取り出し、手際よく前髪を留めた。
「今度は何してるんだ?」
「髪を留めているんです」
「そんなことして、話を聞く気はあるのか」
「今さっきあると言ったじゃないですか。これはあくまで、戦いで前が見えないのが不便だから、今のうちに留めておこうと考えたまでです。いちいち咎める必要はないと思うのですが」
「そうか。なんだか、君と分かり合える日は遠そうだ……まあいい、話を戻そう。君は今、自分がポルモート騎士団の団長だと言ったね。ということは、王都から派遣された援軍ではないのか?」
ダグラスがそう言って首を傾げた。ちなみにポルモートとは、ルッセルフから徒歩で十二日ほどのところにある、王都に次ぐパルメアの大都市だ。ちょうどルッセルフと王都の中継地点にある。
「ええ、確かに王都から命令を受けましたよ」メリッサはそう言ってダグラスを見た。「今すぐライン城に行けと、王陛下から直々に伝書を頂きました。おそらく、王都から軍を出した場合、ライン城までとんでもない日数がかかるので、よりライン城に近いポルモートの騎士団に、こうして派遣命令を出したのでしょう。ライン城の城主は、早さを最優先にとおっしゃっていたそうですから」
「なるほどそういうことか。なら問題はないね。なんならポルモート騎士団で良かった。君たちの優秀さは私もよく耳にしている」
「お褒めいただき光栄に存じます」
「よかろう。では作戦について説明する。まずいきなりだが、騎士団は五つの部隊に分ける」
「どうしてでしょうか」
「まあまずは話を聞け。いいか、敵はまず、街道を通ってルッセルフに入ってくる。重要なのは、敵を分散させないことだ。だから第一隊は森に行き、敵兵が街道から逸れないよう、弓で誘導する。上手くいけば、一万の敵兵を狭い町の入り口に誘導できる。そしたら待機している第二隊が迎え撃つんだ。そして敵を町内に分散させる。そのあと、第三隊、第四隊、第五隊が散らばった敵への攻撃にかかる。ここからは肉弾戦だ。戦いに当たる騎士は死を覚悟しなければならない。だが上手くいけば、ルッセルフは死守できる。作戦はざっとこんな感じだ」
「なるほど、理解しました。よい作戦だと思います」
「君たちに出来そうか?」
「ポルモート騎士団を甘く見ないでください。日頃から私がきつく指導していますので」
「そうか……それは色んな意味で、部下たちも大変そうだな」
「いろんな意味とは、どういう意味でしょうか」
「答えたくない。察してくれ」
「そう言われましても、人の気持ちを読み取るのが苦手なもので」
「そうか。まあさっきからそんな気はしてたよ」
「実を申しますと、私の悩みなのです。空気が読めないと、部下たちに陰口を叩かれています」
「別に悩むほどのことでもないさ。むしろそういう性格の方が、騎士団の団長に向いているかもしれない」
「そうですか。なら問題ありませんね」そう言ってメリッサは頷いた。「では、私は部下たちに作戦を伝達してきます。最後になりますがハーバーマス様、こうして出会えたこと、感謝いたします」
「名前では呼ばれ慣れてないんだ。ダグラスでいい」
「分かりました。ではダグラス様、私は失礼させていただきます」
メリッサ・へオンはそう言って一礼すると、そのまま颯爽と役場を後にした。




