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東の城が落ちた  作者: 中山ヨウスケ
 第三部  竜のための協奏曲
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36  祈りと鎮魂の夜

 宴会からしばらく経った夜、弔いは城の前の草原で厳粛に執り行われた。城から草原に流れ出た水には、月が揺れて映っている。吹く風は夜の底を伝って、静かに大地を撫でた。


 敵味方関係なく、全ての人間の遺体が、城の前の炎で焼かれ、そのまま地に埋められた。生き残った城の騎士、先遣隊、避難民、ひいては厨房のシェフたちが、夜の下で黙って祈りを捧げる。


「よく戦ってくれた……」


 ロイドは集団の先頭、一番火に近い場所で、心臓に手のひらを当てて呟いた。格子状に積み上げられた巨大な焚火からは、終始強い炎が上がっている。先ほどまでは彼らを苦しめたこの炎も、今となっては神聖な弔いの明かりだ。虫の音と炎の弾ける音が、夜の静けさにたくさん散らばった。


「これでもまだ、戦争が終わったわけでは無い」長い祈りのあと、ロイドは振り返って草原に立つ人々全体に言った。「いつ敵兵がまたこの城に攻めてくるか分からない。このあとかもしれない。明日かもしれない。少なくとも近いうちだろう。そのとき、我々は再び手を携え、戦わねばならない。だからこそ、今回の戦いを無駄にしてはならないんだ。そうすれば、次はもう少し善戦できるかもしれない。幸いなことに、もうじき王都からの援軍もやってくる。今日はみんなよく戦った。とりあえず今晩は気休めだと思って、ゆっくり眠ってくれ。では最後にもう一度、勇敢な彼らに祈りを」


 そう言ってロイドが再び炎の方を向き、祈りを捧げた。長く暗い沈黙に、またも火と虫の音が広がる。ライン城の石壁には、月光の青白い明かりと火の淡く赤い明かりが混じって映り、夜の中で静かにその外観を際立たせていた。


 葬式のあと、城の人々は屋内に戻り、そのまま各々の寝床へと戻った。平穏な夜である。人々は各々の寝床で黙って眠りについた。騎士たちはもちろん各々の個室で、先遣隊は与えられた城の部屋でだ。ヘリスにとどめを刺したヘンク・メルテンスは、疲労の溜まった体をベッドに埋め、静かに三階の部屋で眠りについた。カルメン・スタッカートンは九階で、ハーバーマス・ダグラスは五階で、二人とも戦いでの後悔を引きずって眠れぬ夜を過ごした。ちなみにドレイク・ハーランドは、八階の部屋で横になってすぐ眠りについたらしい。


 それはとても静かな夜だった。聞こえてくるのは、寝返る度にきしむベッドの音くらいだ。ロウソクのない部屋はとても暗く、窓を閉めれば天井の模様さえまともに見ることが出来ない。疲れ切った先遣隊は、各々違った夜を過ごしながらも、日付を回ったころにはようやく全員眠りに落ちた。


 そうして時間が過ぎること数時間、時刻は深夜の三時。月の沈む時刻だ。月光が乏しくなり、パルメアの大地を照らすのは星明りだけになる――月の沈んだ夜明けを前にして、大地を揺らすは竜の声――そんな言い伝えがどこかにあっただろうか。無論ここで言う竜とは、かつてパルメアの地を火の海にし、最後は民によって大地から追い出された、赤き鱗の竜のことである。それは水の女神ラインが最後まで愛したという、寵愛の魔獣でもあった。


 始まりはドレイクの部屋だった。彼はまだ熟睡のさなかである。いびきをかいて、時々寝返りを打ちながら、すやすやと眠っている。そんな健やかな眠りを断ち切ったのは、何やら不気味に響く、低い唸り声だった。真っ暗な部屋に、その唸り声がこだまする。ドレイクの鼓膜はその唸りを受けて、ぶるぶると小刻みに震えた。


 ドレイクが目覚めて上体を起こす。彼は目を擦って辺りを見回した。何の変哲もない城の一室である。唸り声は閉まった窓から聞こえていた。彼は気になって立ち上がる。そして一歩一歩、暗くて視界が悪い中を、慎重に進んだ。途中机の角に腰をぶつけたが、それにも耐えた。ようやくたどり着いた窓の隙間から、淡い月光が差し込んでくる。


 窓を開ける。ドレイクの視界に現れたのは、竜の目であった。それは窓全てを覆うくらいの大きさで、瞬きをするだけでもちょっとした風が吹いた。ドレイクは夢かと思い、何度か目を擦ったが、相変わらず巨大な眼球がこちらを睨んでいる。それは薄い紫色を基調とし、黒い瞳は上弦の月の形で眼球の中央に浮かんでいた。竜が鼻息を吹くたびに、カーテンが暴れるように舞う。


 突然竜が背を伸ばした。窓の景色は眼球から首に変わる。竜の体を覆う赤い鱗は、星明りだけでもまばゆく輝いていた。ドレイクがそっと窓から顔を出す。見上げると、竜の顎が空を塞いでいた。粘液性のよだれが、目の前を落ちていく。


 闇を裂くように、上から誰かの声が聞こえた。カルメンだ。彼女はドレイクの一つ上の階、すなわち九階で、同じく竜を見ていた。


「おいカルメン! 起きてるのか!」


 上を向いてドレイクが声を上げると、部屋の窓から顔を出すカルメンが目に入った。彼女が下を向くと、上を向くドレイクとちょうど目が合う。


「こいつは敵なの?」


「あったりめえだろ! 今度こそホントに城が落ちるぞ!」


 ドレイクがそう言うと、なぜかカルメンが顔を引っ込めた。またも上空は竜の顎だけになる。ドレイクは唖然としてしばらくその顎に見入った。すると次の瞬間、カルメンがなんと窓から飛び出した。そして短剣を竜の首に刺し、それを支えに宙ぶらりんになる。


「おい無茶するな!」 


 ドレイクの叫びに耳を貸すことなく、カルメンは刺さった剣に片手でぶら下がっていた。紫色の血が竜の首を伝う。しばらくして、竜もようやく痛みを感じたのか、巨大な首がゆっくりと動きだした。それと同時にカルメンの体も、右に左にゆらゆら揺れる。


「絶対落ちんなよ!」ドレイクが叫んだ。


「分かってる!」


「どうしてそんな無茶したんだ!」


「分かんないけど、やんなきゃいけない気がして!」


「馬鹿野郎! 俺が今助けに行くから、何があっても剣に掴まってろよ! 治癒術師はもう居ねえんだからな!」


 そう言ってドレイクは窓を離れ、勢いよく部屋の扉を飛び出した。


「竜だ! おい起きろ! おい!」


 ドレイクの声が廊下に響く。しかし眠りに落ちた騎士たちは、部屋の中で夢に潜っている。そんな簡単に目を覚ますことはない。ドレイクは仕方なく螺旋階段を駆け上って、片っ端から部屋の扉を叩いた。


「おい起きろ! 起きろっつってんだろ! 竜だよ竜! 聞こえてんのか!」


 何度か扉を叩いた末、ようやく部屋から騎士が出てくる。


「なんだよこんな遅くに……」


「目覚ませ! 剣を持って広間に集合だ! 分かったらお前も仲間を叩き起こせ!」


 そう言ってドレイクがまた階段を駆け上る。すぐさまカルメンの部屋に突入し、窓から体を出す。


「おいこっちだ化けモン!」


 そう言ってドレイクが竜を挑発する。竜はそれに乗って、ゆっくりとドレイクの方へ顔を近づけた。


「カルメン、うまいこと俺の部屋の窓に跳び込めるか?」


「無理だよ遠い!」


「くっそ……おいもっと近づけこの化け物! 相手は俺だ! 目見えてんのか!」


 ドレイクが手を叩いて竜を引き寄せる。竜の口が、彼の目の前であんぐりと開く。無数の牙を美しく並べ、その先端からはよだれの糸が垂れていた。


「もう無理ドレイク!」


「耐えろカルメン、もう少しだ!」


 そう言ってドレイクが竜を睨む。彼は飛び跳ねることで竜を注意を引いたが、あと一歩遅かった。


 カルメンが力尽き、短剣から手を離す。その体が、地に向かって落ちていく。次の瞬間、生々しい衝突音が聞こえてきた。そのあとすぐ、少女のおぞましい悲鳴が夜にこだましたかと思えば、カルメン・スタッカートンは口から血を吐いて、草原の上に小さくうずくまった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] コワッ…竜の描写、迫力が出ていて良いと思いました! [一言] カルメーーン!!大丈夫かーー!!
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