表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東の城が落ちた  作者: 中山ヨウスケ
 第二部  双子の城
30/64

30  草原への誘い

 ヘリス・シャーロットが午前の仕事を終えると、城主ロイドから呼び出しがあった。ロイド曰く、「大切な話」があるそうだ。彼は休憩がてら飲んでいた紅茶を一気に飲み干し、そのまま十階に向かった。昼前なので、窓からの日光が差し込んで城の廊下もかなり明るい。


 城主室の扉はいつものように堅く閉ざされ、開けるのに覚悟を要する威厳を放っていた。しかしヘリスはもう馴れっ子である。彼は重厚な扉を三度ノックしてから、そっと開いて中に入った。


「失礼いたします」


「おお、よく来たね。待っていたよ」


 ロイドは椅子に座り、机の上で執務にあたっていた。


「座りな。そこに椅子がある」


「いいえ、そのような配慮は身に余ります」


「いいんだ、私が座れと言っているだろう? 座りなさい」


「了解いたしました。そこまでおっしゃるなら、お言葉に甘えさせて頂きます」


 ヘリスはそう言ってゆっくりと椅子に座った。振り子時計の規則的な音が部屋に響く。しばらくしてロイドは、ペンを握って書き物を続けながら、こう言った。


「近頃物騒だね。騎士が二人居なくなった」


「ええ、以前お聞きしました」


「そう言えば君には、私の推理を話したんだっけか」


「ええ、拝聴いたしました。どうでしょう、犯人の目星はついたのですか?」


「君はついたと思うのかい?」


 そう言ってロイドは手を止めると、少し顔を上げてヘリスと目を合わせた。


「私は、ついたのではないかと思います。何せロイド様のことですから」


「お世辞がうまいね。君はきっとすぐ出世するタイプだ」


「そんなことはありません」


「いいや、謙遜しなくていいんだよ。それよりも、君に大事な話があるんだ。だから君をこの部屋に呼んだ」


「ええ、承知しております。御用は何でしょうか」


「いやまあ、はやる気持ちは分かるが、その前に一つ質問を。君は、このライン城が水の神ラインを祀っていることを知っているね?」


「もちろんでございます」


「では、君は火の神マリスの存在を知っているかい?」


「……恐れながら初めてお聞きしました」


「そうか。まあラインほど有名ではないからね。でも実は、マリスも神話に出てくるんだよ。美しい火の女神さ。赤い衣をまとって扇情的な踊りをするんだ。それで、当然彼女を祀った城も存在する。それがマリス城だ」


「そんな城があるんですか?」


「あるとも。ここライン城から一時間ほど歩いたところにね。知らないのかい?」


「存じ上げておりません」


「そうか。なら教えてあげよう。実はね、マリス城とライン城は、ほぼ同時期に建てられたとされている。建造方法が似通っているために、外観はほとんど一緒なんだ。しかし内装が違う。祀られているのが火の神マリスだから、当然一階広間の正面にはマリスの絵が飾られている。まあ、要するに構造はほとんど同じ城だが、内装が違うわけだ。よってマリス城とライン城は、古来より『双子の城』と呼ばれてきた」


「そんな伝説があったのですね」


「ああ。興味深いだろう? それでね、今度君にマリス城を見せてやりたいんだ」


「私にですか? ロイド様、僭越ながらそのようなご配慮は、お気持ちだけで充分にございます」


「そう言わずに、頼むから見てくれよ。ヘンクという子が君を城まで案内してくれる。どうだ、悪い話ではないだろう?」


「しかし私は……」


「もしかして、城主への挨拶を心配しているのかい? なら心配はいらん。マリス城の城主は今遠征に出払っているからね。城には誰もいないよ」


「ならばどうして私に、マリス城へ向かえとおっしゃるのですか?」


「骨休めさ。君は良く働いてくれている。人間みな休息が必要だ。たまには違う環境で過ごしてみるのも、必要なことだと思うよ。なんならマリス城に泊まってもいいんだ。城主には話をつけてあるからね」


「そんなことはさすがに……」


「でも君が疲れているというのは事実だろう? 君に与えられた休憩時間は、昼前と寝る前の、ちょっとした時間だけ。君の娯楽と言えば紅茶を飲むことくらいじゃないか。そんなんじゃこの先の長い執事人生、やっていけないだろう? それにほら、ちょっとこっち来て。外を見てみろ」


 そう言ってロイドは、ヘリスを窓の方へ手招きした。つられてヘリスが窓に向かう。するとロイドは彼の背中を優しく押して、窓から顔を出してみるように言った。ヘリスは渋々それに応じ、窓枠に手をつきながら、ゆっくりと顔を出す。するとすぐに強い風が顔に当たって、ヘリスの髪が横になびいた。


「どうだ、綺麗な風景だろう? パルメア王国に生まれたと言うのに、この自然を堪能しないなんてもったいない。そう思わないか?」


 ロイドの言う通り、奥に見える森の濃い緑は、まるで巨人が植えた庭であるかのように美しかった。一方で草原には、いくつもの雲の影がはっきりと浮かび、左から右にゆっくりと流れている。


「……別に私は、今見た景色で充分でございます」


 窓から顔を引っ込めて、我に返ったヘリスが呟くように言った。そんな彼の謹直ぶりを見て、ロイドはいつになく愉快に笑う。


「ヘリス、君は私の言っていることを理解しているのかい? 真面目な人間は頭が固くて困るよ。窓から見た景色で充分? 君は風を全身で感じず、緑の匂いを一切嗅がず、森に潜って鳥のさえずりをも聞かずに、パルメアの原風景を堪能したというのかい?」


「ロイド様、さっきからご様子が……」


「おいおいよしてくれよ、私がおかしいって言うのか?」


「そういうわけでは……」


「なら言う事を聞いてくれよ。君は休んだ方がいい。君の父親と同年齢の私が言っているんだ。こんな狭いだけの城にいたら、根っこから腐ってしまうよ。だからヘリス、近々マリス城に向かうこと。いいね?」


 ロイドの問いに、ヘリスは少し考え込んだ。この時ヘリスには、いくつかの考えが浮かんでいたのだ。そしてしばらくの熟考のあと、ヘリスは突然笑顔になって、こう言った。


「承知いたしました。マリス城へ行かせてください。私も最近色々と疲れが溜まっていたので、よい機会だと思います」


 あまりに突然の、清々しいほど態度が切り替わった返答だったので、ロイドは少しばかり驚いた。しかし自分の要望を受け入れてくれたとあって、結局は彼もにこやかに頷いてみせる。


「そうか、それはよかった。これで決まりだね。どうだ、明後日にでも向かうかい?」


「日程にまで気を遣う必要はありませんよ。明日で結構にございます」


「おっと、いきなり積極的だね。分かったよ、明日にしよう。善は急げだ」


「分かりました、では今日の内に支度を整えておきます」


「それがいい。すまないね、忙しい中呼び止めてしまって。話はもう終わりだ。仕事に戻ってくれて構わないよ」


「そうですか。では失礼いたします。ありがたいお話を頂けて光栄です」


 ヘリスは毎度の如く深々と一礼をしてから、すぐさま部屋を後にした。彼が居なくなった後、またも振り子時計の音が部屋にこだまする。ようやく緊張がほどけたらしいロイドは、ため息と共に椅子へ座ると、ペンを握って再び執務に戻った。


「少し強引だったかね……」


 彼はそう呟きながら、着々と作戦の準備に取り掛かるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ