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東の城が落ちた  作者: 中山ヨウスケ
 第二部  双子の城
35/64

35  燃え尽きた城

 治癒室のベッドに横たわるロイドは、落ち着いた様子で静かに呼吸していた。その隣にはダグラスが居る。彼は椅子に座って、横になっているロイドを見つめた。


「大した怪我もしてないってのに、寝かせる必要はないだろう」


 そう言ってロイドは笑った。


「大事をとっての処置さ。城の騎士に愛されてる証拠だ」


「そう捉えることも出来るのか。ならまあ、そういうことだと思っておこう」


「ああ、それがいい」


 二人の男は汚い声で笑いあった。さすがは旧友の仲である。


 しばらくして、談笑で友好を深める二人の部屋に、一人の騎士が入って来た。城所属の騎士である彼は、一度礼をするとこう言った。


「夕食の準備が整っております! 食堂で避難民たちがお待ちです!」


「そうか、今行くよ」


「はい! どうかお体はいたわってください」


「言われなくても分かってるさ。ほら、君も食堂に戻りな」


 そう言ってロイドは笑顔で騎士を送り出した。


 男二人が食堂に向かうと、避難民たちはおとなしく椅子に座って皆手を膝に載せていた。なんと彼らは全員、目の前の食事に手をつけることなく、律儀に城主が来るのを待っていたのである。


「来た来た、ほらこっちだ!」


 食堂の一番奥で二人を呼んだのは、ドレイクである。彼はカルメンとヘンクを両わきに従えて、避難民たちと共にこの宴会を企画したのだと言う。


「ほうら座ってロイドさん! あんたのために特等席を用意してあるよ!」


「君たち、さっきあれほど喜ぶのはまだ早いと言ったのに……」


「分かってるさ。葬式は食事のあとちゃんとやるよ」


「そうかい。まあ、ここまで盛大に用意されては、私も断るわけにはいかないね」


 ロイドは先遣隊の立つ食堂の一番奥に行き、そこにある席に腰を落とした。


「この城に先遣隊が来たときの宴会を思い出すな」


 そう言ってロイドがフォークを握った。目の前には七面鳥三匹と山盛りのサラダ、そしてグラス一杯の酒がある。


「おいおい待ってくれロイドさん、食べる前に号令がいる。あんたが言わなきゃ誰が言うってんだ」


 そう言ってドレイクがロイドの手を止めた。


「あはは、分かったよ全く。仕方がないな」


 そう言ってロイドは立ち上がり、食堂を埋め尽くす避難民たちにこう言った。


「アストランの民よ! 私は君たちに感謝をしなければならない。最初私は、君たちに厳しい事を言った。戦士でもないのに、弓兵となり国のために戦うのだと、無茶振りを言った。中には怒り心頭に達した者もいただろう。しかし多くの者たちは、私の言葉を受け入れてくれた。そして実際に弓を握り、炎を前にしても臆することなく、最後まで戦い抜いてくれた。最後にとどめを刺したのは先遣隊の騎士だが、君たちの弓が無ければ、戦いはより混迷を極めていただろう。だから、私はここにいる全ての避難民に、最大の敬意を表したいと思う! よくぞ戦ってくれた! よくぞ城を守ってくれた! 戦争はまだ始まったばかりだが、君たちの勇気は、必ずや歴史となって語り継がれるだろう! さあグラスを握れ! この城と我らが祖国パルメア、そして君たちの故郷アストランに、乾杯!」


 ダグラスがそう言ってグラスを掲げた。彼がいきなりグラスを持ち上げたので、一杯に入った酒がどばっとこぼれ落ちる。しかしそんなこと気にも留めず、ロイドはこの壮大な祝福に身を委ねた。彼の掛け声を受けて、アストランの民たちも「乾杯!」と声をあげる。千人弱による盛大な乾杯は、食堂全体を揺らすほどの大きさだった。


「やっぱり酒はいいねえ」


 乾杯のあと、ダグラスがそう言って酒を一気飲みする。


「あまり飲みすぎるなよ? ベロベロになったら我々が困るんだ」


「分かってるよヘンク。ちゃんと自制するさ」


「それがいい……まあ、今日くらいはちょっと飲みすぎても止めはしないが」


「そうか。なら存分に飲ませてもらうよ」


「一応、ほどほどにな」


「ああ。ほどほどに存分飲ませてもらうよ」


「なに言ってるんだか」そう言ってヘンクは静かに笑った。「おい、こぼすなカルメン、今日はテーブルクロスが無いんだから」


 ヘンクがそう言って、今度は右隣にいるカルメンを注意する。今日のヘンクはいつにも増して忙しそうだ。彼女がこぼしたスープは、木の机にすぐ染みてしまう。


「しかしお前、すごい食いっぷりだな」ドレイクがそう言ってカルメンの食事を眺めた。


「だって腹減ってるんだもん」


「それにしても、もうちょっとゆっくり食べろよ。じゃないと腹壊すぞ」


「いいだろ別に。宴会だよ? 食べなきゃもったいないって」


「それもそうだが……まあ、よく食べる女も悪くはないか」


 そう言ってドレイクは、二杯目の酒を一気に腹へ流し込んだ。




   ◇◇◇




 宴会のあと、ダグラスとロイドは十階の城主室にいた。ロイドは椅子に座って執務に追われ、ダグラスは壁にもたれかかって、そんなロイドの仕事を眺めている。部屋に入ってからしばらく、二人には全く会話がなかったが、丁度仕事がきりよく終わったころ、ロイドがようやく口を開いた。


「ダグラス、どうして先遣隊になったんだ」


 ロイドはそう言って立ち上がると、ダグラスの隣に向かい、同じく壁にもたれかかった。


「王に無茶を言われたのさ。人がいないから先遣隊になってくれって」


「そうか。引き受けてよかったのか?」


「今となっては良かったと思ってる。最初はまあ、自分の中でも葛藤があったが、彼らと一緒に旅をしていると、そんなことも忘れて、逆に隊長としての責任が芽生えてきたんだ。それに今日の戦いで、いよいよ私も覚悟が決まった」


「覚悟?」


「ああ。パルメアの軍人として、先遣隊を率いる覚悟だよ。もちろん、以前にもそれなりの覚悟は持っていた。自分は隊長で、先遣隊を守る立場にあるのだと。ただ、少しよこしまな気持ちがあったことは否定できない。それが今日やっと消えて、先遣隊を守ることが、正真正銘自分の使命に感じられたんだ」


 うつむいていたダグラスは、そう言って腕を組み、ゆっくり顔を上げた。そんな彼を横目に見て、ロイドはぐっと下唇を噛む。


「ダグラス、お前が大変な境遇にあることは私も知っている。そして、だからこそお前が相当の信念をもって軍人になったことも、知っている。だから私は、お前が帝国に対してどういう考えを持っているかによらず、お前を信頼しているんだ。分かるな? 私のこの気持ちが」


「ああ、痛いほど分かるよ。そんなこと言ってくれるのも、お前だけだ」


「私の前では気を遣うな……ところで彼との関係はどうなんだい? 収容所にいる彼とは」


「あいつとはここしばらく会ってない。半年くらいご無沙汰さ」


「それでいいのか?」


「……あいつは俺を憎んでいる。会うだけで分かる。殺すような目で見られるからな」


「そうか。まあ彼の件も、半分私のせいさ。お前がそんなに思い悩む必要もない」


 そう言ってロイドも床を見つめた。このとき二人の頭の中にあったのは、共通して士官学校時代の思い出だった。ダグラスにとっては自らの『宿命』と格闘した青春時代、ロイドにとっては、罪の意識にさいなまれた青春時代である。


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― 新着の感想 ―
[一言] テーブルクロスよ……君はカルメンのこぼしたものを受け止めることはもうできないのかもしれないが……立派に戦ったよ……
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