28 森林を探せ
ドレイクとカルメンは森の中にいた。というのもさっき、城主に森を捜索してこいと命令を受けたのだ。どうやら騎士二人が消えた件に関係しているらしいが、彼らに与えられた命令は文字通り「森を探せ」、ただそれだけである。
「探せって言われてもよお……」ドレイクがさっそく愚痴をこぼした。
「僕だって嫌だよ。それにお前と二人きりなんて、もっと嫌だよ」
「困るぜカルメン、ただでさえやる気がないのにそういう事を言っちゃ」
「はいはい。僕は黙ってるから早く探そ?」
「別にちょっとくらい喋ってくれてもいいんだぞ? 内容をふさわしいものにしてくれればな。むしろ黙って森を捜索なんて、心が擦り切れてやってらんないさ」
「だったら、僕がとっておきの話をしてあげようか?」
「お? いいね、聞かせてくれよ」
「僕が子供の時、お母さんが楽器を教えてくれたんだ」
「なるほど? ところでお前、お母さんいたんだな」
「いるよ! まあ、物心つく前にはどっか行っちゃったけどね。でも顔はよく覚えてる。すっごく綺麗な人なんだ」
「へえ、そりゃ会ってみたいな。どうすればそんな綺麗なお母さんから、こんな生意気な女が出来るか、とても興味がある」
「ドレイクが直すべき癖はそこだね。すぐ皮肉を言うところ」
「お前と違ってこっちは自覚してるんで」
「あっそ、まあどうでもいいや……それでほら、楽器の話なんだけど、お母さんが僕に楽器をくれたんだ。ずっと前に無くしちゃったけど、フルートっていう楽器をね」
「へえ? あの横笛みたいなやつか?」
「そうそれ。僕は才能が無くて全く吹けなかったんだけど、お母さんはすごく上手くてさ。いつも僕は聞く側になってた」
「横笛かあ。吹けたら気持ちいだろうな。神話にも出てくるよな、竜の横笛ってやつ」
「あれは母さんの笛とは別物だよ。そもそも僕は神話なんて信じてないし」
「ふうん、まあそれは考え方の違いだから否定はしないが。で、母さんの横笛がどうかしたのか?」
「どうもしてないけど?」
「ん? 話はそれで終わりか?」
「うん」
「……カルメン、一つアドバイスだ。これからは、話す前に『とっておき』って言うのはやめとけ。分かったな?」
「別にいいじゃん。僕からしたらとっておきの話なんだから」
「それはそうだろうけど……」
昼前の森は穏やかである。鳥のさえずりや木々の揺れる音が、夜とは違って鮮やかに二人を迎えてくれる。空気には森の匂いが混じり、とても心地いい。二人はしばらく会話をしながら森を散策した。なんだかんだ楽しんでいるようである。
しばらくして二人は、ライン城からだいぶ離れた深い森にやって来た。この辺りでは木漏れ日も薄くなり、一帯が木の葉の影になっている。
「涼しいなカルメン。やっぱりたまには歩くのもいいもんだ」
「うん……あっ、ねえドレイク、あれ!」
「おっ、何か見つけたのか?」
カルメンが指さす方に目を向けると、そこには三人の人間が倒れていた。近づいてみると全員青ざめていて、息をしていない。
「……城から消えた二人とは別の三人だな」
ドレイクはそう呟くと、近くから木の枝を一本拾ってくると、それで遺体をつつき体の状態を確認した。
「城の失踪事件と関係あるのかな?」
「さあね。とりあえず調べてみるか……うっわ、虫が這いつくばってるぜ。汚ねえなこりゃ」
彼の言う通り、遺体のうち一つをひっくり返してみると、背中一面うじ虫の大群である。死後かなり時間が経っているのか、枝から伝わる体の感触は、石のように硬い。
「カルメン、お前は見るな。女が見ていいもんじゃない。ここは俺にやらせてくれ」
「別に僕は大丈夫だけど……分かったよ。もう遅いけど目つむっとく」
そう言ってカルメンが、立ったままぎゅっと目を閉じる。一方屈んで遺体を漁るドレイクは、時々条件反射で木の枝を引っ込ませながら、ちょっとずつ遺体を転がしてその腐敗した体を調べていた。
「彼らも服を着ていたのが幸いだな……裸だったらもっととんでもない事になってたぞこれ」
「そういうの言わなくていいからさ……黙ってやってくんない?」
「わりいなカルメン。ただ、さすがの俺でもこれはちょっと、気が引けるんだ……」
ドレイクはそう言って二人目の遺体に手を掛ける。なぜか燕尾服を着ているこの遺体は、どうやらご存命の頃執事だったようだ。
「服に刺しゅうが入ってるな……ロザリオ・フーバーだってよ。覚えとけカルメン」
「分かった。ロザリオ・フーバーね」
「ああそうだ。しっかしこりゃ虫唾が走るぜ。こんな仕事引き受けるんじゃなかったな……」
「ねえまだ? まだ終わんないの?」
「あとちょっとだ。今三人目を調べてるところだから」
「分かった、頑張って……」
「お前に応援されると、なんか変な気分になるな」
「なんでだよ……」
「お前がいつも生意気だからに――決まってるだろおっ!」
「うわっ、ちょ、なに! 急に大声出すなよ!」
「あっはは、何でもねえよ。ちょっと驚かせてみようと思っただけだ」
「……お前が先遣隊じゃなかったら殺してたからな」
「一人で帰れるなら殺してもいいんだぜ?」
「そういうのいいから、早く終わらせてってば!」
「終わったよ、とっくに終わったさ。ほら目開けな。ただしあっちを向くんだ。振り返ったら目をつむった意味が無くなるからな」
そう言ってドレイクは、棒立ちのカルメンの両肩を掴み、彼女をくるっと回転させる。
「もう開けていい?」
「ああ大丈夫だ」
「これで嘘だったら手のひらに切れ込み入れるからな」
「どうしてそんな中途半端なことするんだよ」
「そのほうが現実的で恐怖を与えやすいからだ」
「女のくせにどえらい事考えてやがるな……ほら安心しろ。大丈夫だって。俺もそこまではしないさ。それよりも早くこの事を城に伝えて、この三人をちゃんと埋めてもらわないとな。このままじゃあまりにもかわいそうだ」
遺体を慮る言葉を聞いてようやくドレイクを信用したのか、カルメンがゆっくりと目を開ける。彼女は前方に遺体がないことを確認して、ほっと一息ついた。
「おっと危ない、振り返るんじゃねえぞ」
ドレイクの忠告をもう忘れたカルメンが、何気なく後ろを振り返ろうとしたので、慌ててドレイクが止めに入る。彼はカルメンの両頬を後ろから手で挟んで、彼女の顔を前向きに固定した。
「ほ、ほはっへふよ! ほはっへふはらほほをははふは!(わ、分かってるよ! 分かってるから頬を挟むな!)」
ドレイクはカルメンの抵抗を見てひとしきり笑うと、そっと手を離した。
「二度と触んな! 冷たいんだよお前の手は!」
意地っ張りなカルメンは、後ろを振り返れないために、前を向いたままそう叫ぶ。それを後ろから見ているドレイクは、嬉しそうにずっと微笑んでいた。
「全く、帰る時だけ一丁前に意地張りやがって。お前なにもしてないだろ」
ドレイクがカルメンをからかって、彼女の振り向きを誘う。
「面白い話を一つしてやったぞ」
「お前の基準ではあれが面白いに入るのか」
「どういう意味だよ」
「お前が言うところの皮肉ってやつだ」
「よく分からないが不服だ。でも頑張ったから今日は許してやる」
「ほう、それはありがたい」
この後カルメンは、一度も振り返らずライン城に戻ったと言う。この二人、なかなかいいコンビだ。しかし遺体の件といい、謎は段々と究明されつつあるが、肝心の犯人は不明のままである。ライン城に忍び寄る影には、まだ誰も気づけていないらしい。




