35 燃え尽きた城
治癒室のベッドに横たわるロイドは、落ち着いた様子で静かに呼吸していた。その隣にはダグラスが居る。彼は椅子に座って、横になっているロイドを見つめた。
「大した怪我もしてないってのに、寝かせる必要はないだろう」
そう言ってロイドは笑った。
「大事をとっての処置さ。城の騎士に愛されてる証拠だ」
「そう捉えることも出来るのか。ならまあ、そういうことだと思っておこう」
「ああ、それがいい」
二人の男は汚い声で笑いあった。さすがは旧友の仲である。
しばらくして、談笑で友好を深める二人の部屋に、一人の騎士が入って来た。城所属の騎士である彼は、一度礼をするとこう言った。
「夕食の準備が整っております! 食堂で避難民たちがお待ちです!」
「そうか、今行くよ」
「はい! どうかお体はいたわってください」
「言われなくても分かってるさ。ほら、君も食堂に戻りな」
そう言ってロイドは笑顔で騎士を送り出した。
男二人が食堂に向かうと、避難民たちはおとなしく椅子に座って皆手を膝に載せていた。なんと彼らは全員、目の前の食事に手をつけることなく、律儀に城主が来るのを待っていたのである。
「来た来た、ほらこっちだ!」
食堂の一番奥で二人を呼んだのは、ドレイクである。彼はカルメンとヘンクを両わきに従えて、避難民たちと共にこの宴会を企画したのだと言う。
「ほうら座ってロイドさん! あんたのために特等席を用意してあるよ!」
「君たち、さっきあれほど喜ぶのはまだ早いと言ったのに……」
「分かってるさ。葬式は食事のあとちゃんとやるよ」
「そうかい。まあ、ここまで盛大に用意されては、私も断るわけにはいかないね」
ロイドは先遣隊の立つ食堂の一番奥に行き、そこにある席に腰を落とした。
「この城に先遣隊が来たときの宴会を思い出すな」
そう言ってロイドがフォークを握った。目の前には七面鳥三匹と山盛りのサラダ、そしてグラス一杯の酒がある。
「おいおい待ってくれロイドさん、食べる前に号令がいる。あんたが言わなきゃ誰が言うってんだ」
そう言ってドレイクがロイドの手を止めた。
「あはは、分かったよ全く。仕方がないな」
そう言ってロイドは立ち上がり、食堂を埋め尽くす避難民たちにこう言った。
「アストランの民よ! 私は君たちに感謝をしなければならない。最初私は、君たちに厳しい事を言った。戦士でもないのに、弓兵となり国のために戦うのだと、無茶振りを言った。中には怒り心頭に達した者もいただろう。しかし多くの者たちは、私の言葉を受け入れてくれた。そして実際に弓を握り、炎を前にしても臆することなく、最後まで戦い抜いてくれた。最後にとどめを刺したのは先遣隊の騎士だが、君たちの弓が無ければ、戦いはより混迷を極めていただろう。だから、私はここにいる全ての避難民に、最大の敬意を表したいと思う! よくぞ戦ってくれた! よくぞ城を守ってくれた! 戦争はまだ始まったばかりだが、君たちの勇気は、必ずや歴史となって語り継がれるだろう! さあグラスを握れ! この城と我らが祖国パルメア、そして君たちの故郷アストランに、乾杯!」
ダグラスがそう言ってグラスを掲げた。彼がいきなりグラスを持ち上げたので、一杯に入った酒がどばっとこぼれ落ちる。しかしそんなこと気にも留めず、ロイドはこの壮大な祝福に身を委ねた。彼の掛け声を受けて、アストランの民たちも「乾杯!」と声をあげる。千人弱による盛大な乾杯は、食堂全体を揺らすほどの大きさだった。
「やっぱり酒はいいねえ」
乾杯のあと、ダグラスがそう言って酒を一気飲みする。
「あまり飲みすぎるなよ? ベロベロになったら我々が困るんだ」
「分かってるよヘンク。ちゃんと自制するさ」
「それがいい……まあ、今日くらいはちょっと飲みすぎても止めはしないが」
「そうか。なら存分に飲ませてもらうよ」
「一応、ほどほどにな」
「ああ。ほどほどに存分飲ませてもらうよ」
「なに言ってるんだか」そう言ってヘンクは静かに笑った。「おい、こぼすなカルメン、今日はテーブルクロスが無いんだから」
ヘンクがそう言って、今度は右隣にいるカルメンを注意する。今日のヘンクはいつにも増して忙しそうだ。彼女がこぼしたスープは、木の机にすぐ染みてしまう。
「しかしお前、すごい食いっぷりだな」ドレイクがそう言ってカルメンの食事を眺めた。
「だって腹減ってるんだもん」
「それにしても、もうちょっとゆっくり食べろよ。じゃないと腹壊すぞ」
「いいだろ別に。宴会だよ? 食べなきゃもったいないって」
「それもそうだが……まあ、よく食べる女も悪くはないか」
そう言ってドレイクは、二杯目の酒を一気に腹へ流し込んだ。
◇◇◇
宴会のあと、ダグラスとロイドは十階の城主室にいた。ロイドは椅子に座って執務に追われ、ダグラスは壁にもたれかかって、そんなロイドの仕事を眺めている。部屋に入ってからしばらく、二人には全く会話がなかったが、丁度仕事がきりよく終わったころ、ロイドがようやく口を開いた。
「ダグラス、どうして先遣隊になったんだ」
ロイドはそう言って立ち上がると、ダグラスの隣に向かい、同じく壁にもたれかかった。
「王に無茶を言われたのさ。人がいないから先遣隊になってくれって」
「そうか。引き受けてよかったのか?」
「今となっては良かったと思ってる。最初はまあ、自分の中でも葛藤があったが、彼らと一緒に旅をしていると、そんなことも忘れて、逆に隊長としての責任が芽生えてきたんだ。それに今日の戦いで、いよいよ私も覚悟が決まった」
「覚悟?」
「ああ。パルメアの軍人として、先遣隊を率いる覚悟だよ。もちろん、以前にもそれなりの覚悟は持っていた。自分は隊長で、先遣隊を守る立場にあるのだと。ただ、少しよこしまな気持ちがあったことは否定できない。それが今日やっと消えて、先遣隊を守ることが、正真正銘自分の使命に感じられたんだ」
うつむいていたダグラスは、そう言って腕を組み、ゆっくり顔を上げた。そんな彼を横目に見て、ロイドはぐっと下唇を噛む。
「ダグラス、お前が大変な境遇にあることは私も知っている。そして、だからこそお前が相当の信念をもって軍人になったことも、知っている。だから私は、お前が帝国に対してどういう考えを持っているかによらず、お前を信頼しているんだ。分かるな? 私のこの気持ちが」
「ああ、痛いほど分かるよ。そんなこと言ってくれるのも、お前だけだ」
「私の前では気を遣うな……ところで彼との関係はどうなんだい? 収容所にいる彼とは」
「あいつとはここしばらく会ってない。半年くらいご無沙汰さ」
「それでいいのか?」
「……あいつは俺を憎んでいる。会うだけで分かる。殺すような目で見られるからな」
「そうか。まあ彼の件も、半分私のせいさ。お前がそんなに思い悩む必要もない」
そう言ってロイドも床を見つめた。このとき二人の頭の中にあったのは、共通して士官学校時代の思い出だった。ダグラスにとっては自らの『宿命』と格闘した青春時代、ロイドにとっては、罪の意識にさいなまれた青春時代である。




